今のところ旅は続いているようです。〜ブログ開設20年を迎えて

2005年6月にスタートしたこのブログ、今月で丸20年を迎えました。ハタチです。長女と同じ歳、20歳です。

さすがに20年も経つと色々と変化があるものです。フィジカル面、精神面の変化。娘たちの成長、自らの成長。良いのか悪いのか分かりませんが、考え方は自分でも驚くほど大きく変わりました。今と昔じゃ書いている内容がまるっきり違います。

グローバルからローカルへ
テクノロジー重視からプリミティブ思考へ
ビジネスから哲学・歴史・文化へ
上昇志向からがんばらない生き方へ
得るより与えるへ
競争から自分らしい生き方へ
地位財から非地位財へ
拘りから手放しへ
目標を持つ生き方から目標を持たない生き方へ

体調不良や病気やコロナや、きっかけは色々とあったと思います。40代半ばで経験したミッドライフクライシスも大きく影響しました。人間って面白いですね。自分ではどうすることもできない状況に抗えず、ただ身を任せるしかない状況の中では、生物(いきもの)として生きるために「こうあるしかない」という方向に心身共に向かっていくようで、自然と落ち着くところに落ち着いたような気がします。

抗わない、受け入れる、ただそのままでいることで、今、自分が想像していたよりもはるかに居心地の良い場所にランディングできたことに感謝しています。自然に任せるってすごいですよね。任せるって勇気のいることではあるんですけどね。

人生100年とした時に、ようやく半分。残りの人生をどのように生きていきたいか、どうしたら恩返し、恩送りができるか。日頃からそのように考えていると、本当に自分がしたいこと、すべきことに時間とお金を自由に投入できている幸せ、ありがたさを感じています。色々と経験し自分なりに克服してきたことに与えられたギフトのようなものかもしれません。

とはいえ課題がないわけではありません。
自然の中で生活していると人と関わることが億劫になってくるので、バランスを保つようにすること、厭世的になり過ぎないようにすること。

このブログ、いつまで続けることができるか分かりませんが、21年目に入った今、また新たな気持ちで、その時の自分を書き残していきたいと思っています。

これからもお付き合いいただけたら嬉しいです。

別の世界を創ってそこで生きる

先日、某企業の社員向け研修で講演のご依頼をいただき、50分ほどお話をしました。アイデアから実現までのプロセス、物事を抽象化する習慣、答えを探す前に問いを立てる重要性など、実践的な内容を含むいくつかのテーマでお話させていただきましたが、その中の一つに「時間を100年単位で見る」という、このブログではいつも書いていることに言及したところ、後日いただいたセミナー後アンケートを見ると結構響いた方が多くおられたようでした。

「時間を100年単位で見る」という理由はいくつかあるのですが、ひとつに、現代の世の中の価値基準は高々ここ数十年〜百年で出来たもの、そこに必死でしがみついたり、無理に追いかけたり、「成功」「失敗」「勝ち」「負け」で判断したり、生き辛さを感じて自己嫌悪に陥ったり、そんなことは何の意味もないよ、ということが言いたいのです。

社会不適合とかドロップアウトとか、勉強が出来る出来ない、エリートや非エリート、そんな区別は気にしなくて良いと思うんですよね。今の社会で「すごい」とされているエリート層が作ってきた社会が、幸福度が著しく低く、圧倒的格差を生んだ現代社会、環境を破壊して自らの首を締めているような世界なのですから。それに人それぞれ、向き不向き、得意不得意があります。みんながみんな同じことをしなくて良いではありませんか。そして、これをしなければダメという社会の通説についても、もし違和感を感じるのであれば積極的に無視していきましょう。違和感を感じること、変だと思うことは意外と間違っておらず、その違和感を大切にしたいものです。誰とも何とも戦わず、自分が自然の一部と認識し、感謝し、大切なものを守って残し、思いやりや助け合い、小さな幸せを大切にしながら生きることだけを心掛けたいと思っています。

僕自身、自分を実験台にしているところがあります。

ビジネスを拡大すること、ネットワークを広げること、人が何をしているか、人からどう思われているか、周りの評価を気にすること。これらを捨て、自分が「生きやすい」と思う世界を作ろうとしています。庭仕事や畑仕事に精を出しているのもそのためです。自分の場合は人間と関わるより、自然の中で生きる方が心地良いし、土や植物に触れていると気持ちが穏やかになります。春に咲き誇る花を見て満たされ、梅の実を収穫して梅仕事をしながら大地の恵みに感謝する。季節を感じながら、ただその日その日を生きる。

そのような自分の志向や思いに正直になるとともに、自分が創りたい世界を自分で創っていく活動をしていると、不思議と仲間が増え、勝手に仕事が増えるのです。さきほどの文章とは逆説的です。広げたくない関わりたくない、と思っているのに、です。

ちなみに、社会や政治に関心がないわけでではありません。むしろ関心が強く、今年は家が一軒建つほどの額を納税したこともあり、政治は自分ごととして捉えています。世の中を少しでも良くするために微力ではありますが、できることを精一杯しようと思っています。

以前は言語化して、それをしっかり伝えて、ということを重視していましたが、最近感じていることは、別に発信してもしなくても見ている人は見ているし、同じ価値観を持つ人は自然と集まり、集団、コミュニティになっていくんだなということです。いや、これ、究極の「自然の力」ですよ。管理せず、手を入れず、自然に任せると勝手に繁茂する。良いものは勝手に広がる。

自分が創りたい世界を自分で創って、そこで生きる。
世の中の物差し、規準とは一線を画した別世界で生きる。

僕の場合、したいことの実現に一歩づつ向かっています。昨年のHakushu Career Transition 研修でレゴを使ったワークをしたのですが、そこで作ったモノが少しづつ実現に向かっています。日頃外では話せないようなことを話せたり、疲れた大人たちがほっとできるような場づくりができればと思い、昨日も工務店の方と打ち合わせをしました。早ければ夏、遅くとも今年中には完成の予定です。

つなぐこと、残すことについて

4月28日に、京都府京丹後市の比沼麻奈為神社へ正式参拝させていただきました。

昨秋、六甲比命神社の管理人でありホツマツタヱ研究者である大江先生、株式会社ことだまの荻野さんたちと参拝させていただいた際、次回は久次岳の麓、比沼麻奈為神社が管理する不動明王様の縁日(4月28日)に合わせて参りましょうという話になり、半年ぶりの参拝となりました。

この日は、大江先生の研究では瀬織津姫様が神上がりされた日ではないかということもあり、大変重要な日となっています(4月28日といえば、大好きだった祖母の誕生日、我々夫婦の結婚記念日ということで、個人的にも縁が深い日です)。

比沼麻奈為神社は伊勢神宮外宮の御祭神、豊受大御神をまつる神社で「豊受宮」と称されます。また近くには史跡「月の輪田」もあり、農耕の神、豊受大御神のお膝元ならでは、稲作発祥の地でもあります。

今回の参拝でも「残す、つなぐ」ことについて深く考えさせられました。

地域の方々が比沼麻奈為神社と不動明王を大切に管理されていること、我々のような外部の人間が突然現れても、多少驚きながらも温かく迎えて入れていただき、ジュースやお菓子を振る舞ってくださったこと。農道や山道を丁寧に整え、誰が来ても受け入れる、まさに不動明王の温かさを感じることができました。

「本当に大切なモノ・コトは自然に広がり残る」というのが僕自身の持論ではありますが、そこにはやはり守っておられる方がおられ、毎年のお祭りを大切にされている居住者と、我々のように遠隔からの「通い」による非居住者の協力(今の言葉でいうと「推し活」でしょうか)により、維持発展していくことを改めて再認識しました。

観光地のようにただ人が集まり、お金を落としてくれれば良いというわけではなく、この地の価値や大切さを知り、本当に大切にしたいという人に届けばと願います。

奇しくも、自宅の倉庫の解体作業を行っているところで、古い着物や白黒の写真などがたくさん出てきています。もうこの世にはいない先人たちの姿を見るに、ご先祖たちが必死で繋いできたバトンを大切に受け取り、次に繋いでいくという使命の大切さを再認識するとともに、自分が住む地元も大切にしながら、動ける範囲で仲間たちと一緒に他の地域のお手伝いもできればと思いを新たにしています。

関わらせていただいている服部足祭り飛脚まらそんに加え、今月の総会で「なにわ名物開発研究会」の幹事にも就任させていただくお話もあり、ますます地域活動や文化・コミュニティ活動に軸足が移って行きそうですが、お前の役割だ、やれ、といわれていると思い、謙虚かつ一生懸命がんばります。

最後に告知です。
第25回「なにわ大賞」の募集がスタートしました。
大阪・なにわの文化に資する魅力を発掘し、地域の発展に寄与する優れた「ヒト」「コト」「モノ」を表彰する賞です。
エントリーお待ちしています!

空海の風景を読む

春を目一杯楽しんでいます。
梅の花が散った後は、桃、桜と続き、庭の鉢植えや宿根草も次々と花を咲かせてくれています。家庭菜園では、ほうれん草、春菊、人参、大根などの種まきも終わり、それぞれが小さな芽を出してくれています。モッコウバラの蕾も膨らみ始め、ゴールデンウィークには満開のバラを楽しめそうです。

前回のブログ「上昇志向モンスターから、晴耕雨読の日々へ」には多くの反響をいただきました。自分でも、これからの人生をどう生きていくか、さらに思考を深めています。思考を深める際には、草花の成長や木々の芽吹きを眺めながら、古代から変わることのない自然の悠久のいとなみに思いを馳せています。できるだけ、社会から遠いところに身を置きたいだけなのかもしれません。

NHKで「第28回 菜の花忌シンポジウム」を視聴しました。
菜の花忌とは、司馬遼太郎さんの命日に合わせて開催されるイベントで、今年のテーマは「空海の風景を読む」でした。「空海の風景」は司馬遼太郎さんの代表作の一つです。平安時代に生きた知の巨人、空海の一生を小説化したもので、その思想のスケールの大きさに目眩を覚えます。

読み直した、空海の風景

真言密教の総本山である高野山は僕も大好きな場所ですが、密教そのものは難解であるものの、空海が留学先の長安で感じた「人間を人種でみず、風俗でみず、階級でみず、単に人間という普遍性としてのみとらえた」(空海の風景より)という点は、無限に広がる宇宙と、始めがなく終わりがない時間の中で繰り返される、生命の誕生と死、わずか数十年という寿命の中での「人間の営みそのもの」を肯定し、衆生済度を説きました。

僕自身、世俗の色々や社会システムや己の限界などに辟易して、ついつい厭世的になりがちな自分がいる中で、煩悩やあらゆる欲を含めて人間そのものを寛容に受け入れ、人間を自然と同化し、宇宙の一部にさえ同化していこうとする壮大な試みは、たいした知識も学も持ち合わせていない自分でも、その偉大さと覚悟くらいは分かります。人間を自然の一部とし、「ただ、在るだけで良い」のかな。もしそうだとすると、これは個人的に生きる上で大きなモチベーションになりそうです。

庭木を見ていると、肥料もやらないし世話もしないのに、夏の暑さと冬の寒さに耐えて、春になれば花を咲かせる。それを毎年毎年黙って繰り返す。咲かせる花や、実が本当に美しいのです。生きているということは美しいことですね。

上昇志向モンスターから、晴耕雨読の日々へ

寒かった二月が過ぎ、ようやく暖かくなってきました。
庭の梅の花も満開で、春を感じられるのはうれしいです。

年々寒さが苦手になっているので、気温が10度を上回るとホッとします。身体って変化していきますよね。基礎スキーに真剣に取り組んでいた20代、雪山ごもりをしていたのが信じられません。真冬でも旅館の中では半袖、一番好きな季節は冬って言ってましたもんね。

最近、身体の変化とそれに伴う思考の変化を静かに楽しんでいます。

人生で最も長い時間を共に過ごすのは、ほかでもない自分。その自分を客観視し、身体の変化だけでなく、物の見方、考え方の変化などすべてを含めて、自分自身とどれだけ上手に死ぬまで付き合っていけるか。

身体ってほんと言うことを聞いてくれません。
年末から二月にかけて、高熱による強制リセットが二回あり、体重も10kg減りました。足かけ四週間の寝たきり期間、予定はほとんどキャンセル、新規の仕事のオファーもお断りするような状況で、多方面にご迷惑をおかけしました。ただただ、身体が動けるようになるのを待つだけの日々で考えていたのは、「積極的な諦め」と「手放し」です。

かつて当たり前のように出来ていたことが出来なくなっている自分を憂いることは簡単だけど、そこからは何も生まれない。今まで出来ていたことは、神様からお預かりしていたもの、出来なくなったことは、お返ししたもの。そう考えると、これが今の自分、これが日常と受け入れられた時に、色んなものから解放されて気持ちが楽になりました。感情が揺さぶられることも人のことを気にすることもなくなり、本当に穏やかな日々です。

かつては「上昇志向モンスター」で、クリアすべき目標を立て、それに向けて仕事もプライベートも全力で取り組んでいました。ウルトラマラソンなど克服型のスポーツに打ち込み、寝る時間を惜しんで働き、世界を飛び回っていました。

でも、今は晴耕雨読、日々を滔々と静かに過ごすだけの人間になりました。前回のブログで書いたとおり、目標も持ちません。なにかを気合いで乗り越えようとしたり、押し込んだり、コントロールしたりすることもなく、庭木や小鳥たちを眺めながら季節の移ろいを感じ、旬のものを料理して食べ、動ける時は軽いウォーキングやジョギングを楽しみ、今こうして生きていることに感謝しています。過去は過去、今は今。もう、がんばらない。

ビジネスやキャリアで相談を受けることも多いですが、それなりにアドバイスはするものの、心の中では「いや、生きているだけで十分立派だよ」と思っています。

いや、ほんと。
この世の中で、生きているだけで立派なこと。胸を張っていいんです。

予定は立てるが、目標は持たない

今年初のエントリーです。
早いもので新年を迎えてはや20日が過ぎました。クリスマス前後から体調を崩し、そのまま仕事初めまで二週間強、寝たきりになってしまったため、新たな気持ちで今年の抱負を考えるという気力も体力もなく正月休みが終わり、日常生活が再開して仕事でバタバタ・・・という感じで今に至ります。

このような冬眠期間を経て今はすっかり元気になったので、今年一年をどのように過ごすかを改めて整理してみました。とはいうものの、ここ数年は「予定は立てるが、目標は持たない」というスタンスに切り替えていますので、基本はこの方針を継続します。

「目標は持たない」

なぜか。目標って立てても忘れてしまうし、そのとおりになったためしはないし、この変化の早い世の中で一年先がどうなるかなんて分からないので、意味ないなと思ってしまったんですね。立派な目標を立てても、それは(あくまで僕にとってはですが)一時的な自己満足にしか過ぎないなと。一応、会社経営をしているので売上や利益に関心がないことはありませんが、なんら特別なことをしていないのに毎年売上が右上がりで勝手に伸びているので、これについても深堀りした分析はせず、日々自分がしていることは間違っていないんだな、くらいの気持ちでありがたく受け入れようと思っています。

というのも、いわゆる物質的な充足であったり、こうしたい、こうなりたいという願望はすっかり薄れてしまい、今の関心は、地域の歴史的・文化的ストックをどのように活用していくか、食や組織に共通する協生とはなにか、地縁や血縁、居住や非居住によらない選択的「縁」と共同体の関係とはなにか、といった、およそビジネスからは程遠いところにあるからです。

そういう意味では、寝たきり期間を活用して社会的共通資本や祭礼と共同体に関係する書籍や論文を読む時間はしっかり確保でき、それが今のところ読書の習慣として継続できています。先人の研究って偉大ですね。「巨人の肩の上に立つ」とは、Google Scholarのトップページに掲載されている標語ですが、人ってどうしたら幸福に生きていけるのだろう、という壮大でもあり、プリミティブでもあるテーマについて、自分なりに深堀って言語化できる一年になればいいな、と思っています。

そうこうしていると、同じようなことを考えている人たちの縁がたくさんでき、年始から様々なシーンで議論する機会をいただいています。いや〜なんか自分は意識して行動していないのに、勝手にいろんな動きが生まれていて面白いです。大きなうねりが推進力となり、前へ前へ動かされているような気分です。

というわけで引続き目標は持たず、一日一日を一生懸命に生きていくことだけを心掛けながら。今年一年もどうぞよろしくお願いいたします。

昭和100年を迎えるにあたって

2025年は、昭和100年になるそうですね。
昭和元年生まれの父方の祖母は来年100歳を迎えますし、昭和三年生まれの母方祖母は、今年6月に96歳で亡くなりました。昭和は64年間続いたし、激動の時代だったということもあり、未だに昭和という時代の重たさ、存在感のようなものを感じます。

100年。
人生100年時代と言われていますが、ちょうど自分も折り返し地点が見えてきました。白秋共同研究所では「人生100年時代、50歳からが本番だ」と謳っているわけですが、じゃあこれからのステージ本番をどう生きるか、それぞれが試行錯誤しています。当然ですよね、前代未聞の長生き時代がやってきているんですもん。

でも考えてみれば、だからこそ「なんでもあり」なわけで、まさに自由。
自由は、「自分に理由があること」ということもできます。

自分はどうしたいか
自分はどう生きたいか

自分で決定し、自分で選択する。
周りとの関係においては、お互いの選択と「理由」を尊重し合い、助け合い、分かち合い、共存共栄していく。まさに和合。自分で決定し、選択するというのは、ウェルビーイングの要素のひとつと言われています。

白秋ホワイトクラブでも、毎回これが話題になります。
参加者のこれまでの歩みや、最近の出来事などを順番に伺いながら、自分自身と絡めて、こう思う、ああ思うなど、皆で意見を繰り出しています。同席した人のライフストーリーや進行中の取り組み、趣味の話などを聞くことで、自分の思考や感情とも対話し、「自分はどうしたいか、そのためにどうすれば良いか」の答えを導くヒントを得ることができます。

先日、長女が二十歳の誕生日を迎え、ささやかなお祝いをしました。
長女が二十歳ということは、僕自身も父親歴20年のハタチというわけです。第一子というのは何もかもが初めての経験で、親も必死なら、子も必死。何が正解が分からないけれど、とにかく愛情を注ぎ、育て、親子で共に一生懸命生きてきた一つの区切りが二十歳の誕生日なんですよね。

長女と「何歳の区切りが一番なんだろうね〜」と話していたのですが、二人の中では、一位:20歳、二位:100歳、三位:60歳 ということになりました。そこに大きな理由はありませんが、なんとなくです。笑

年齢を重ねるにつれ、「幸せとは」を深く考えることが増えました。
本当にありがたいことに、僕は今、一番幸せかもしれません。純粋に在り方を追求し、それを仕事にし、仲間に恵まれ、大好きなコミュニティに身を置き、自然に囲まれながら恵みに感謝する毎日です。娘たちとの何気ない対話ひとつひとつにも、一緒に庭仕事やDIYをしている時にも、最高の幸せを感じます。

「和合」という言葉について、「エネルギーを波紋のように外に伝搬すること」と教えていただきました。仏教用語の「空寂」とは、宇宙のすべての事物は実態のないもの、空であると説きます。宇宙は無限に広がりを見せています。すなわち「空」も、ひろく広がること、ということができるかもしれません。ちなみに、この「空寂」の文字、松田家本家の墓に刻まれている二文字です。

2025年もっともっと、幸せとは、を広げていきたいと思っています。

自分の「したい」を形にする

先日、白秋共同研究所の企業向けシニア研修で、これから自分がしたいことをレゴで形にするというワークショップを行いました。面白いのは、企業内研修ではなく合同研修という設計なので、いろんな企業の方々が肩を並べてワークショップをするという点です。

全三回あるプログラムの二回目、参加者は皆、50〜60歳くらいの白秋世代の方ですので、自分のキャリアを含めた自己紹介も、若い人とは比べ物にならないくらい濃くて、本当に面白い。社会人になって30年とかですから、公私ともにそれだけ様々な経験をされているので濃く長くなるのは当然ですよね。営業畑、技術畑、人事総務畑・・・それぞれの経験の中で感じたこと、仕事に対する思い、そして定年を迎えた後どういう人生を歩んでいくのか。これだけで映画が何本も出来そうな勢いです。

さて、自分はこれから何をしたいのか。

これは老若男女問わず、誰もが常日頃から考えていることではないでしょうか。特にシニア世代は子育ても落ち着き(親の介護問題はあるものの)、仕事面ではセカンドキャリアを意識した動きをする中で、多くの方とお話をしていると、やはり「社会の役に立つことをしたい」という思いが強いように感じます。実際、自分もそうです。

それぞれ、想いをレゴで表現しました。
こちらは当日、僕が作ったレゴです。

左の黃緑のブロックは畑、隣の正方形は自宅、その右隣の茶色いのはガゼボ(東屋)を表現しました。(お隣は講師アッコさんの作品です。やりたいことが共通して、レゴを繋げてみました笑)

最近、自宅の敷地の一部で協生農法に小さく取り組み始めたこともあり、なにかを育てたい、育てたものを自分で食べたい、食の安全性と健康の関係をもっと知りたい、収穫したもの皆で分かち合いたいという思いが強くなっています。また、自宅裏の倉庫を取り壊して、ここにガゼボを作り、10人くらいが集まれるようなスペースを作って、皆で収穫したものを食べたり、それぞれの得意を持ち寄って勉強会やお茶会ができればなあと想像しています。ちなみに、倉庫は来月取り壊すので、早ければ一年くらいで実現するかもしれません。

ガゼボのイメージ:コストコオンラインより

大人が集まれる場、大人が楽しめる場をつくりたい。もちろん、近所の子どもたちも自由に出入りしてほしい。大人(白秋世代)が楽しんでいる社会って、子どもも明るい未来をイメージできると思うんですよね。

シニア世代の良さって、若い頃よりも良い意味で選択肢が狭くなり、したいことに集中できる、時間やお金の使い方もある程度分かっているので実現の確度が高くなることだと思います。先日のワークショップのおかげで、自分の「したい」がより明確になりました。いや、ワクワクしかないです、ほんとに。やりたいことがたくさんあるので、いつまでも元気に動けるように、健康と体力を維持しないと!

他の参加者の「したい」も素敵なものばかりでした。
こうして皆で実現したいことを共有できるのって素晴らしいですよね。今から、12月の第三回がとても楽しみです。

1が並ぶ11/11の日に、小さな協生農園づくりの第一歩を踏み出しました

これだけ暖かいと「秋が深まる」とは到底思えず、いつになったら秋が来るのかな、ひょっとして秋を飛び越えて冬が来てしまうのだろうと思わずにはいれません。とはいえこの快適な季節、神社仏閣巡りにゴルフに温泉にと、秋を存分に楽しんでいます。皆さんはどのような楽しみ方をされていますか?

さて、今日は11月11日。1が並ぶ日です。なにかを始めるのに最適の日ではないですか。というわけで、大学から半ドンで帰ってきた長女と一緒に庭に種まきを行いました。協生農園を庭の一部に作るべく、小さな小さな第一歩です。

庭の一角、ここをプチ農園にします

なぜ協生農園づくりに興味を持ったのか。きっかけとなったのは、先日、三重県名張市で協生農法を実践する森さんの畑を見学させていただき、大変な感銘を受けたからです。
参考記事:持続可能な「食べられる森」 協生農法で150種 名張の森さん

協生農法とは、土地を耕さず、肥料や農薬を使用せずに、多種多様な植物を混生密生させて生態系を作り、虫や鳥などを呼び込んで機能を高めて果樹や野菜を生産する栽培法です。森さんの畑は、一見うっそうと茂った雑木林のように見えましたが、150種の有用植物が植わっていました。ニラ、いちじく、春菊、かぼちゃ、トマト、きゅうり・・・数え切れません。ニラ、甘かった!フルーツほおずき、美味しかった!みかんが大きい!

菌糸ネットワークで植物同士が根で会話し、もともとその畑にいた植物が新しく入ってきた新入り(種)にこの土地にあった育ち方を教える、虫や鳥と植物が会話しながら豊かな生態系を作っていく。生態系はピラミッドではなく、フラットに網の目上に広がっている、邪魔者扱いしない、排除しない、自然のありように任せるというお話を伺いながら、農業だけでなく、社会のあり方すら考えさせられました。

ここ一年間、体質改善のために食生活の大幅な見直しをしているところで体調が劇的に良くなったこともあり、自分たちで食べるものはできるだけ自分たちで作りたいという思いも強くなったこと、そして、庭の一角に、かつて祖母が畑をしていた場所があり、協生農法で推奨されている必要な果樹(柚子や金柑、杏、梅などの果樹から、ミント、ラベンダー、レモングラスなどのハーブ)があるから、鳥も虫も来るし、混生密生の土壌は既にできている!と、勝手に期待しています。

もちろん、限られたスペースで出来ることなんて小さいですし、すぐに上手くいくとは思っていませんが、まずはやってみることが大切ですよね。失敗上等!最近は温暖化の影響で、この時期から種を撒いても全然OKだそう。

みんな、我が庭の木々や虫たちに情報を聞きながら、元気に育ってね!

今回撒いた種たち
どの種をどこに撒いたかが分かるようにメモ

近況と雑記:投票所の光景、成長のメカニズム

最近の出来事をつらつらと書いてみます。

■衆議院選挙と投票所について

先週末に行われた衆院選。我が家に指定された投票所は、なんと僕が卒業したK小学校!前回選挙の時は歩いてすぐの公民館だったのですが、激坂を20分登る山の上の小学校が投票所になったのです。もちろん車で行けなくもないのですが、坂道の多い近所を散歩する機会もないだろうから、と、選挙権を持つ19歳の長女と妻と一緒に散歩がてら登っていきました。

実に数十年ぶりに入った母校ですが、古くなったなあという実感です。そりゃそうか、卒業してから35年以上経ってますもんね。

懐かしさに浸る一方、投票所としてこの立地はどうなのか?と疑問に思いました。まず、車移動できる人はともかく、徒歩で行くには僕たちでも正直キツい。となると、お年寄りは投票にいけたのか?と、近所に住む高齢世帯のおじいちゃん、おばあちゃんたちの顔を思い浮かべていました。老人ホームなどに入居しているお年寄りは不在者投票などの仕組みを利用できますが、投票所によっては、これから益々足が遠のくお年寄りが増えるのでは。僕たちが投票に行った時間帯でも、お年寄りはまったく来ておらず、同じ世代の大人ばかり。結構高齢化している地域なんですけどね。

なにかと話題になる「シルバー民主主義」ですが、人口の多い高齢者の意見がとおりやすく、若い人の意見がとおりにくいという議論があり、まあ確かにそうかもしれない。でも、僕が見えている景色では、むしろ物理的に投票に行けないお年寄りが増えているのではないかと思うのです。祖母が生きている頃も「自分はもうしんどいから投票には行けない。若い人に任せる」と言っていましたしね。まあ、これに関してはかなり地域差はありそうですが。

そして、逆に若い人たち(長女のような10代の若者含め)は結構みんな投票に行ってるのです。たとえば、高校3年生の次女。彼女は3月生まれなので今回投票権はなかったのですが、18歳を迎えている部活の同級生は、みんな投票行ってたよ〜と言っていました。確かに人口は少ないかもしれないけど、政治に対する関心は高いのかもしれません。親の教育ももちろんあるでしょう。それが、20代に支持されたといわれる国民民主党の躍進に繋がったのかもしれませんね。

とにかく、社会や暮らしを人任せにせず、自分ごとにするという意識は大切です。文句を言う前に自ら動こう。義務を果たそう。若い人たちを見ていると、大人よりも真剣に将来のことを考えている気がします。

こんな記事もありました。若い候補者に投票したい、というお年寄りも多いようです。
「シルバー民主主義は本当? 実験で見えた高齢者の意外な投票行動」


■神社仏閣めぐりと「成長」について

先日、和歌山の丹生都比命神社と高野山に行ってきました。高野山は久しぶりだったのですが、開山1200年の奥の院、苔むした墓所には戦国大名の墓もあります。信長の墓所、秀吉の墓所。古いなあと思っても、今から450年前。高野山の歴史の中では、比較的新しい方なのかもしれませんね。

このブログでいつも書いていますが、僕は時間を100年単位で見るようにしています。特に神社仏閣めぐりをするようになってから、よりその意識が強くなりました。神社の歴史に比べると、自分たちが生きている数十年なんてたかだか一瞬。だからおろそかにするというのではなく、ちゃんと務めを果たして次世代にバトンをつなぐのが役目だと思うのです。

昨日、白秋共同研究所が主宰する企業人事向けの研修「HCT Hakushu Career Transition」が開催されました。その中で、成長のメカニズム四象限があり、

【1】成長体験(成長を経験したエピソード)
【2】成長の定義(成長を自分なりに言語化)
【3】成長の図化(2を踏まえて、成長を図や絵で表現)
【4】行動習慣(成長するための行動習慣3つ)

これらを書いて話し合うというワークがあったのですが、自分は最後の「成長のための行動習慣」3つを、①居心地の悪い場所を探して飛び込む ②常に大局観に立つ(物事を100年単位で考える)③でも、無理はしない を挙げました。

物事を百年単位で考えると、経済でも政治でも大きな流れの中での「今」として捉えることができ、右往左往せずに済みます。今、この状態があるのは、いつ、何が起点だったのか。歴史の中でどういう転換期があったのか。この感覚を常に持っていたいものです。

高野山 奥の院
白秋ホワイトクラブ
和歌山 ゆの里