記憶が飛びましたの巻

おはようございます。

つい数時間前まで飲んでいた者です。

当社は本日が仕事納め。

全体会議→大掃除→業務

と、今日も普通に仕事です。

先程、朝礼を無事に終えましたが、

実に恥ずかしいことに、昨日から服装が変わっていないのは、

tomo-kただ一人でした。

ええ、3時半に会社に戻ってきて、

そのまま寝てしまって、7時半に起きて会社を出たのですが、

こりゃ家帰っても確実に絶対に間に合わないと思いまして。

また簡易宿泊所と化した会社に一人トボトボと戻って、

二度寝をしたのでした。

起きたら、ふつーに女子社員が出社してきましてね。

タイムカードのジジー、カチャッという音で目覚めました。

ずっと一緒に飲んでいた○○や○○は出社しておりません。

急いで、携帯に連絡しましたが、出ません。

僕はえらいなぁ。

あ、前起きが長くなりましたね。

昨晩は当社の忘年会でして。

うちの会社は、業種に似合わず、

ものすごく体育会系ですので、

すごいわけですよ。

一件目から、スイッチがONになってしまって、

そりゃ、もうガッツリです。

一軒目が9時過ぎまで、

二軒目が0時前まで、

—-ここで日付が変わる—-

三軒目が2時半まで、

四軒目が3時半まで

ええ、色々ありました。

それでもちゃんと始業時間に、

さわやかに(まだ赤い顔をしている)、

身なりもきちっと整え(頭の先から足の先まで昨日と同じ)、

仕事をしている僕はえらいなぁ。

あ、普通でしたね。

今日一日、もつか。

もつのか。

そんな不安を感じながらの、

今朝の心象スケッチです。

まだ、もう少し。

どうも、仕事納めの会社がほとんどのなか、

土曜日までしっかり仕事の者です。

おはようございます。

雨。

ハワイで雨は、天からの恵みを意味する。

「天からの恵み」には違いないのだけれど、

朝起きて雨が降っていると少し気分が萎えてしまう。

昨夜の社内。

デザイナーMと遅くまで仕事をしながら、

「日本人」はやはり良く働くなぁ、ということを再確認する。

つい65年前は戦敗国で、一面焼け野原だったのが、

あっという間に世界第二位の経済大国なったというのも、

「良く働いた」ということが大きな要因であったことは間違いない。

(それ以前に、

極東の小さな島国が列強に戦争を挑むということも凄い)

経済、政治的な問題は良く分からないけれど、

地下資源も少ない日本が驚異的な復興を成し遂げたのも、

先代の人達が、他国の人達の何倍も、何倍も、

がんばって働かれた結果であることに疑問の余地はない。

最近はフリーターやニート問題などがあるが、

確かに「失われた10年」の影響をモロに受けた世代、

「ロストジェネレーション」がいることは事実。

でも実のところ、

僕の知人の中で「フリーター、ニート」と呼ばれる人はいない。

身近にいないってことだけなのかもしれない。

皆(望んでか否かは分からないけれど)、

必死でがんばって、よく働いている。

男女年齢関わらず、

しっかり、日本人のDNAが受け継がれているのだろう。

働いても、働いても¥をゲットできないという、

非正規雇用の「ワーキングプア」が問題になっている。

でも、きっと働き続けていれば、何かの道が開けられる。

だって、労働人口が減っていくのだから、

企業は人が欲しいに決まっている。

何も言葉も慣習も違う外国人を雇わなくても、

がんばって、何かに秀でる技術や能力を持った日本人なら

どこでも働けるはず。

こういう話題を書きだすと、

広い視点から物事を俯瞰し、必然的に文章も長くなるから、

ここはキリの良いところでストップです。

特別ナショナリストではないのだけれど、

日本人としてのアイデンティティに対する意識は強い方だと思う僕は、

今日もがんばって働こうと思います。

19時からの会社忘年会までには、

雨上がっているかな。

どうしても・・・

トピックが偏ってしまうのだけれども。

24時間あるうちの、大半の時間を仕事に費やしている訳なので、

これも仕方がないのかもしれない。

という訳で仕事の話。

先週、

電通がオプト株の30%を取得したというニュースが流れたが、

WEBインタラクティブマーケティングの再編が、

大手主導で始まったなという感が否めない。

一昔前は、

「WEB」はインターネットという新しいマーケットで、

独自の存在感を築くという見方があって、

それはある種の「楽観論」的風潮を生み出したのだけれど、

やはりというべきか当然というべきか、

インターネットはメディアに他ならなかった。

サービスの形は色々あったとしても、

「物販」と「会費」、「利用料」以外は、

プロモーション効果と「広告収入」に依存する。

収益モデルは、

TVや雑誌と真髄は同じな気がしてならないのです。

瞬時にマーケティングができ、

ユーザーの動向が確認でき、

会員を囲い込むことができ、

データを細かく分析でき、

無料で何でも提供でき、

一個人商店が、上手くやれば物を販売できる。

ロングテールなビジネスモデルも、

「金があれば」実現できる。

そういったメディアの下に、

建設業界並みの孫請け、曾孫受けというような、

ゼネコン方式の下請け制作会社がぶらさがっている。

制作会社は、

TV番組と違って、WEBに限れば参入障壁が低い。

その分、業界内の入れ替わりも相当激しい。

去年から今年にかけて、僕が知っているだけで、

関西の「大手」と言われるSI企業が二社も倒産した。

手広くやり過ぎた、

「Google」のマネをし過ぎた・・・

などなど、要因はきっとたくさんあるのだろうけど、

制作業界は、これから益々競争が激化し、

厳しくなっていく。

サービスに関しても、

ネットユーザーの滞在時間という「パイの取り合い」の

上で成り立つわけだから、

競争が激化するのは必然的だと思うのです。

企業も個人も、

コアコンピタンスを見直すべき時に来ているのかな。

広告

プロモーション

デザイン、アート、

技術、R&D

メーカーでも絶対にそうだし、そうでないならなおさら、

コアコンピタンスを再確認し、

そこだけをブラッシュアップすることに、

まずはリソースを注入しなければならないのですね。

ミクロな観点でも同じ。

個々、それぞれ、自分がどうなりたいのか、

業界内で何で食っていくのか、

はっきり胸を張って言えるように、

日々自問、な今日この頃。

目線を上げて、もう一歩前へ。

足場固めて、それでいて、

ワンステップ上から物を見てみよう。

細かいことは一切抜きにして、

当たり前のことなのだけれど、、、

がんばります。

覚醒

能力のある人は、努力を継続できる人

記憶が定かではないか、

というような言葉を、羽生さんが言っていた。

仕事の流儀  Xmas Special

過去二年間の、

「プロフェッショナル」の方々の珠玉の言葉の数々

それはある場合、ストイックで素直で。

決して妥協を許さず、自己と対象に向い、

でも喜びと楽しさに満ち溢れていて。

ああ、そうか。

そうなんだ。

納得と、当たり前のことを当たり前にできることの難しさ。

能力+努力+継続

恐らく無敵の方程式。

このような上質の番組を見ながら、

深くうなずき、時に深い溜息をつき、

一人で飲み始ると止まらない。

そのまま、23時からの「ドキュメント 考える」に突入する。

石田衣良さんが、

「自殺願望を持つ少女が自殺をやめたくなるような童話を作れ」

というミッションを48時間の制限時間内に達成するという番組。

多忙な中でのミッション。

マインドマップを書きながら、

思考を整理しておられる。

言葉を紐解き、

そこからさらに別のイメージを派生させていく。

散らばったイメージを、

組み合わせていく作業。

それを必ず完成させる、

ここにもプロフェッショナルがいた。

カフェで、創作に入る時に聞いておられたBGM。

僕も10年以上前によく聞いていた、

Beth Nielsen Chapmanだった。

Beth Nielsen Chapman
Beth Nielsen Chapman

なんか変な親近感。

気づくと、アーリーを水割りで5杯いってしまっていた。

そのままシャワーも浴びずに、

就寝。

朝、まだボーっとした意識の中、

出社した社内に一際オーラを放つ存在感。

誰もいないはずなのに・・・

なんだこれは。

社長室のシャア専用ザク。

無断撮影の無断掲載(ヤバイ)

でもあまりに美しかったので。

夢は夢のままで。

妻の実家の母からカニを沢山頂いたので、

階下の祖母と共に家族で早速カニスキをつつく。

ちょうど最近、妻が旅行番組を見て、

日本海のカニづくしツアーに行きたいなどと言っていたから、

とてもタイミングが良かった。

なるほど、

確かに旅館での「カニづくし」ツアーはとても魅力的に映る。

だが、実際に行ってみると、

そないに食べれないのが実情である。

カニばかりでも飽きる。

今日もたーくさん食べたけれど、

やはり最後の方はお腹いっぱい。

大人三人でも(といっても僕以外は妻とばあちゃん)、

そんなに量を食べることはできない。

それでもやっぱり美味しい。

カニスキの場合は絶対に雑炊。

キムチ鍋の場合は絶対にラーメン。

予定していた仕事を、

この連休に片付けることが出来て、とても気持ちが良い。

だけれど、ゆっくりと体を休める時間を取ることが、

思うようにできないのはもどかしい面もある。

忙しい、することが多いというのは、

ある意味では良いことなのかもしれないけれど、

なんだかなぁ。

そんなことを考えながら、もう夜中。

明日は会議で6時半起きなのだけれど、

まだもうちょっとすることがあって、

寝るのは2時くらいになりそう。

一日7時間は寝たい人なので、

睡眠時間が短くなるのは、何よりのストレス。

他の複合的要素も相まって、

ストレス過多気味の今日この頃。

よくない、よくない。

考え出すと、またストレス。

もっともっと、寝ずに働いている人もたくさんいるのに、

どうして自分は頑張れないのだろう・・・と思うこともあるのだけれど、

そこの部分は、きっと適性ではないから仕方ないのだとも思う。

なんていうのか、ギラギラ感がないというのか、

根っからのリラクゼーション主義というか、

ただのぐうたら人間というか。

いやいや、人間が小さいだけだな。

一日七時間なんて、だれかに聞かれたらしばかれそうである。

なんかいろんなことで無理してるな、とは思うのだけれど、

突っ張らないためには、違和感なくデキルようになれば良い訳で。

それはそれで自信のレベルアップによって解決できること。

ただ・・・

大きな問題は、

そこを目指したい自分がいるかどうかなんスよね。

ここが一番大きな問題。

そんなこんなで、今年最後の週。

エンドロールは、

きっと滞りなく、気持ちよく流れるはず。

季節労働

三連休とは言うものの、

何もせずに自宅やどこかでのんびりと過ごすというのは、

不可能である。

 

子供の塗り絵に付き合いながら、

パパは年賀状の宛名書きと、

プライベートビジネスの事務仕事、クリエティブの仕事と、

場所が会社から自宅に移っただけで、

普通に仕事である。

 

なんとか、夜くらいは家族でゆっくりテーブルを囲みたいから、

日が昇っている間に終わらそう。

 

 

クリスマス・イブ。

 

実際の誕生日がいつなのかという議論はさておき、

イブがキリストの誕生の前夜であると信じている

敬虔なクリスチャンは、家族でミサに行き、祈る。

 

キリストの誕生と死を通して、

贖罪された命に感謝するためである。

  

原罪思想であるが故、日頃の罪の認識と許しを請い求めながら、

与えられた命に感謝し、いつもより少し贅沢な食事で、

享受している幸福を確認し、満たされて眠りにつく。

 

物質主義と商業主義に根深く侵蝕された、

町のイルミネーションが

虚栄のかがり火のように見える。

主夫

昨夜から妻が風邪を引いたらしく、

ずっと寝ている。

僕も、久しぶりの休日だったため、

実はゆっくり過ごしたかったのだけれど、

えいやっとがんばって、

主夫な一日を過ごすことにした。

娘の体浴びせで起床後、

朝ご飯の支度。

洗濯物を回しながら、

食器の片付け、冷蔵庫の整理。

一度始めると、全部キレイにしないと

納得できないタイプのため、

ガスレンジと台所のタイルの掃除までしてしまった。

ゴルフ番組を見ながら、

溜まったセーターやパンツに

アイロンを掛け、掃除機をかけ、

ようやくブログを更新できたのが、

午後2時を過ぎてからだった。

長女だけを車に乗せ、

ホームセンターとドラッグストアに買い物に出かける。

娘と父の二人の車内。

恐らく、

妻が出産のため入院していた時以来だろうか。

僕は、やっぱりもっともっと、

娘達と接する時間を取らなければいけないような気がする。

つい先程、

楽天に転職したばかりの友人から入電。

研修で東京の本社にいる間、

やはり彼も家族を関西に残している。

皆、それぞれのフィールドで

一生懸命がんばっている。

彼の話は貴重だ。

IT関連企業では、

日本で最も大きい企業に入り、

大企業ならではのスピードとクオリティー、

レベルの高さの中でもまれている。

励まされると同時に、

僕のお尻にまた火がつく。

自分は日々何をしているのだろう。

何をして来れたのか、

これから何をしていかなければならないのか。

飽きもせず、散々繰り返してきた自分自答の中で、

混沌にまた足を踏み入れそうになる。

心地よい睡魔が、

助け舟となって救いに来てくれる。

何だか温かい。

毛布に包まって安心感を得ることができるのは、

この季節ならではの醍醐味。

思考を研ぎ澄ますということ

至極どうでもええ話で、

全くの持論でしかないのだけれど・・・、

人の行動というのはとても面白いもので、

忙しい時に限って飲みに行くものである。

酒の力

というと、ある意味ネガティブなイメージを発想して

しまいがちだけれど、

実は全くその逆である場合が多い。

夜明けの凛と張り詰めた空気のように、

静寂に響く雫の一滴のように、

思考が研ぎ澄まされる。

端的に言うと、酒に弱い人ほど、

体内に摂取された酒に対して、

「警戒警報」を発令する。

「酒は飲んでも飲まれてはいけない」

との、演歌的思考が本能的に働くのである。

自己を蝕む「気持ちの良い酔い」に対して、

「酔ってなるものか」という抵抗勢力が活発に働く。

これは、人間が持つ防衛本能。

生きるための、手段。

従って、

酔えば酔うほど、思考が鮮明になり、

感覚が研ぎ澄まされ、実に仕事がはかどったりする。

アウトプットするテクストや言葉も同じで。

脳内で考えていることを、

普段(素面の時)はぼんやりと散らばるがままにしている

のだけれど、酔えば脳が必死で、

「生きるため以外の余計な情報は、

この際できるだけ圧縮して格納しよう」

という働きをするから、

半自動的に、「モヤモヤ」がインデックス化される。

チャーリー・パーカーも、

ビル・エバンスも、

根っからのアル中であり、ジャンキーであった訳で、

そんな「トランス状態」のときの演奏が、

レジェンドであったりするのだけれど、

つまりはそういうことなのだと思う。

人間は、とてもプリミティブ。

本能を、ややこしいことで防御しているに他ならない。

理由付けして、防御するということは、

それだけ、弱いということ。

ファッションデザイナーAと行った忘年会において、

感覚が似ている輩二人は、

そんな話ばかりで酒が進む。


 

 

茶屋町の樅。

結局は、ご飯が美味しかったということ。

そして、楽しかったということ。

残ったことがこれだけか。

稚拙だ。

稚拙で、プリミティブで、もろく、情けないところが、

人間の本質的な部分なのだろうと思う。

そういった部分を、強がらずに、肩肘張らずに、

本能的に理解しているからこそ、

きっと、

絶対に、

人は頑張れるのだと思う。

今週唯一の・・・

大型のコンペも無事に終わり、

でも、まだまだ年末まではダッシュなのだけれど、

とりあえず一息ついた今日。

今週の中で、木曜だけが唯一飲み会の予定がない。

一山超えたことだし、今晩は早めに帰宅し、

久しぶりに安堵の一献を一人傾けようと思っていたのだが・・・
 

 

20時過ぎ、会社で仕事をしている時に、

弟から入電。

 

仕事で西宮まで来てるから、

今晩泊まってもいい?

 

とのこと。

 

天龍源一郎のような肉体に、

脳みそまで筋肉出来ているのではなかろうかという風貌の弟。

 

ただ、この男。

 

30歳になった今も、

僕のことを「兄貴」ではなく、「お兄ちゃん」と呼ぶ。

 

どうやら「お兄ちゃん」が好きらしい。

 

と言う訳で、

駅まで迎えに来てもらい、

ビールを買い込み、久しぶりの自宅宴会開催。

 

医龍2を見ながら、焼酎を飲み、

二人で「すげー」を連発する。

 

医龍は、分かりやすい勧善懲悪なドラマ。

加えて、専門的な医学の解説と、

何よりキャラが濃く、影のある「天才集団」ということで、

無条件にかっこいい。

一ヶ月ぶりにリアルタイムで医龍を視聴できたが、

なんともう最終回。

えー!!

そんなこんなな木曜日。

 

 
 

今週のラストを、整然と終えよう。