予定は立てるが、目標は持たない

今年初のエントリーです。
早いもので新年を迎えてはや20日が過ぎました。クリスマス前後から体調を崩し、そのまま仕事初めまで二週間強、寝たきりになってしまったため、新たな気持ちで今年の抱負を考えるという気力も体力もなく正月休みが終わり、日常生活が再開して仕事でバタバタ・・・という感じで今に至ります。

このような冬眠期間を経て今はすっかり元気になったので、今年一年をどのように過ごすかを改めて整理してみました。とはいうものの、ここ数年は「予定は立てるが、目標は持たない」というスタンスに切り替えていますので、基本はこの方針を継続します。

「目標は持たない」

なぜか。目標って立てても忘れてしまうし、そのとおりになったためしはないし、この変化の早い世の中で一年先がどうなるかなんて分からないので、意味ないなと思ってしまったんですね。立派な目標を立てても、それは(あくまで僕にとってはですが)一時的な自己満足にしか過ぎないなと。一応、会社経営をしているので売上や利益に関心がないことはありませんが、なんら特別なことをしていないのに毎年売上が右上がりで勝手に伸びているので、これについても深堀りした分析はせず、日々自分がしていることは間違っていないんだな、くらいの気持ちでありがたく受け入れようと思っています。

というのも、いわゆる物質的な充足であったり、こうしたい、こうなりたいという願望はすっかり薄れてしまい、今の関心は、地域の歴史的・文化的ストックをどのように活用していくか、食や組織に共通する協生とはなにか、地縁や血縁、居住や非居住によらない選択的「縁」と共同体の関係とはなにか、といった、およそビジネスからは程遠いところにあるからです。

そういう意味では、寝たきり期間を活用して社会的共通資本や祭礼と共同体に関係する書籍や論文を読む時間はしっかり確保でき、それが今のところ読書の習慣として継続できています。先人の研究って偉大ですね。「巨人の肩の上に立つ」とは、Google Scholarのトップページに掲載されている標語ですが、人ってどうしたら幸福に生きていけるのだろう、という壮大でもあり、プリミティブでもあるテーマについて、自分なりに深堀って言語化できる一年になればいいな、と思っています。

そうこうしていると、同じようなことを考えている人たちの縁がたくさんでき、年始から様々なシーンで議論する機会をいただいています。いや〜なんか自分は意識して行動していないのに、勝手にいろんな動きが生まれていて面白いです。大きなうねりが推進力となり、前へ前へ動かされているような気分です。

というわけで引続き目標は持たず、一日一日を一生懸命に生きていくことだけを心掛けながら。今年一年もどうぞよろしくお願いいたします。

昭和100年を迎えるにあたって

2025年は、昭和100年になるそうですね。
昭和元年生まれの父方の祖母は来年100歳を迎えますし、昭和三年生まれの母方祖母は、今年6月に96歳で亡くなりました。昭和は64年間続いたし、激動の時代だったということもあり、未だに昭和という時代の重たさ、存在感のようなものを感じます。

100年。
人生100年時代と言われていますが、ちょうど自分も折り返し地点が見えてきました。白秋共同研究所では「人生100年時代、50歳からが本番だ」と謳っているわけですが、じゃあこれからのステージ本番をどう生きるか、それぞれが試行錯誤しています。当然ですよね、前代未聞の長生き時代がやってきているんですもん。

でも考えてみれば、だからこそ「なんでもあり」なわけで、まさに自由。
自由は、「自分に理由があること」ということもできます。

自分はどうしたいか
自分はどう生きたいか

自分で決定し、自分で選択する。
周りとの関係においては、お互いの選択と「理由」を尊重し合い、助け合い、分かち合い、共存共栄していく。まさに和合。自分で決定し、選択するというのは、ウェルビーイングの要素のひとつと言われています。

白秋ホワイトクラブでも、毎回これが話題になります。
参加者のこれまでの歩みや、最近の出来事などを順番に伺いながら、自分自身と絡めて、こう思う、ああ思うなど、皆で意見を繰り出しています。同席した人のライフストーリーや進行中の取り組み、趣味の話などを聞くことで、自分の思考や感情とも対話し、「自分はどうしたいか、そのためにどうすれば良いか」の答えを導くヒントを得ることができます。

先日、長女が二十歳の誕生日を迎え、ささやかなお祝いをしました。
長女が二十歳ということは、僕自身も父親歴20年のハタチというわけです。第一子というのは何もかもが初めての経験で、親も必死なら、子も必死。何が正解が分からないけれど、とにかく愛情を注ぎ、育て、親子で共に一生懸命生きてきた一つの区切りが二十歳の誕生日なんですよね。

長女と「何歳の区切りが一番なんだろうね〜」と話していたのですが、二人の中では、一位:20歳、二位:100歳、三位:60歳 ということになりました。そこに大きな理由はありませんが、なんとなくです。笑

年齢を重ねるにつれ、「幸せとは」を深く考えることが増えました。
本当にありがたいことに、僕は今、一番幸せかもしれません。純粋に在り方を追求し、それを仕事にし、仲間に恵まれ、大好きなコミュニティに身を置き、自然に囲まれながら恵みに感謝する毎日です。娘たちとの何気ない対話ひとつひとつにも、一緒に庭仕事やDIYをしている時にも、最高の幸せを感じます。

「和合」という言葉について、「エネルギーを波紋のように外に伝搬すること」と教えていただきました。仏教用語の「空寂」とは、宇宙のすべての事物は実態のないもの、空であると説きます。宇宙は無限に広がりを見せています。すなわち「空」も、ひろく広がること、ということができるかもしれません。ちなみに、この「空寂」の文字、松田家本家の墓に刻まれている二文字です。

2025年もっともっと、幸せとは、を広げていきたいと思っています。

1が並ぶ11/11の日に、小さな協生農園づくりの第一歩を踏み出しました

これだけ暖かいと「秋が深まる」とは到底思えず、いつになったら秋が来るのかな、ひょっとして秋を飛び越えて冬が来てしまうのだろうと思わずにはいれません。とはいえこの快適な季節、神社仏閣巡りにゴルフに温泉にと、秋を存分に楽しんでいます。皆さんはどのような楽しみ方をされていますか?

さて、今日は11月11日。1が並ぶ日です。なにかを始めるのに最適の日ではないですか。というわけで、大学から半ドンで帰ってきた長女と一緒に庭に種まきを行いました。協生農園を庭の一部に作るべく、小さな小さな第一歩です。

庭の一角、ここをプチ農園にします

なぜ協生農園づくりに興味を持ったのか。きっかけとなったのは、先日、三重県名張市で協生農法を実践する森さんの畑を見学させていただき、大変な感銘を受けたからです。
参考記事:持続可能な「食べられる森」 協生農法で150種 名張の森さん

協生農法とは、土地を耕さず、肥料や農薬を使用せずに、多種多様な植物を混生密生させて生態系を作り、虫や鳥などを呼び込んで機能を高めて果樹や野菜を生産する栽培法です。森さんの畑は、一見うっそうと茂った雑木林のように見えましたが、150種の有用植物が植わっていました。ニラ、いちじく、春菊、かぼちゃ、トマト、きゅうり・・・数え切れません。ニラ、甘かった!フルーツほおずき、美味しかった!みかんが大きい!

菌糸ネットワークで植物同士が根で会話し、もともとその畑にいた植物が新しく入ってきた新入り(種)にこの土地にあった育ち方を教える、虫や鳥と植物が会話しながら豊かな生態系を作っていく。生態系はピラミッドではなく、フラットに網の目上に広がっている、邪魔者扱いしない、排除しない、自然のありように任せるというお話を伺いながら、農業だけでなく、社会のあり方すら考えさせられました。

ここ一年間、体質改善のために食生活の大幅な見直しをしているところで体調が劇的に良くなったこともあり、自分たちで食べるものはできるだけ自分たちで作りたいという思いも強くなったこと、そして、庭の一角に、かつて祖母が畑をしていた場所があり、協生農法で推奨されている必要な果樹(柚子や金柑、杏、梅などの果樹から、ミント、ラベンダー、レモングラスなどのハーブ)があるから、鳥も虫も来るし、混生密生の土壌は既にできている!と、勝手に期待しています。

もちろん、限られたスペースで出来ることなんて小さいですし、すぐに上手くいくとは思っていませんが、まずはやってみることが大切ですよね。失敗上等!最近は温暖化の影響で、この時期から種を撒いても全然OKだそう。

みんな、我が庭の木々や虫たちに情報を聞きながら、元気に育ってね!

今回撒いた種たち
どの種をどこに撒いたかが分かるようにメモ

少なくとも自分が見えている範囲では暮らしやすい社会になってきた

我が家の庭も秋の雰囲気。金木犀の香りが漂い、タマスダレも満開になりました。秋は大好きな季節です。

つくづく、良い時代になってきたな〜と実感しています。

というのも、人々が自立に向かっているし、みんなで助け合って生きていこうよ、という思いが強くなっているように感じるんですよね。

特に若い人を中心に、このような考え方が広まっていると感じます。社会そのものが成熟してきて、人は人、自分は自分というスタイルが強くなり、同調圧力のようなものが薄れてきています。少なくとも僕が見えている世界では、違いに対するリスペクトがまず最初にあり、自分も他人も大切にするという考えと共に、地域の役に立ちたい、社会に貢献したいという人が増えています。良い時代になってきました。

自立に向かうというのはとても大切なことですよね。ウェルビーイングの要素のひとつに「自分で決定する」というものがあります。仕事や学びの選択、人や社会との距離感、住む場所、一日の時間の使い方、お金の使い方。誰かに指示されるのではなく、「自分で決める(自己決定)」ことが、幸福度に繋がるのですよね。

情報に対しても同じで、SNS、マスメディアや大企業、政府の情報を鵜呑みにしないのはもちろん、医療の選択、食べる物、着る物も自分で吟味して決定する人が増えてきました。僕もそのうちの一人です。無添加のものやスーパー、コンビニの出来合いのものは極力購入せず、できるだけ自宅で作れるものは作って生活しています。TVもほとんど見ません。必要な情報は自ら検索して取りに行く。そのために、自分の審美眼を養い、真贋を見分ける力を身につけることが大切です。一見すごいように見えることでも、中身がなかったり、ハリボテだらけのものが多いですから。(過去記事「コピペ社会をどう生きるか〜持てる武器を増やす」2024/05/14参照

政治に対する関心が若い人の間で高まっているのも事実で、「自分ごとにする」という考えが強いので、人や国任せにせずに、自分たちでなんとかしなければならないという思いの元、選挙に行く若者が増えているのも嬉しいことです。今月の衆院選は、僕も19歳の長女と一緒に投票に行きます。まあ、国民として、自分の生活だけでなく、今の選択が子どもや孫の将来にも直結するので、当たり前といえば当たり前なんですけどね。

先ほどの「思いやり」でいうと、信号機のない横断歩道でも一旦停止をして、歩行者を優先させる車が増えてきました。元々日本では、信号のない横断歩道では車が優先で、渡りたい歩行者は車の往来を待ってから渡るというのが一般的でした。

自分の仕事先だったアメリカでは全く逆で、横断歩道は歩行者優先で車は一旦停止しなければならない(あるいは、バンプが設置されていて減速を余儀なくされる)のに、なんで日本は車優先なの?と帰国する度に違和感を感じたこともありましたが、最近、街中に高齢者がぐんと増えてきたこともあり、信号のない横断歩道でも一旦停止をし、歩行者を先に渡らせる車が増えてきました。高齢の人や身重な人に優しい社会になってきたなと思います。

人が足りないのも承知の上、様々なサービスが手薄になってきたり、コンビニの営業時間が短縮されたとしても、あるもので満足したり、自動化できるものは自動化したり、みんなで助け合えばいいじゃないかという感じですね。良い社会です。ただ、まだまだ過渡期。一部、昭和の残り香を身にまとっている方々もいて、価値観が混在しているのは事実ですが、それはそれで良いでしょう。歴史を振り返ればそういう過渡期は数十年単位で発生しています。徐々に徐々に、自然の流れで変わっていき、最適化されていくものなのです。

あくまで、自分が見えている世界だけの話ですが、こうして、人と社会と距離を置きながら客観的に観察していると、経済的、安全保障的問題は多々あれど、ミクロ視点では本当に良い社会になってきたな、と実感するのです。

気張るな、というメッセージをいただきました

いろんな方から悩みや相談をお聞かせいただく中で、共通して感じるのは人の根底にある「不安」です。

人って、先が見えない時や、自分がコントロールできない時、見たことのないものが目の前に表れた時に不安を感じるものです。特に、自分のコントロールが効かない状況になった時に、不安になり、恐れ、攻撃的になる傾向があるように思います。

幼い時から、目標を持つこと、なりたい自分像を明確にすること、夢に日付を書き、逆算して行動することなどを徹底的に教え込まれて来ましたので、そのとおりにならないと、やばい、どうしてだろう、と焦ったりもします。不安だから、人の評価も気にします。人からどう思われているだろうかという不安が根底にあるので、キラキラ投稿をしたり、ビジネスやってますアピールをしたり、はたまた世の中を分かったかのように憂い、批判する投稿をしてみたりするんですよね。かまってほしいんですよ、不安だから。

最近、不安を感じるのって「自分がずっと生きている」ことを前提にしているからだよな〜と気づきました。なんとなく、いつかは死ぬとは思っているものの、それがいつか分からない。分からないことを分かろうとするからがんばるんです。分からないことはリリースすれば良いのにね。

自分の人生にとっての時間は有限かもしれませんが、時間そのものは無限です。

神社仏閣巡りをしていると、物事を千年から二千年の単位で考えざるを得ません。このブログでは何度も書いていますが、時間というのは、歴史の年表のように左から右へ直線的にリニアに繋がっているもので、それが何万年と続く中で、たまたま今生まれて来た人が80年かそこら生きているだけのことなんですよ。それに、今目に見えている世界がすべてでもなく、この80年そこらで一旦地球という「バーチャルフィールド」に降りてきて、ちょっと色々と経験して、また別の世界に飛び立つということで、現世は修行の場、という仏教的な考え方もあれば、現世は感謝の場、という神道的な考えもあり、いずれにしてもテンポラリーな「場」としての捉え方もできるということなんですね。

みんな違ってみんないい。
心配事の99%は起こらない。
大丈夫、気張らなくてもなんとかなる。
世の中の経済の仕組みを知れば分かるけど、自分の稼ぎは誰かの借金。
一人で豊かになっている人は、その他大勢を貧しくしているということ。

そういえば、最近「気張るな」というメッセージを尊敬する方からいただきました。そうか、自然体でいいんだ。無理に仕事もがんばらないし、無理に付き合いを広げることもなくなったし、そのおかげで周りには価値観の合う気持ちの良い人だけが残り、ストレスとは無縁の生活を送ることができるようになりました。

幸せになるのは、未来ではなく、今の自分の心なんですよね。
目の前にあることを感謝して生きることが大切ですね。

伊勢紀行〜旅する皇女の足跡を訪ねて

先週末、一般社団法人グローバル人事塾の合宿で伊勢に行ってきました。

集合時間は伊勢市駅に朝11時だったのですが、どうしても、早朝の凛とした空気に満たされた、人のいない内宮を参拝したく、朝3時に起きて車を走らせました。本来であれば外宮→内宮のルートが一般的なのですが、皆と合流した後に再度、外宮→内宮をお参りする予定だったのでフライングさせていただいたのです。

早朝の内宮参道
宇治橋鳥居と宇治橋

今回の旅では、神宮以外にも、別宮や猿田彦神社、二見興玉神社などを巡りました。
特に、別宮である瀧原宮、伊雑宮は絶対に行きたかったお宮です。

伊勢神宮はおよそ2000年前に第11代垂仁天皇の皇女、倭姫命(やまとひめのみこと)により創建されました。

それまで、宮中で祀られていた皇祖神・天照大神を、天下泰平・安寧のために宮廷の外で祀るという新しい形を求めた大和王朝の第10代崇神天皇と、天照大神の祭祀を司った皇女である豊鋤入姫の意思を継いだ第11代垂仁天皇は、娘である倭姫命に天照大神の祭祀を託します。倭姫命は天照大神の御杖となり、新たにお祀りする場所を求めて、現在の奈良県桜井市を出発し、40年の歳月をかけて、伊賀、近江、美濃を経て、現在の内宮がある五十鈴川の上流に行き着いたと言われています。

そのため、伊勢では至るところに「天照大神と共に旅する皇女」である倭姫命の史跡があります。

磯宮(二見興玉神社)の夫婦岩

日本の統一と安寧を求め、大和から伊勢へと旅され、瀧原宮と神宮を創建された倭姫命。甥っ子である日本武尊(やまとたける)に草薙の剣を授け、東征に出したのは有名な話です。その日本武尊は西にも東にも出征し、やがて国を統一しました。
(一般財団法人 京都宮廷文化研究所「倭姫命と日本武尊の歴史的役割」参照)

倭姫命が創建されたもう一つの神宮、瀧原宮は、瀧原宮と瀧原竝宮が並列になっています。

瀧原宮

これが本来の伊勢神宮の形であると言われており(瀧原宮の由緒書きにも記載されています)、現在の内宮の正宮と荒祭宮の位置関係も、元は横並びであったとされています。

また、現在の伊雑宮の御祭神は「天照坐皇大御神御魂」となっていますが、中世末以降は伊雑宮神職の磯部氏の祖先とされる伊佐波登美命と玉柱命(または玉柱屋姫命)の2座を祀っていました。伊雑宮御師である西岡家に伝わる文書においては、祭神「玉柱屋姫命」は「玉柱屋姫神天照大神分身在郷」と書かれ、同じ箇所に「瀬織津姫神天照大神分身在河」と記載されており、玉柱屋姫命と瀬織津姫は同一神と見なされているようです。(Wikipedia 伊雑宮 参照)

伊雑宮

天照大神の御杖となって旅をされた倭姫命は、天照大神と瀬織津姫の御夫婦を並列に祀られたということなのでしょう。

天照大神は一般的には女神と解釈されていますが、実際は男神であり、そのお后が瀬織津姫であった。この夫婦の関係が、世の中のバランスを取っていたと考えられています。太古の昔から、太陽と月、陰と陽、男と女、夫と妻、潮の満ち引き、など、陰陽のバランス、調和、和合が日本の歴史・文化そのものであり、このバランスが崩れた時に戦や争い、現代では分断や格差が生じているものと思います。

伊勢(いせ)の語源は、妹(いも)と背(せ、または、おせ)と言われています。「いもおせ」とは、男女、陰陽を表しています。性差による作りの違いを理解し、それぞれの役割を担うこと。これが重要なんでしょうね。

今回の旅で、自らの使命を受け入れて神宮創建に尽力された倭姫命の功績に触れることができました。

それが2000年経つ今でも受け継がれ、残されている。自分に何ができるか分かりませんが、今この時代を生きている人間の努めとして、自分だけが良ければいい、とか、自己実現とか、そういう目先のことだけでなく、受け継がれてきたものを引き継ぎ、また、自分の子や孫の世代にバトンを渡していく。

それが努めなんだろうと思います。今自分たちが生きている日本は、先祖が必死で守ろうとした日本の未来ですね。

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瀧原宮、内宮と荒祭宮については、Youtubeの「トの教えチャンネル」で、六甲比命講代表であり、関西ホツマの会代表の大江先生(林先生)が詳しく解説されているので、興味のある方はぜひ。

「瀧原宮は伊勢神宮の真の姿」(トの教えチャンネル)

「伊勢神宮総集編」

「変わらないもの」に対する関心が深くなっている理由

自分自身の興味関心が変化していることを実感しています。
具体的には「変わらないもの」に対する関心がどんどん深くなっている、という感じでしょうか。

世の中には、変わるものと変わらないものがあります。
経済や政治の仕組みや技術は時代によって変わるもの、人の暮らしを支える農業や漁業、お祭りなどは変わらないものと定義することができるかもしれません。

数百年、数千年と続いてきた営みは文化と呼べますし、その文化というのは、いつの時代も人が「生きる」ということと密接に関係しています。生きていく上で必要なのは、水、空気、食べ物です。神社などに行くと、太陽や水や土それぞれに神が宿っていて、五穀豊穣を願い、実りに感謝することがお祭りという形になっていることが分かります。一方、寺は人々が強く生きていく上で大切な心を鍛える修行の場であり、救いの場と捉えることもできるかもしれません。

生きていく上で最も重要な水、空気、食物ですが、特に食べ物について、最近特に気にするようにしています。前回のブログでも書きましたが、医療が発達して平均寿命が延びたにもかかわらず、ガンや認知症などの増加で健康寿命は思うほど延びていない、働き盛りの子が親の介護をしなければならない(僕の祖父母世代は親の介護なんて経験したことがなかった)などの状況を見ていると、これは果たして技術が進歩したといえるのか?と思うのです。誰もが望む「ピンピンコロリ」ですが、それも思うようにいかず、結局は人の世話になってしまうという現状もあります。

貧困と肥満率の相関関係を見ても分かるとおり、今の世の中で健康に生きようと思うと、お金と時間が必要です。なんでなんでしょうね。人は仕事に追われ、時間がないのでコンビニやファーストフードなどで添加物や糖質の多い食事をしてとりあえず腹を満たし、健康を害し、病院に行き、医療費や保険のためにまた働くという悪循環を繰り返しています(かつての自分がそうでした)。アメリカでオーガニックな野菜を手に入れようと思うと、高級スーパーに行かなければ手に入りませんし、高額です。庶民にはとても手が届きません。

そのような現状を解決するために、経済成長や技術革新や医療の進歩がなにか寄与してきたか?と思うと、僕の中では答えが見い出せず、ただ格差を生んだだけではないのか?と思うのです(経済成長や技術を否定するものではありません)。

食や病気だけでなく、戦争や暴力、搾取がいつまで経ってもなくならないのも同じですけど。

そういうわけで、自分は「ビジネス」に対する関心は徐々に薄れ、今は、人間が人間らしく幸福に生きていける枠組み、システムなどに深い興味を注いでいます。ビジネスをすればするほど誰かが貧しくなっている気すらします。最近、文化人と呼ばれる人、具体的には、芸術家、大学教授、作家さんなどとお話をする機会が増えているのもそういう理由からかもしれません。人にもよりますが、このような方の視座は高く、全体を俯瞰したり、物事を別角度から分析したり、歴史を百年単位で考える思考をお持ちです。自分もお祭りの企画や運営に携わっている手前、日本古来の歴史や文化について深く考えることが多く、今の世の中に本当に必要なものって何?と考えることが多くなりました。

松田さんは稼いでいるからそんな悠長なことが言えるんですよ、と言われることもありますが、決してセーフティゾーンから物を見ているわけではなく、本当になんとかならんか、と思っているところです。まだ答えは全然見つかっていませんが、とりあえず、これと思うことに心血を注いで行きたいと思います。

高層ビルとホームレースのコントラスト サンフランシスコ,2019年

新しい文化をつくる

人の「想い」に触れることが多い今日この頃です。
様々なプロジェクトに携わらせていただく中で、決して派手だったり、目立つわけではないけれど、心の内に秘めた温かさや思いやりをじんわりと感じることができるのは、本当に幸せです。

類は友を呼ぶといいますが、自分が持っている価値観、物事の捉え方、人への接し方、人生に対する考え方などに近しい方々が自然に集まります(不思議なんですけどね)

コミュニティにおけるこのような循環がオートマティックにまわり始めると、集まる人々が醸し出す温かさ、優しさ、思いやりが大気のようにコミュニティを包み、その空気を吸うことが心地良いと感じる人々が集団を形成していくんですよね。僕は優しく、温かく、誰も攻撃したり排除したりしないコミュニティが大好きです。日本の「和合」という文化を大切にしています。

取り決めもルールもなく、目に見えない不文律がゆるやかに包む。同調圧力でも、押し付けでもなく、出入り自由。みなさん、どうぞご自由に。シンプルに、その場の空気が心地良いと思う人々が集団を形成しているんです。

そんなコミュニティから生まれたイベントのひとつが「飛脚まらそん」です。

江戸時代において、飛脚は手紙や書という形で人々の想いを運びました。親が子を、子が親を想う気持ち、愛する人を想う気持ち。少しでも早く、想いを伝えたい。

自分も15年のキャリアを持つランナーなので、多くのランナーさんを見てきました。距離やタイムを追い続けるのも尊いことですが、自分のように体調を崩したり、故障したりして以前のように走れなくなってしまった人、SNSのキラキラ投稿ばかりがタイムラインに流れてきて、他の人と自分とを比べてしまい、走ることの楽しさを見失ってしまった人、参加費の高騰で都市型マラソンに辟易してしまった人。

でも、きっと、走ることは嫌いじゃないんです。
それぞれ、自分と戦いながら、大切な人を想いながら走ることの素晴らしさを知っている。そんな想いを「飛脚」に重ねて走ってみましょう、というのが「飛脚まらそん」です。

距離は、1里(約4km)、5里(約20km)、10里(約40km)の部。
タイム計測はありません。

家族で楽しめるように、親子かけっこ教室もあります。

ちなみに、飛脚まらそん実行委員会は、日本人初6大陸のアドベンチャーレースを走破し、先日もヒマラヤ1700km横断レースを完走された、プロランナー北田雄夫さんを委員長に、全国各地で数々のレースを主催するGRlabさん、「ランナーズ」でおなじみのアールビーズさん、そして足の神様服部天神宮さんが実行委員のメンバーとして名を連ねています。

プロランナーや第一線の実業団ランナーたちが主催しているのに?

なぜ飛脚?

僕はそんな疑問に対して「日本古来の文化を見直し、走ることに対する新しい文化を作りたいから」と、答えています。極限の厳しさを知り、世界を見た人の優しさは本物です。それぞれが自由に新しい文化を楽しんでみませんか?

当日はボランティアスタッフも募集しています。
走る側でも、支える側でも。

ぜひ、一緒に新しい文化を作りましょう。

6月といえば

6月といえば、梅雨。梅雨といえば、紫陽花ですね。
あちらこちらで紫陽花が咲き始めていますが、先日、関西では「花寺」として有名な、奈良県の長谷寺に行ってきました。西国三十三所の第八番のお寺です。

まずは門前町で腹ごしらえ。
このあたりは三輪素麺で有名なところですので、どのお店でも素麺や柿の葉寿司などを楽しむことができます。

お会計の時に、お店の奥さんから「紫陽花はまだ三分咲きくらいかな」と教えていただいたのですが、実際、地植えの紫陽花はまだまだ。でも、鉢植えの紫陽花は満開でした!
 
たくさん人がいるので、人が入らないように撮影するのは至難の業です。

奇跡的瞬間!人がいない!
長谷寺といえば、登廊ですよね

慌ただしく過ぎていく日々の中で、季節を感じながら生活することを心がけています。自分たちは自然の中で生かされているのだという実感を得ることができるからです。花ってすごいですよね。その季節になったら花を咲かせるのですから。

自宅の温室では、カトレアが咲いています。
庭の梅の収穫も終わったので、これからは梅干しづくり。

日々コツコツと。

水の大切さについて本気で考える

先週の金曜日、和歌山県橋本市にある「ゆのさと」に行ってきました。
ここは「月の雫」という水で有名な場所で、温泉施設でありながら、多くの方がタンク持参で来られて、水を汲んで帰るという場所です。僕たちが行った日は平日でしたが、他府県ナンバーの車も多く(品川ナンバーもあった!)、全国からゆのさとの水を求めてやってくるという話は本当なんだと実感しました。僕も20リットルのタンク2個に水をいただき、毎日飲料や食事に使っています。

人間の身体の水分量は60%と言われていますよね。
水で出来ているとは過言ですが、それだけ水は人間にとって必要不可欠、最も大切なものだと言えます。ゆのさとの訪問がきっかけで水について色々と調べていた時、2年前に熊本で開催された水サミットでの天皇陛下の記念講演を知りました。下記のリンクから全文を読むことができます。

宮内庁ホームページ
第4回アジア・太平洋水サミットにおける天皇陛下記念講演(2022年、令和4年4月23日)

長年、水の研究をライフワークとされている天皇陛下が、ご専門ならではの知見で水に関する民族信仰についてお話されています。先祖代々続く人々と水との関わりが、その地域固有の文化と社会を形成してきたと。あれこれ言わないので、とにかく読んでください。

この話のすごいところは、水=龍神(弁財天や九頭竜)や蛇の神(宇賀神、ナーガ)、亀蛇(妙見祭)など、水と神との関係は、日本のみならず、形を変えてアジア太平洋全域に広がっていることから、わたしたちは一つ、みんな一緒なんだよ、ということを伝えられているということなんですね。だから共存共栄していきましょう、と。まさに大和=和合の精神。水から民族信仰、和の精神に論理を発展されるところが、平和と安寧を願っておられる陛下ならではなのですよ。誰もがこの精神を持っていたら、争いや分断、格差なんて起こらないでしょうよ。

ビジネスマンの僕がいうのもおかしいのですが、資本と技術を追求し続けると世の中は金、物の世界になってしまいます。金、物の世界って、限界があるんですよね。そもそも人口が増え続け、消費が右肩上がりで増え、投資を永遠にし続けることが前提のシステムになっているので、お金を永遠に増やさなければならない。人口が減少している今の世の中では成り立たないし、物を売るためには、「人々が満足しないように」しなければならないわけです。つまり、常に人々を不安な状態にさせること。戦争や疫病は技術を進歩させ、産業が活性化します。ひどい話だけど。でも、そのお金も価値が下がりつつあります(物価が上がっているのではなく、お金が増えすぎてお金の価値が下がっている)。そろそろ限界なんじゃないかな。

一方、生物としての人間としての「在り方」を追求すると、縄文時代の村のように、争いもなく、皆が共に汗をかき、畑を耕し、自然に感謝しながら平和に暮らす世の中になる。どっちがいいのでしょうね。実態のないもの、終わりのないものを、体力気力をすり減らしながら追いかけ続けることに何の意味があるのでしょうね。それだけの体力気力があれば、僕は後者に進路を取って行きたいなと思います。

さて、先の記念講演で、陛下が「奈良県の室生には、龍が棲むという洞穴があり」と、吉祥龍穴に言及されておられたことが個人的に胸アツでした。僕の大好きな室生龍穴神社の奥宮です。知る人ぞ知る秘境のことを陛下が知っておられたとは。ちなみに、竹生島や天河弁財天にも言及されてるんですよ!お分かりになる方はピンとこられると思いますが・・・

というわけで、今日はこのあたりで。
水について、しっかり考えてみましょう。

吉祥龍穴(室生龍穴神社奥宮) 松田撮影
奈良県、大峰山龍泉寺の湧水 松田撮影
善女龍王、高龗神(ともに瀬織津姫)が祀られている室生龍穴神社 松田撮影