伊勢紀行〜旅する皇女の足跡を訪ねて

先週末、一般社団法人グローバル人事塾の合宿で伊勢に行ってきました。

集合時間は伊勢市駅に朝11時だったのですが、どうしても、早朝の凛とした空気に満たされた、人のいない内宮を参拝したく、朝3時に起きて車を走らせました。本来であれば外宮→内宮のルートが一般的なのですが、皆と合流した後に再度、外宮→内宮をお参りする予定だったのでフライングさせていただいたのです。

早朝の内宮参道
宇治橋鳥居と宇治橋

今回の旅では、神宮以外にも、別宮や猿田彦神社、二見興玉神社などを巡りました。
特に、別宮である瀧原宮、伊雑宮は絶対に行きたかったお宮です。

伊勢神宮はおよそ2000年前に第11代垂仁天皇の皇女、倭姫命(やまとひめのみこと)により創建されました。

それまで、宮中で祀られていた皇祖神・天照大神を、天下泰平・安寧のために宮廷の外で祀るという新しい形を求めた大和王朝の第10代崇神天皇と、天照大神の祭祀を司った皇女である豊鋤入姫の意思を継いだ第11代垂仁天皇は、娘である倭姫命に天照大神の祭祀を託します。倭姫命は天照大神の御杖となり、新たにお祀りする場所を求めて、現在の奈良県桜井市を出発し、40年の歳月をかけて、伊賀、近江、美濃を経て、現在の内宮がある五十鈴川の上流に行き着いたと言われています。

そのため、伊勢では至るところに「天照大神と共に旅する皇女」である倭姫命の史跡があります。

磯宮(二見興玉神社)の夫婦岩

日本の統一と安寧を求め、大和から伊勢へと旅され、瀧原宮と神宮を創建された倭姫命。甥っ子である日本武尊(やまとたける)に草薙の剣を授け、東征に出したのは有名な話です。その日本武尊は西にも東にも出征し、やがて国を統一しました。
(一般財団法人 京都宮廷文化研究所「倭姫命と日本武尊の歴史的役割」参照)

倭姫命が創建されたもう一つの神宮、瀧原宮は、瀧原宮と瀧原竝宮が並列になっています。

瀧原宮

これが本来の伊勢神宮の形であると言われており(瀧原宮の由緒書きにも記載されています)、現在の内宮の正宮と荒祭宮の位置関係も、元は横並びであったとされています。

また、現在の伊雑宮の御祭神は「天照坐皇大御神御魂」となっていますが、中世末以降は伊雑宮神職の磯部氏の祖先とされる伊佐波登美命と玉柱命(または玉柱屋姫命)の2座を祀っていました。伊雑宮御師である西岡家に伝わる文書においては、祭神「玉柱屋姫命」は「玉柱屋姫神天照大神分身在郷」と書かれ、同じ箇所に「瀬織津姫神天照大神分身在河」と記載されており、玉柱屋姫命と瀬織津姫は同一神と見なされているようです。(Wikipedia 伊雑宮 参照)

伊雑宮

天照大神の御杖となって旅をされた倭姫命は、天照大神と瀬織津姫の御夫婦を並列に祀られたということなのでしょう。

天照大神は一般的には女神と解釈されていますが、実際は男神であり、そのお后が瀬織津姫であった。この夫婦の関係が、世の中のバランスを取っていたと考えられています。太古の昔から、太陽と月、陰と陽、男と女、夫と妻、潮の満ち引き、など、陰陽のバランス、調和、和合が日本の歴史・文化そのものであり、このバランスが崩れた時に戦や争い、現代では分断や格差が生じているものと思います。

伊勢(いせ)の語源は、妹(いも)と背(せ、または、おせ)と言われています。「いもおせ」とは、男女、陰陽を表しています。性差による作りの違いを理解し、それぞれの役割を担うこと。これが重要なんでしょうね。

今回の旅で、自らの使命を受け入れて神宮創建に尽力された倭姫命の功績に触れることができました。

それが2000年経つ今でも受け継がれ、残されている。自分に何ができるか分かりませんが、今この時代を生きている人間の努めとして、自分だけが良ければいい、とか、自己実現とか、そういう目先のことだけでなく、受け継がれてきたものを引き継ぎ、また、自分の子や孫の世代にバトンを渡していく。

それが努めなんだろうと思います。今自分たちが生きている日本は、先祖が必死で守ろうとした日本の未来ですね。

ーーーーー
瀧原宮、内宮と荒祭宮については、Youtubeの「トの教えチャンネル」で、六甲比命講代表であり、関西ホツマの会代表の大江先生(林先生)が詳しく解説されているので、興味のある方はぜひ。

「瀧原宮は伊勢神宮の真の姿」(トの教えチャンネル)

「伊勢神宮総集編」

「変わらないもの」に対する関心が深くなっている理由

自分自身の興味関心が変化していることを実感しています。
具体的には「変わらないもの」に対する関心がどんどん深くなっている、という感じでしょうか。

世の中には、変わるものと変わらないものがあります。
経済や政治の仕組みや技術は時代によって変わるもの、人の暮らしを支える農業や漁業、お祭りなどは変わらないものと定義することができるかもしれません。

数百年、数千年と続いてきた営みは文化と呼べますし、その文化というのは、いつの時代も人が「生きる」ということと密接に関係しています。生きていく上で必要なのは、水、空気、食べ物です。神社などに行くと、太陽や水や土それぞれに神が宿っていて、五穀豊穣を願い、実りに感謝することがお祭りという形になっていることが分かります。一方、寺は人々が強く生きていく上で大切な心を鍛える修行の場であり、救いの場と捉えることもできるかもしれません。

生きていく上で最も重要な水、空気、食物ですが、特に食べ物について、最近特に気にするようにしています。前回のブログでも書きましたが、医療が発達して平均寿命が延びたにもかかわらず、ガンや認知症などの増加で健康寿命は思うほど延びていない、働き盛りの子が親の介護をしなければならない(僕の祖父母世代は親の介護なんて経験したことがなかった)などの状況を見ていると、これは果たして技術が進歩したといえるのか?と思うのです。誰もが望む「ピンピンコロリ」ですが、それも思うようにいかず、結局は人の世話になってしまうという現状もあります。

貧困と肥満率の相関関係を見ても分かるとおり、今の世の中で健康に生きようと思うと、お金と時間が必要です。なんでなんでしょうね。人は仕事に追われ、時間がないのでコンビニやファーストフードなどで添加物や糖質の多い食事をしてとりあえず腹を満たし、健康を害し、病院に行き、医療費や保険のためにまた働くという悪循環を繰り返しています(かつての自分がそうでした)。アメリカでオーガニックな野菜を手に入れようと思うと、高級スーパーに行かなければ手に入りませんし、高額です。庶民にはとても手が届きません。

そのような現状を解決するために、経済成長や技術革新や医療の進歩がなにか寄与してきたか?と思うと、僕の中では答えが見い出せず、ただ格差を生んだだけではないのか?と思うのです(経済成長や技術を否定するものではありません)。

食や病気だけでなく、戦争や暴力、搾取がいつまで経ってもなくならないのも同じですけど。

そういうわけで、自分は「ビジネス」に対する関心は徐々に薄れ、今は、人間が人間らしく幸福に生きていける枠組み、システムなどに深い興味を注いでいます。ビジネスをすればするほど誰かが貧しくなっている気すらします。最近、文化人と呼ばれる人、具体的には、芸術家、大学教授、作家さんなどとお話をする機会が増えているのもそういう理由からかもしれません。人にもよりますが、このような方の視座は高く、全体を俯瞰したり、物事を別角度から分析したり、歴史を百年単位で考える思考をお持ちです。自分もお祭りの企画や運営に携わっている手前、日本古来の歴史や文化について深く考えることが多く、今の世の中に本当に必要なものって何?と考えることが多くなりました。

松田さんは稼いでいるからそんな悠長なことが言えるんですよ、と言われることもありますが、決してセーフティゾーンから物を見ているわけではなく、本当になんとかならんか、と思っているところです。まだ答えは全然見つかっていませんが、とりあえず、これと思うことに心血を注いで行きたいと思います。

高層ビルとホームレースのコントラスト サンフランシスコ,2019年

新しい文化をつくる

人の「想い」に触れることが多い今日この頃です。
様々なプロジェクトに携わらせていただく中で、決して派手だったり、目立つわけではないけれど、心の内に秘めた温かさや思いやりをじんわりと感じることができるのは、本当に幸せです。

類は友を呼ぶといいますが、自分が持っている価値観、物事の捉え方、人への接し方、人生に対する考え方などに近しい方々が自然に集まります(不思議なんですけどね)

コミュニティにおけるこのような循環がオートマティックにまわり始めると、集まる人々が醸し出す温かさ、優しさ、思いやりが大気のようにコミュニティを包み、その空気を吸うことが心地良いと感じる人々が集団を形成していくんですよね。僕は優しく、温かく、誰も攻撃したり排除したりしないコミュニティが大好きです。日本の「和合」という文化を大切にしています。

取り決めもルールもなく、目に見えない不文律がゆるやかに包む。同調圧力でも、押し付けでもなく、出入り自由。みなさん、どうぞご自由に。シンプルに、その場の空気が心地良いと思う人々が集団を形成しているんです。

そんなコミュニティから生まれたイベントのひとつが「飛脚まらそん」です。

江戸時代において、飛脚は手紙や書という形で人々の想いを運びました。親が子を、子が親を想う気持ち、愛する人を想う気持ち。少しでも早く、想いを伝えたい。

自分も15年のキャリアを持つランナーなので、多くのランナーさんを見てきました。距離やタイムを追い続けるのも尊いことですが、自分のように体調を崩したり、故障したりして以前のように走れなくなってしまった人、SNSのキラキラ投稿ばかりがタイムラインに流れてきて、他の人と自分とを比べてしまい、走ることの楽しさを見失ってしまった人、参加費の高騰で都市型マラソンに辟易してしまった人。

でも、きっと、走ることは嫌いじゃないんです。
それぞれ、自分と戦いながら、大切な人を想いながら走ることの素晴らしさを知っている。そんな想いを「飛脚」に重ねて走ってみましょう、というのが「飛脚まらそん」です。

距離は、1里(約4km)、5里(約20km)、10里(約40km)の部。
タイム計測はありません。

家族で楽しめるように、親子かけっこ教室もあります。

ちなみに、飛脚まらそん実行委員会は、日本人初6大陸のアドベンチャーレースを走破し、先日もヒマラヤ1700km横断レースを完走された、プロランナー北田雄夫さんを委員長に、全国各地で数々のレースを主催するGRlabさん、「ランナーズ」でおなじみのアールビーズさん、そして足の神様服部天神宮さんが実行委員のメンバーとして名を連ねています。

プロランナーや第一線の実業団ランナーたちが主催しているのに?

なぜ飛脚?

僕はそんな疑問に対して「日本古来の文化を見直し、走ることに対する新しい文化を作りたいから」と、答えています。極限の厳しさを知り、世界を見た人の優しさは本物です。それぞれが自由に新しい文化を楽しんでみませんか?

当日はボランティアスタッフも募集しています。
走る側でも、支える側でも。

ぜひ、一緒に新しい文化を作りましょう。

6月といえば

6月といえば、梅雨。梅雨といえば、紫陽花ですね。
あちらこちらで紫陽花が咲き始めていますが、先日、関西では「花寺」として有名な、奈良県の長谷寺に行ってきました。西国三十三所の第八番のお寺です。

まずは門前町で腹ごしらえ。
このあたりは三輪素麺で有名なところですので、どのお店でも素麺や柿の葉寿司などを楽しむことができます。

お会計の時に、お店の奥さんから「紫陽花はまだ三分咲きくらいかな」と教えていただいたのですが、実際、地植えの紫陽花はまだまだ。でも、鉢植えの紫陽花は満開でした!
 
たくさん人がいるので、人が入らないように撮影するのは至難の業です。

奇跡的瞬間!人がいない!
長谷寺といえば、登廊ですよね

慌ただしく過ぎていく日々の中で、季節を感じながら生活することを心がけています。自分たちは自然の中で生かされているのだという実感を得ることができるからです。花ってすごいですよね。その季節になったら花を咲かせるのですから。

自宅の温室では、カトレアが咲いています。
庭の梅の収穫も終わったので、これからは梅干しづくり。

日々コツコツと。

水の大切さについて本気で考える

先週の金曜日、和歌山県橋本市にある「ゆのさと」に行ってきました。
ここは「月の雫」という水で有名な場所で、温泉施設でありながら、多くの方がタンク持参で来られて、水を汲んで帰るという場所です。僕たちが行った日は平日でしたが、他府県ナンバーの車も多く(品川ナンバーもあった!)、全国からゆのさとの水を求めてやってくるという話は本当なんだと実感しました。僕も20リットルのタンク2個に水をいただき、毎日飲料や食事に使っています。

人間の身体の水分量は60%と言われていますよね。
水で出来ているとは過言ですが、それだけ水は人間にとって必要不可欠、最も大切なものだと言えます。ゆのさとの訪問がきっかけで水について色々と調べていた時、2年前に熊本で開催された水サミットでの天皇陛下の記念講演を知りました。下記のリンクから全文を読むことができます。

宮内庁ホームページ
第4回アジア・太平洋水サミットにおける天皇陛下記念講演(2022年、令和4年4月23日)

長年、水の研究をライフワークとされている天皇陛下が、ご専門ならではの知見で水に関する民族信仰についてお話されています。先祖代々続く人々と水との関わりが、その地域固有の文化と社会を形成してきたと。あれこれ言わないので、とにかく読んでください。

この話のすごいところは、水=龍神(弁財天や九頭竜)や蛇の神(宇賀神、ナーガ)、亀蛇(妙見祭)など、水と神との関係は、日本のみならず、形を変えてアジア太平洋全域に広がっていることから、わたしたちは一つ、みんな一緒なんだよ、ということを伝えられているということなんですね。だから共存共栄していきましょう、と。まさに大和=和合の精神。水から民族信仰、和の精神に論理を発展されるところが、平和と安寧を願っておられる陛下ならではなのですよ。誰もがこの精神を持っていたら、争いや分断、格差なんて起こらないでしょうよ。

ビジネスマンの僕がいうのもおかしいのですが、資本と技術を追求し続けると世の中は金、物の世界になってしまいます。金、物の世界って、限界があるんですよね。そもそも人口が増え続け、消費が右肩上がりで増え、投資を永遠にし続けることが前提のシステムになっているので、お金を永遠に増やさなければならない。人口が減少している今の世の中では成り立たないし、物を売るためには、「人々が満足しないように」しなければならないわけです。つまり、常に人々を不安な状態にさせること。戦争や疫病は技術を進歩させ、産業が活性化します。ひどい話だけど。でも、そのお金も価値が下がりつつあります(物価が上がっているのではなく、お金が増えすぎてお金の価値が下がっている)。そろそろ限界なんじゃないかな。

一方、生物としての人間としての「在り方」を追求すると、縄文時代の村のように、争いもなく、皆が共に汗をかき、畑を耕し、自然に感謝しながら平和に暮らす世の中になる。どっちがいいのでしょうね。実態のないもの、終わりのないものを、体力気力をすり減らしながら追いかけ続けることに何の意味があるのでしょうね。それだけの体力気力があれば、僕は後者に進路を取って行きたいなと思います。

さて、先の記念講演で、陛下が「奈良県の室生には、龍が棲むという洞穴があり」と、吉祥龍穴に言及されておられたことが個人的に胸アツでした。僕の大好きな室生龍穴神社の奥宮です。知る人ぞ知る秘境のことを陛下が知っておられたとは。ちなみに、竹生島や天河弁財天にも言及されてるんですよ!お分かりになる方はピンとこられると思いますが・・・

というわけで、今日はこのあたりで。
水について、しっかり考えてみましょう。

吉祥龍穴(室生龍穴神社奥宮) 松田撮影
奈良県、大峰山龍泉寺の湧水 松田撮影
善女龍王、高龗神(ともに瀬織津姫)が祀られている室生龍穴神社 松田撮影

持てる武器を増やす

先日、仲間内で話していた話題について、やっぱり良く考えてみるとこれって結構大事なことなんじゃないかなと思ったのでブログにまとめてみます。

題して、
「コピペ社会をどう生きるか」

今の世の中って、コピペ(コピー&ペースト)社会だなと思うことがあります。ネット上に情報が溢れているので、簡単に情報を手に入れて「知った気」になることができるし、それらの情報を簡単にシェアできちゃいます。コピペされた情報が真贋問わずに量産され、それらがSNSやYoutubeを通して無限に広がります。

同じようなノウハウが溢れていると思いませんか?
誰の言うことを信じたら良いのでしょうか。

簡単に言うと、実践経験があり、実績を出している人の言葉のみが信用できるのです。

モテたことがない人がモテ方を教えることができる訳がないし、お金を稼いでない人が稼ぎ方を教えることはできません。会社経営をしたことがない人が経営論を語ることもできないし、組織で出世した経験のない人が組織論を語ることはできません。もし語っている人がいたら、それはウソやと思っています。薄っぺらな情報はすぐ分かりますよね。

でも、このコピペ社会では、モテない人がモテ方を教えてたりするでしょう?
恋愛経験のない人が恋愛相談に乗っていたりするじゃないですか。

そのような、なんちゃって◯◯みたいな人が山のようにいるのが事実です。「なんとなく、できそうに見える」人。やってる感を出している人と、実績が伴っている人は別です。いやいや、実績とか経験とか関係なく、理論に基づくアドバイスもありますよ、という意見もあるかもしれません。確かにそう。でもね、大抵仕事になっていません。なぜなら教える側、サービスを提供する側に結果が伴っていないからです。

ビジネス = 事業をつくること = 売上・利益をあげること は簡単ではない。

特に若い人に、『「ビジネスごっこ」に巻き込まれないように注意して』と言っている理由はそこです。収益が上がっていない会社や事業は、いくらやってる感を出していたとしても「ごっこ遊び」の域を出ません。生成AIの方がはるかに良いパフォーマスを出します。下手したらそこで飼い殺しにされる可能性もあります。誰もが簡単に起業できたり、資金を調達できたり、会社を作れたりしますが、ほぼ失敗していますから。

では、どうすればよいか。
カッコ悪く生きることが大切なのではないでしょうか。

とにかく自分が働ける場所、雇ってもらえる場所で必死に働く。好き嫌いではなく、そこで経験を積み、実績を出し、昇進、出世する。社内外で多くの人と知り合い、ギブファーストで動き、人を助け、助けられたら恩を返し、この人に任せたら安心、と、誰からも信頼される人になること。時間が掛かかりますが、時間が掛かることは当たり前です。最短距離を走れる人なんてほとんどいないのですから。

こうすることで、持てる武器が増えていくと思います。
実践経験を積み、武器を増やそう。そうすれば、ちゃんと相手にしてもらえるし、お客様に価値提供ができるし、稼げる。

なんちゃってごっこ遊びは時間の浪費です。
コピペ社会から脱出しましょう。

上記の文脈とは少し毛色の違う話になりますが、こんなことやり取りを想像してみました。

「あなたのやっていることで世の中を変えることができたか?」
「いや、そんなこと考えたこともありません、私は飯を食うためにやっているのです。」

こういう方がよほど潔いし、僕は好きです。
自分も至らない点ばかりなので、自戒を込めて書いてみました。

旅を通じて「村づくり」について考える

GW明けすぐに東京出張に来ています。駅や新幹線の混雑もさほどなく、社会が日常を取り戻しているようです。個人的には平日休日関係なく仕事をしているので、休みボケという感覚はありませんが、なんとなく「さあ、フルスロットルでがんばるぞ!」という気持ちになっています。

さて、今年のゴールデンウィークの前半は愛媛へ、後半は和歌山に一泊で家族旅行に行きました。それぞれが忙しくしているので家族全員が揃うことがなかなかなく、久しぶりの家族旅行です。

和歌山の黒潮市場では海鮮丼やキスの天ぷらなど海の幸をいただき、現地の海鮮加工品をたくさん購入しました。波間に沈みゆく太陽を見ながらの食事は最高ですね。

山あいの道の駅では、地元産の苺、甘夏、不知火などの柑橘類、味噌や手作りこんにゃく、よもぎ餅やみたらし団子などを購入しました。どれもめちゃくちゃ美味しかった!地産地消と言われて久しいですが、物流コストの上昇や円安による物価上昇が顕在化してくると、身近で手に入るもののありがたさが身に沁みます。

人間は結局、食べる物がないと生きていけませんよね。
政治的理由や外圧、グローバリゼーションの影響で農業が衰退し、食料自給率はカロリーベースで38%の日本ですが、改めて「畑を耕し、物を作ること」の重要性を認識しなければと思います。僕は畑を耕す能力も経験もありませんが、少しでも関心を向けて、安ければ良いというのではなく、地元のものを優先的に購入して消費していきたいなと思うのです。願わくば、自分で野菜くらい育ててみたいな。

コミュニティづくりなどは仕事で手掛けていますが、やはり将来的には物理的な「村づくり」にキャリアが向いて行くのかな。なんて、漠然と考えるきっかけになる旅でした。

後になって分かることがある(旅先での出会いから)

愛媛県に行ってきました。
服部足祭りとの御縁をいただいた、大洲市にある少彦名神社への御礼参りです。

大阪府豊中市にある服部天神宮と大洲市にある少彦名神社は、ともに「少彦名命(スクナヒコナノミコト)」を御祭神としています。大国主命とともに日本の国造りに奔走された方で、医薬や温泉の神様として崇敬を集めています。大洲の少彦名神社の参籠殿の斜面に薬草がたくさん植えられているのもそういう理由からなのでしょう。

参籠殿の前に、二頭のビーグル犬を連れた男性がいました。

こんにちは、と声を掛けて保護犬だという子犬を撫でさせてもらいながら話を聞くと、元は三重県鈴鹿市のご出身で、四国のお遍路参りをしている時に地元の方と知り合い、何度か足を運ぶうちに、こっちに住めと言われて愛媛に移住されたとのことでした。

西予に樽の滝というのがあってね、そこがいいんですよ
水量が多い時は滝壺の裏側から滝を裏見することができるんです
観音様もいらっしゃるんですよ


次回来られた時にはぜひ、と教えていただきました。
表情も語り口調もとても穏やかな方で、ああ、この人は満たされているんだなと思いながら話を聞いていました。

直感的にですが、樽の滝にいけ、と言われている気がしました。

思い返せば、2021年の秋にたまたま訪れた少彦名神社で、なにかに導かれるように拝殿の裏手の崩れた階段を滑りながら登り、なぜか一時間以上も掛けて獣道のような山道を藪漕ぎしながら山頂の小さな祠にたどり着いた時は、なぜここに来たのだろう、と理由が分からなかったのですが、その半年後に服部足祭りの立ち上げのお話をいただき、2022年のプレ開催、そして2023年に二日間で1万人を集めた第一回を経て、今に至ります。(今年も10/5、6に第二回足祭りを開催します)

少彦名命の御縁なのかな、お前にできることがあるだろう、やれ、と言われたのかな。今はそのように、勝手に解釈、理解をしています。今年のお祭りの成功も祈願してきました。

樽の滝か・・・

また次の宿題をいただいた思いです。これがどんな御縁につながるのか、今は分かりませんが、この先なにかに繋がるかもしれませんね。

未来に何が起こるかなんて誰にも予測ができません。

2021年といえば、コロナ禍の真っ只中。長い闘病生活の末、1月に母が亡くなり、それもあって自分自身の人生を見つめ直し、会社を退職して独立の道を選んだのが1年後の2022年の3月でした。自分の中では大きな人生の転換点だったと思います。あれから3年。その時の決断や選択があったからこそ、今こうして自由に、幸せに、素敵な仲間やクライアントに恵まれて仕事をさせていただいているのです。

先のことなんて全然分からないけれど、日々を丁寧に謙虚に。生かされていることに感謝し、自分がお役に立てることがあれば喜んでさせていただき、大切にすべきことを大切にし、あるべき姿をぶらさずに追求する。

その積み重ねだけなのかなと思っています。

それにしても、旅先での人との出会いって素敵ですね。

下灘駅近くのお店の方々もとても親切だったし、久万高原のパンも美味しかったし、AIを学ぶ学生との交流も楽しかった。また折に触れて書き残しておきたいと思います。

旅で出会った素敵な言葉たち

和歌山から奈良にかけて、一泊二日、六社一寺を巡りました。良い天気に恵まれ、どこに行っても気持ちの良い風と水、空気に触れ、心身共にリフレッシュできたと思います。

和歌山の鹽竈神社に、「和合の松」というものがありました。

和歌の浦特有の、波と風で侵食された岩盤と松の木が一体化したもので、どこから木でどこから岩か分からないくらい、融合、和合しているのです。

「和合」の言葉の意味について、Weblioやコトバンクを見てみると、

二つ以上のものが結合し、とけあうこと
仲よくなること、親しみ合うこと

とあります。

異質もの同士が交わり合い、融合する。排除、忌避とは正反対の概念です。実は今回の神社巡りで「和合」という言葉にふれる機会がたくさんありました。

丹生川上神社下社では、宮司さんから素敵なお話を聞くことができました。

八百万の神。白でも黒でもなく、全部「白」。まずは別け隔てなく受け入れるのが元来の日本の精神。

西洋一神教のように神か悪魔か、こちら側か向こう側か、敵か味方かではなく、受け入れ、和合する。恐らくこのような概念と歴史を持ち合わせている国は日本だけなのでしょう。

ところが、人間の歴史は戦争の歴史と言ってもいいくらい、いつの時代も戦争が起こり、今でも戦争はなくならず、弱い人々が犠牲になり、辛い思いをしている。文明や技術がいくら発達、進歩しても(いや、発達しているのか?)何も変わらない。平和とは程遠い。

グローバリゼーションは「新しい植民地主義」と言われるとおり、弱い国は様々な制限がなされ、自分たちで自分たちを養えるような農作物を作ることすら許されず、自給自足とは程遠い生活を余儀なくされています。今の日本なんて食料に関しては危機的状況でしょう?

考えれば考えるほど絶望するし、しんどくなりますよね。でも、神社巡りをすることで、絶望が希望に変わるんです。

そこには、本来のあるべき姿が残っているし、自然を敬い、命を大切にし、大切すべきものを守り、毎日感謝するという、当たり前のことを再確認できます。本来あるべき姿に戻れば、幸せに暮らせる。

人と比べたり、優劣をつけたり、競ったり、価値観を押し付けたり、否定したりするのではなく、全部「白」。かまへん、かまへん、全部まるっとオッケーでっせー、の精神で生きていければ、物があってもなくても幸せですよね。

今回巡った神社仏閣は以下のとおりです

【和歌山県】
日前神宮・國懸神宮
玉津島神社
鹽竈神社
丹生都比売神社

【奈良県】
龍泉寺
天河大弁財天社
丹生川上神社下社

素敵な出会いに感謝です。弥栄。

Instagramのアカウントの方では「神社巡り紀行」と称して、写真をアップしています。
是非ご覧ください。

丹生都比売神社の花盛祭
龍泉寺 龍の口
丹生川上神社 下社

数百年後の歴史家は、20〜21世紀を何時代と名付けるのだろう

関東から雨の神戸へ帰ってきました。
行きも帰りも、新幹線は外国人でいっぱい。グリーンなんて6割〜7割が外国人(白人多め)で、空席も少なめ。みんな大きなキャリケースを引っ張って移動しています。僕のようなビジネス客なんて少ないんじゃないかな。あえて混み合う朝夜は避けて、真っ昼間に乗っている、というのもあるのでしょうけど。

月に一、二度は関東出張に行っていますが、ここまで外国人が多いのも珍しい。なんでだろうと考えてたのですが、答えが分かりました。桜ですね。

ちょうど3月の終わりから4月にかけて、日本全国桜の花が咲き誇ります。日本特有のシンボリックな風景というのはいくつかあると思いますが、やはり満開の桜が一番「日本らしい」のかもしれません。桜を見ていて思うのですが、地域によっても開花度合いに差があるし、木そのものにも個体差がある。宿泊していた神奈川のホテル近くの桜はほぼ満開でしたが、打ち合わせに帰ってきた新神戸駅の桜はまだ2,3分咲きという感じでした。

さて、この時期はどこに行ってもフレッシュなスーツに身を包んだ新入社員を見かけます。

よく昭和世代、バブル世代、不景気世代、ゆとり世代、最近ではZ世代など、◯◯世代という分け方をされますが、たかだか数十年の時間軸で世代分けされていたら、日本史の年表は線だらけになるでしょう。たまに考えるのですが、数百年後から振り返った20世紀や21世紀は歴史家にとって、どんな分類をされるのでしょうかね。何時代と言われるのでしょうか。工業化時代、世界戦争時代、人口爆発時代、環境汚染時代、温暖化時代、AI時代・・・色々考えると面白いですね。

話は元に戻りますが、長い時間軸からみた今この瞬間は、老いも若きもなく、皆おなじ世代の人間です。たしかに文化風習、言葉、流行などに違いはあれど、大して変わりません。◯◯ガチャという言葉もありますが、今も昔も同じだろうと思うのです。戦争を経験している親戚のおじいさんから、「軍隊はなあ、運(うん)隊と呼ばれてたんやで。配属される部隊によっては天国か地獄。まさに運任せや」と、子供の頃に聞いたことがあります。今でいう配属ガチャですよね。

なんの因果かその時代に生まれ、同じ世代の人間と一緒に育っていく。世代間ギャップなんてあってないようなもの。いつの時代も学ぶこと、努力することは必要だし、昨日よりも今日、今日よりも明日を少しでも良くすべく、今できることをがんばって精一杯生きることだけです。こうやればうまくいくという答えもないので、自分で色々と模索しながら探して行きましょう。

4月に入りました。
これからますます良い季節になりますね。今週末が桜の見頃でしょうか。楽しみです。
 

雨の神戸三宮