空腹の生き物と、満腹の生き物ではどちらが強いか

鈍ってきたなと思うことが多々あります。
頭の回転も、体力も、気力も。

年齢の問題もあるかもしれませんが、色んな意味で満たされてきたのかもしれません。若い頃は足りないことばかりで、自分に対しても、周りに対しても「もっとこうしたい」「もっとこうあるべき」という気持ちが強く、その満たされない思い(ハングリー精神)から、色々な考えを発信し、遅くまで飲みながら仲間たちと話し込み、仕事もプライベートも、睡眠時間を削りながらがむしゃらにがんばってきたと思うのです。

ところが、人生経験もある程度積んできて(「ある程度」というところがポイントです)、経済的にも社会的にも満たされつつも、一方で、なんとなく社会や経済の仕組み、金儲けの仕方、組織や人の在り方と限界、理想と現実の間に存在するギャップ、長い歴史から見る人間の営みと愚かさ、栄枯盛衰などについて理解してくると、まあ、こんなもんかなと、すべてを受け入れられるようになってくる。

良い意味でいうと、角が取れてくる。
角が取れると、自分に出来ることと出来ないことがはっきり分かるし、出来ないことは素直に「出来ない」と認めて、出来る人に任せれるようになるし、出来る人が羨ましいとも思わなくなる。逆に、出来ないことはどんどん手放し、ストレスフルな環境から離れ、人生の最適化を行うようになるんですよね。

これって、とてもストレスフリーなんです。ある意味とっても幸せな状態。でも角がないので、全部受け入れられる状態になり、色々な意味で鈍ってくるのと、生き物として「弱い」んです。満腹状態の動物って、空腹の動物と喧嘩したら負けるのは明らかなのですから。腹が減っては戦はできぬ、ではなく、腹が減っているから戦をする、なんでしょうね。

司馬遼太郎の「坂の上の雲」に描かれている人々のように、明治維新で国家が誕生し、ちょんまげだった民衆や畑仕事をしていた農民が、慣れない「国民」となり、無理やり近代化を急速に推し進めていきながら日露戦争に勝利したのは飽くなきハングリー精神の賜物だし、戦後の焼け野原から高度成長期を経て世界第二位の経済大国になったのも「腹いっぱい食いたい」との思いからだったに違いありません。でも一旦満たされると、あとは衰退の一途をたどってしまう。諸行無常、栄枯盛衰ですね。

人間、ある程度「腹が減っている」状態の方がいい。がんばれる。

不条理に対して「なんでやねん」と食って掛かるくらいの気持ちをいかに持ち続けることができるか。実力も結果も全然伴っていない若者が「こうあるべき」「こうしたら成功する」と発信しているのを見て、いや何も分かってないな〜とは全然思わないんです。満たされていないことは、強さだ。

じゃあ、自分はどうなのか。何に対してアツくなれるのか。今年はどういうテーマでがんばろうかと思っていましたが、アツくなれるものを探すのが一つのテーマになりそうです。

ここはかつて温泉街だった

自宅から、昭和初期の苦楽園二番町付近の住宅地図が出てきました。

地図の上部に「六甲三楽園、六甲苦楽園 住宅経営地」と書かれています。
現在の苦楽園バス停がある山椒橋(現在は、三笑橋)を中心に、この地図には今は跡形もなくなってしまった旅館やホテルなどが記載されています。

僕は、自分が生まれ育った西宮市苦楽園が明治末期から昭和の初期までラジウム温泉街として栄えていた、ということは知っていたのですが、実際、どこにどのような旅館があったのかということは知りませんでした。

この地図を見ると、大観楼、松雲楼、長春楼といった旅館や、当時の社交場だった六甲ホテルの記載もあります。ちょうど自宅がある場所が、山椒橋と松雲楼の間くらいにありますので、ここも元は旅館の敷地だったということが分かります。

また興味深いことに、地図の上部には、阪神西宮駅から苦楽園までを繋ぐ「摂津電気軌道予定線」という線路も描かれています。そう、かつてこの苦楽園の山上まで電車を通そうという計画もあったんですよね(それも聞いたことがあります)。土地勘のある方は分かると思いますが、あの急勾配をどうやって電車通すの?と思われるかもしれませんが・・・もしかすると麓からはケーブルカーを敷設する計画だったのかもしれません。

この地の歴史については、「西宮ペディア 苦楽園ラジウム温泉」に詳しく書かれています。このサイトにも我が家にあるのと同じ地図が掲載されていました。

苦楽園ラジウム温泉には、多くの著名人が訪れ、当時の写真には、大隈重信や、犬養毅の奥様が人力車のようなものに乗って温泉に療養に訪れている写真も残されています。また、関東大震災から逃れてきた谷崎潤一郎が滞在していたのは、菊水館や萬衆館だったようです。

下の地図を見ると、「山上プール」の上に小さく「稲荷神社」とありますが、ここは今の苦楽園神社ですね。苦楽園神社には、清瀧龍王、大国龍命の石があり、南無阿弥陀仏と書かれた石碑の下には「豊受大神・三玉大神・蚕玉大神」と彫られています。苦楽園神社は、清瀧龍王(おそらく、善女龍王と清瀧権現=瀬織津姫がごっちゃになったものと思われます・・・)と、なんと伊勢神宮外宮の「豊受大神」が鎮座しているのは、個人的に胸アツなのですが、いずれにしても神仏習合の名残でしょうね。

郷土史って面白いですね。
かつて栄えた温泉地も、昭和13年の集中豪雨による阪神大水害で大打撃をうけたことで温泉が出なくなったこと、そして、戦争へ向かう世の中で次第に廃れ、今の閑静な住宅街となっていったことが分かります。

とはいえ、自宅の庭に残る石垣や、1995年の阪神・淡路大震災で半壊するまで残っていた実家のかつての姿をみると、ここが温泉地だった名残が今も残されていることが分かります。

震災で建て替える前の我が家

100年前は温泉地だったところも、今は住宅地になりました。
これから100年先はどうなるのでしょうね。

僕と村上さんの間に、48万8千枚の歴史が存在した

先日、神戸のピノッキオ(PINOCCHIO)というピザ・レストランに行きました。ここは1962年創業の老舗で、水を使わずにミルクのみで生地を仕上げることで有名です。

60年の歴史を感じる佇まい。お店の外観も店内もレトロな雰囲気で、多くの方に愛されてきたんだなと感じます。神戸にはこのような歴史のある洋食屋やバーが数多くあります。

僕は事前にお店の情報を調べずに行くタイプなのですが、席についてはじめて、ここのピザには創業以来のロットナンバーが付与されているということが分かりました。焼き立てのピザが、番号が記された紙とともにテーブルに届けられました。そして、僕が注文したピザは1,446,872枚目ということでした。

ご一緒した方が「このお店、村上春樹の作品に出てくるようですよ」とおっしゃるので、その場で調べてみると、確かに「辺境・近境」の最後の章、「神戸まで歩く」に登場する。そういえばそんな一文があったかな・・・すっかり忘れていました。

僕は村上さんのエッセイが好きで、ほとんどの作品を読んでいるのですが「辺境・近境」もその一つです。帰宅して久しぶりに手にとってみようかと本を探すと、自室の本棚にちゃんと立てかけてありました。

運ばれてきたシーフード・ピザには「あなたの召し上がるピザは、当店の958,816枚目のピザです」という小さな紙片がついている。その数字の意味がしばらくのあいだうまく呑み込めない。958,816? 僕はそこにいったいどのようなメッセージを読みとるべきなのだろう?

「辺境・近境」村上春樹

 
「辺境・近境」に記されているように、村上さんが食したピザは958,816枚目。阪神大震災が1995年で、その2年後に旅したとありますから、1997年にこのお店を訪れたとすると、それから約26年後に僕がこの場に来ている訳です。村上さんから僕に至るまで、48万8千枚のピザが食されたということですよね。

村上さんは大学に入るまで過ごした阪神間や神戸の街が、1995年の大震災でどのように変わったのかを見るために西宮から神戸まで歩いたとあります。僕も被災した時は18歳で、そこから29年が過ぎました。明日1月17日は、阪神淡路大震災から29年を迎える日です。
そんな時に、結果的に「聖地巡礼」となったのはなにか意味があるのでしょうか。

日々忙しくしていると、目先のことにだけに意識が集中しがちで、本の内容すら忘れていました。こうしてたまに時間を取り、小説やエッセイの世界に飛び込んでみるのも良いですね。仕事や研究に必要な本は読んでいるものの、娯楽としての本は読んでいなかったな。

色々悩んでいた時は、常に本の世界に逃げていた自分もいます。それは知識を増やすためではなく、今、この場から違うところに逃げる手段として使っていたのかもしれません。そう考えると、当時に比べれば悩みは軽減され、自分の思い描いていたような人生を歩むことができているのかもしれませんが、やはり心の栄養のために、こうした時間は必要ですね。

日本人は誰を、何を守ろうとしているのだろう

ちょっと前にお正月を迎えたと思ったら、もう二週間が経とうとしています。
皆さまはどのように年末年始の休暇を過ごされましたか?

僕は普段と同じペースで生活をしながら、地元の廣田神社、越木岩神社、芦屋神社を周り、6日には日帰りで伊勢神宮にお参りしてきました。

伊勢神宮。
2000年続く、生きた神殿。

深い森、大きな木々、美しい五鈴川のせせらぎを見ながら、心の底から清らかな気分になりました。それと同時に、僕の頭は少し混乱してきました。そうか、ここは遺跡でも遺産でもなく、2000年間ずっと人が維持し、守り、呼吸をし続けてきた「生きた神殿」なんだ、と。

世界には様々な神殿がありますが、パルテノンやアンコールワットなど、いつしか人がいなくなり、遺構だけが残されているところがたくさんあります。そのようなところは「世界遺産」として登録されている。でも、伊勢神宮は違う。なぜなんだろう。なぜ、世界で唯一ここだけが数千年の歴史を保っているのだろう。日本人は、誰を、何を守ろうとしているのだろう。

伊勢神宮には、20年に一度、外宮と内宮のすべての社殿が建て替えられる「式年遷宮」があります。前回の遷宮は2013年でしたから、次は2033年の予定。第63回目となるそうです。持統天皇の時代から始まった式年遷宮の回数が記録に残っているのもすごいことですが、1300年続くこのお祭りのために、神宮は木々を育てる森と、その水源となる森の両方を有し、萱山で屋根を葺くための萱を育てているそうです。

環境保護とかSDGsとか色々と言われていますが、なんのことはない。
八百万の神々の思想を持つ日本人は、2000年の間、自然と調和し、自然を敬い、大切にしてきたのでしょう。森を守り、水を守る。当たり前のようで、今となってはとても難しいことをさらりとやってきた。そこにはある種の秩序やルールのようなものがある。

自然界には「エントロピー増大の法則」があります。物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい、自発的に元に戻ることはないということです。沸騰したお湯は放っておくと冷めるし、家を放置しておくと荒れ廃れてしまいます。エネルギーは低下し、無秩序の状態に変化していくのです。でも、ここは常に人の手で守られてきた。式年遷宮により、技術と精神性が受け継がれてきたんですよね。

そう考えると、自然破壊や、水源を外国資本に簡単に売却するようなことは、どれだけ浅はかで馬鹿馬鹿しいことかと思うのです。技術は進歩し、便利な世の中になり、医学が進歩したおかげで寿命も延びた。でもそれが本当の豊かさなんだろうか。むしろそれは地球から見たら、人間が傲慢で自分たちのことしか考えないモンスター化しているだけなのではないだろうか。それは進化ではなく退化なのではないか。

そして、もう一つ気付いたことがあります。
本物には自然と人が集まる、ということです。

宣伝したり、PRしなくても、いつの時代でも人々が足を運び、お参りする場所というのもすごいことだと思います。廃れたことがないのです。親から子、子から孫へと、日本人の中に脈々と生き続けてきたこと。それって一体なんでしょうね。

最近の僕の関心は、ビジネスでも技術でもなく、日本という国はどういう国で、日本人は一体何を、どんな目的で守ってきたのか、ということです。あまりに長く、深い歴史と文化に、目眩がしそうです。僕の頭では到底理解が及びませんが、今、自分が生きている短い間だけでも、少しでも社会が良くなるよう、皆が幸せに生きることが出来る世の中になるよう、できることをコツコツとやっていけたら、と思うのです。

起業はプロボノの延長線にあった方が良い理由

新年明けましておめでとうございます。
今年は辰年(龍年)ですね。辰年早生まれの僕は今年は年男。干支が4周します。昇竜のごとく勢いをつけていきたいところですが・・・コツコツと目先の仕事に全力投球していきたいと思います。

さて、新年ということもあり、決意を新たにしている方も多いのではないでしょうか。やはり気になるのは自分自身のキャリアについて。僕自身が早々に会社勤めを辞めて一人会社を経営しているということもあり、起業(フリーランスを含む)を志す方から相談を受けることが多くあります。

起業というのは、確かに魅力的な選択肢です。人生100年時代、寿命が延びた分、働く期間もそれだけ長くなるわけですよね。平均寿命が70歳の時代は定年60歳で良かったのですが、平均寿命が90歳になると、これからは80歳までは普通に働かなければならなくなります。そういうことを考えると、一つの会社に依存するのではなく、自分でなにかしら飯の種を持っておいたほうが良い。

しかし難しいのは、起業したはいいが稼げるの?ということなんですね。

個人的な考えですが、起業には向き不向きがあると思っています。
どうも世の中的に、テクニック先行の起業支援みたいなものが多くありますが、どうなんでしょうね。テクニックで稼げている人、僕はほとんど見たことがありません。

一例として、僕が知っている起業家は、学部生の頃になんとなく起業したいという思いから、仕事もなく、ビジネスのコアも定まっていないのに、とりあえず株式会社を登記し、そこから自分たちが得意だった動画制作を軸に、広告マネジメントに事業を拡大させ、都内の一等地にオフィスを構え、社員も増やして会社を成長させています。

理念やパーパスは後付け、SNSでの発信もなし。
最初に仕事をくれたクライアントを大切にし、少しづつ仕事を増やし、経験したことがないことは学び、結果を出し、良い評価を得て、満足したクライアントがまた別のクライアントを口コミで紹介して仕事を増やし・・・という基本的なプロセスを充実に回しているだけです。阪神タイガースの岡田監督が「当たり前のことをやれば勝てる」と言っているのと同じなんですよね。稼げている会社の創業者って、こういうパターンが圧倒的に多いです。ピッチなんて、したことないんじゃないかな。

僕は個人投資もしているので、比較的スタートアップスを色々と見ている方だとは思いますが、その基本がないのに「自分がこうしたい」という思いや理想だけが先行して、ビジネスにならない人を山ほど見てきました。そういう人に限ってSNSでの情報発信は立派なのですが、中身がない。他にも、稼ぎたい!という思いでブルーオーシャンに飛びこんだは良いが、マーケットニーズがなくて売上が上がらず、出資先へのリターンも出せずに頓挫したケースも枚挙に暇がありません。

これに関しては過去記事をご覧ください。
思いはあっても仕事はないという現実にどう対処するか(2023年8月11日)

個人的な意見ですが、起業はセンスが9割だと思っていて、自治体やVCなどによるベンチャー支援やスタートアップス投資などのプログラムには非常に懐疑的な部分もあります。誰でも起業とは聞こえは良いが、無理ですって。(いろんな人を敵に回しそう・・苦笑)

結局、補助金や出資金頼みで実利も上がらずにシャブ漬け状態になり、撤退、廃業というケースが多すぎる。そもそもセンスがないんだと思うし、ピッチのテクニックだけが向上し、先に書いた「ビジネスの基本」が出来ていないケースが多いのではないでしょうか。

では、どうするか。
まずは会社員として会社勤めをしながら、社外での越境プロボノ活動やボランティア活動を積極的にすることで人脈を広げ、経験を磨くことをおすすめしています。会社経営で必要なのは、様々な財布(稼ぎのチャンネル)をたくさん持っておくこと。起業しても、クライアント一社からの受託業務をメインに仕事している方も多いですが、それでは契約社員と変わらないし、なにかあったらすぐに切られてしまうということで非常にリスキーです。

いずれにしても会社員をしながら、新しいことにチャレンジし、お小遣い稼ぎレベルでも良いから、本業以外で稼ぐことをやってみる。その積み重ねの先に起業があるのではないでしょうかね。

とにかく、今年は円高基調が予想されるとはいえ、ビジネス環境が厳しいのに代わりはありません。今年も様々な業界で淘汰が進むでしょう。今一度気を引き締めて、がんばってまいりましょう!すべての人にとって今年一年が素晴らしい年になりますように。

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

元日の六甲山

不安定を楽しむ

今年も楽しい一年でした。
物理空間と精神空間の間を行ったり来たりし、多くの新しい出会いもあり、また一つ成長できたような気がします。

人は試練の時に真価が問われる。

春の体調不良の時は、多くの方にご心配をおかけしました。人の温もり、励ましの力を本当に実感しましたし、今でも久しぶりに会った方からは「元気?」「最近どう?」という言葉を掛けていただきます。肉体的にも精神的にも決して強くない、いやむしろ病弱で低空飛行が通常という自分を受け入れつつ、それでも生かせていただいているのは、なにか社会の役に立つことをしなさい、と叱咤されているのではないかなと、山や森、神社にお参りに行くたびに思うわけです。感謝の心を忘れず、前へ。

独立して二年目、一人会社の一人社長とはこういうことかと色々学ばせていただいた一年でした。端的にいうと、会社員と違って時間拘束がないので、自分で時間のコントールはできるけれども、自分が動かないと何も進まないし、自分の代わりに仕事をしてくれる人もいない。とにかく自転車を漕ぎ続けるがごとく、自分が動き続けなければならない。そんな感じです。倒れたら終わり、という恐怖心とも常に隣り合わせです。その代わり働いたら働いた分だけ収入はある。この不安定さがなんとも面白いのです。どこにも何にも甘えることはできない。

ありがたいことに仕事が急角度で増え、来年の予定もびっしりと埋まっています。僕のような仕事は年間契約で動くことがほとんどですので、契約更新をしていただくとまた一年、顧問先、支援先の会社と伴走しながら成長を支える、そのようなイメージです。だからこそ、結果が求められる。誰もができる仕事をしていては、必要とされない。専門性、経験、他にない価値とはなにか、それをひたすら自問自答しながら、黙々と磨いてきた一年でした。

よく予測不能な時代、と言われますが、予測できた時代など人類の歴史の中であったのでしょうか。人はどの時代でも予測ができない不安定な世の中で生き、子孫を残し、今この瞬間まで何万年も続いてきたという歴史があります。その時、その一瞬をどう生きるか、その無数の選択の積み重ねが線となって今となり、そして次の時代に続いていくのでしょうね。良いことも悪いこともすべて含めて。

だからこそ、一つひとつの選択を信じて進む。光が指す方向へ歩いていると、本当に不思議なことに新しい人とのつながりができたり、思わぬ人に出会えたりするのです。志をともにする仲間は自然と引き寄せられていくのでしょう。

最後に個人的な今年のハイライトを。

トレイルレース:3月 六甲縦走キャノンボールラン

ゴルフ:約40ラウンド

新しく始めたこと:シニアモデルとしての活動

嬉しかったこと:某学校法人創立100周年記念ゴルフコンペという大きな大会で準優勝

仕事:一般社団法人白秋共同研究所の設立、理事に就任

仕事、ラン仲間、ゴルフ仲間、KNS、大学関係、足祭りボランティアグループ、グローバル人事塾、白秋共同研究所、神社仲間、美容業界・・・様々なコミュニティに属させていただいている自分ですが、多くの仲間たちと共に時間を過ごし、支えていただきました。

また来年も引き続きよろしくお願いいたします。
それでは少し早いですが、良いお年を。

忙しい時にミスをしないためのライフハック

年の瀬が近づいて来ました。皆さまいかがお過ごしでしょうか。

忙しいという言葉は使いたくありませんので「盛り上がっております」という言葉に置き換えたいと思いますが、まあ、年末らしく大変な盛り上がりをみせております。このような時、どうしても焦りの気持ちが出たり、ミスを発生しがち。ヒヤリハットを防ぐためにどうしたら良いのか。こういう時こそ、整理整頓ですね!

仕事場を常に整理しておき、必要なものだけを机に配置してスッキリさせる。PCのモニターに指紋がついていては気も乱れるので、こまめに拭き取る。郵便物は必要なものと不要なものに分け、その場で対応できるものは対応する。デスクは常にアルコールシートで拭いてきれいにしておく。こうすることで、焦りの気持ちを鎮め、落ち着かせ、仕事に集中できる環境を整えることができると思っています。

身なりも同じで、きっちりと手入れしておくことは、頭をクリアにする効果があると考えています。靴は磨き、シャツはアイロンをあててきれいに整えておく。清潔感=気と頭がクリアに=集中力という構図ができるんじゃないかな。靴磨きやアイロンかけは気分転換にもなりますしね。

そんなこんなで来年の予定も徐々に見えてきました。先月に引き続き、先日も大型の契約をいただき、1月から新規で大きな案件が二本追加で走ることになりました。既存のプロジェクトや顧客の仕事に加えて、一体何本走ってるの!?という感じになってきて、いよいよ祭りの様相です。でも、こうして多くの企業さんに関わらせていただくのは感謝しかありません。

ありがたいことに右手となってくれている複数の協力会社が、どこも信頼でき、ハイパフォーマンスのところばかりで脇を固めてくださっているので、本当に助けられています。

「頼りにしてます!」とのありがたい言葉をいただきましたので、気持ちを引き締めながら一歩一歩、着実に結果を出して行きたいと思います。

体力、気力、知力、財力

大谷選手の契約金額やプロ野球選手の契約更改、上場企業の冬のボーナスの平均額など、人の稼ぎに注目が集まる時期です。景気の良い話もあれば、その逆もありますが、スポーツの場合は結果を出しただけ報われるのが分かりやすくて良いですね。結果を出して大金を手にする。大いに結構じゃないですか。企業でも同じで、冬のボーナス数百万、という一流企業もありますけれど、それはそれだけ利益を出しているからであって、利益が出なければ0になるという点では、どこの会社も一緒、公平だと思います。

日本には、お金のことを口にするのは良くないという風潮がありますが、良くない(嫌がられる)のは、自慢するという行為であって、稼ぐことではないような気がしています。事実、稼がなければ生活はできないし、稼いで家族を養って、納税して、社会の役に立つことが国民としての義務ですからね。会社も同じで、売上を上げて利益を出し、従業員や取引先にお金を払い、しっかりと納税することが会社が存在している理由であって、それができないなら退場してねという至極シンプルな構図なのが良くも悪くも資本主義経済です。

ですが最近はどうも、コスト削減とか、節約とか、稼ぐ方ではなく、絞る方がフォーカスされている気がしています。もちろん血税を財源とする公共事業にムダ遣いは許されませんが(五輪、万博、リニアどうにかなりませんかね・・・)、会社や個人として「絞る、節約する」というより、いかに稼ぐか、ということにもうちょっと焦点を当てても良いのではないでしょうかね。公共事業投資による景気対策、経済効果への期待ではなく、会社、個人としてどれだけ、新しい時代にフィットした仕事を創り、拡大できるかという視点です。

とはいえ、稼ぐためにはモチベーションが必要です。

このモチベーションが難しくてですね、特に僕の場合は、あまり稼ぐことに興味がないのと、年齢とともに、体力と気力が目に見えて低下しているので(深刻)、自分で自分を叱咤しながら働く必要があります。どんな人にとっても、キャリアのゴールは「好きなことをして稼ぐ」を実現することだと思っていますが(やっている仕事を好きになる、とは意味が違います)、お金を稼ぐためには、時として気乗りしないことをする必要もあるし、ウマが合わない人と一緒に仕事をしなければならないこともあるし、そもそも「好きなこと」が現代のニーズに合わずにお金にならないことだってある。

だから、僕の場合は、一ヶ月の自分の時間の使い方を、お金稼ぎ10日、ボランティア10日、休み10日、という比率で分けています。ボランティアとは、本当に自分がしたい仕事のことです。すなわち、今すぐお金にならないことでも、やりたいこと、すべきことであれば、やる。

そのために10日のお金稼ぎで、そのボランティア10日分も稼ぐ、ということをやっています。なかなかチャレンジングだし、どうしてもお金稼ぎの比率が増えてきて、ボラを圧迫する傾向にありますけれど、そこをうまくバランスを取るようにしています。それは、気力(またはモチベーション)を維持するためのものです。遠回りですけど、そういう性分なので仕方がありません。そのうち「やりたいこと、やるべきこと」でも稼げるようになれば、比率は変わるかもしれませんね。

気力の低下をどう防ぐか、そして、どう稼ぐか。

体力、気力、知力、財力はリンクすると思っています。すべてをバランス良く維持するために、自分で自分を叱咤激励しながら、錆びた自転車を漕ぐかのように、必死で毎日を生きている師走です。

一回目の定年と二回目の定年

最近、腹巻きを愛用している自分です。
自宅では厚手の腹巻き、外出時は薄手のスポーツ腹巻きという風に使い分けているのですが、これがなかなか良い。冷えは万病の敵といいますからね、身体の温度を下げないようにしなければなりません。

さて、人生100年時代というと、折返し地点はやはり50歳になるのでしょうか。

僕は以前から、定年60歳(65歳)というのに違和感を感じています。平均寿命が75歳の時代ならそれでも良かったと思うのですが、今って人生100年時代なんでしょう?60歳、65歳はあまりに中途半端。先はまだまだ長い。そこで考えたのは、50歳定年説です。まだまだ元気なうちに一回目の定年を迎える方がいいのではないか。そういや、サントリーの新浪社長は、45歳定年って言ってましたね。それもありです。

人生100年のうち仮に働く期間を50年とすると、それを半分に割って25年×2回とする。新卒でも中途でも50歳で一回目の定年を迎える。50歳から第二のキャリアのスタートで75歳かそれ以上働く。50歳からは今まで勤めた会社から離れ、培ったキャリアを活かしてまったく別の業界で働いたり、起業したり、フリーランスになったり、次の25年を活き活きと活躍できるように、まったく違う、新しいことをする。自分が社長であったなら、自分が作った会社を若手に譲り、自分はまったく違うところで起業してもいい(会社を作る力がある人は、どこでもなんでもできるはず)

そうすると、しがみつきや、ぶらさがり、役職定年問題、無理やり必要のない役職やポストなどを用意する必要もなく、若手の邪魔もすることなく、それぞれの年代で楽しく働けるのではないだろうか。

今は人出不足なので定年引き上げで長く働けるようにした方が良いという人もいますが、これから先、労働力っていらなくなるはずなんです。AIや自動化が進むと労働者は必要ない。しかも人口も減少してマーケットもシュリンクしているので、サービス業もどんどん縮小しても良いのではないか(たとえば、コンビニやファミレスは夜21時までの営業にするとか)。大きな商業ビルやタワマンを建てる必要もなし、ハコモノ行政を脱却、地方の不採算道路はメンテの必要もなし、リニアも作らなくてよろしい。今ある新幹線をメンテして使おう。(話が脱線)

既存の産業での穴埋めの労働力としてシニアを見るのではなく、50歳以上はまったく新しいマーケットで勝負するか、新しい市場を創るという世の中がスタンダードになれば良いなと思います。そっちのがワクワクしますし、楽しいですよね。

とはいえ、今すぐにやれと言われても難しいでしょうから、定年50歳は10年後などからスタートするとして、これからの若者は、20代、30代のうちから、そういった先を見据えて、若いうちにしっかり会社で働き、出世し(僕は若者たちには、まず一つの会社で10年〜15年は働いて出世や昇進を経験するようにとアドバイスしています)、会社員として働いている間に、会社のリソースを使って社内・社外で人脈を作り、スキルを培い、専門性を高めて50歳以降の第二の人生に備える。そして同時進行で後進育成も行う。

様々なニュースを見ていると、今って、明らかに時代は変わりつつあり、旧態依然としたやり方では100%破綻するのが見えているのに、昭和・平成のやり方を中途半端に引きずっているように見えて仕方ありません。オリンピックや万博なんてその最たるものですし、政策や行政も同じです。民間ですらそうなんですから。

そういうことを、理事を務めている、一般社団法人 白秋共同研究所でも研究テーマとして扱って行きたいなあ。

変えるなら、ドラスティックに変えないと、何も始まりませんよね。
さあ、12月だ!

日々は塗り絵

15年前以上の話でしょうか、スペインに住む読者の方から「tmkさんのブログは、毎日を丁寧に塗りつぶしておられるようで、いいですね」というコメントをいただいたことがあります。

当時はほぼ毎日更新をしていた時期でしたから、その日に起こった出来事や仕事の振り返りを行い、自分なりに解釈分析をしていた時期でした。15年前というと32、3歳の頃でしょうか、とにかく仕事も忙しく、徹夜は当たり前、遊びも子育ても毎日怒涛のようにこなしていて、今振り返ると本当に良く生きていたな・・・と思います。

毎日を丁寧に塗りつぶす

このフレーズがずっと頭に残っていて、ことあるごとに思い出します。
いくら忙しくても、逆にいくら暇でも、その日をしっかりと隅々まで塗りつぶせていたかどうか。それはすなわち、なにもせず漫然と時間を過ごすのではなく、一瞬一瞬に意味を付与できているか、ということだと思っています。

上手く行く時もあれば上手く行かない時もある。目の前にタスクが山積していて何から手をつけて良いか分からない時もある。でも、そういう時こそ全体を見るのではなく、目の前にある小さなものに目を向けてそこから手をつける。小さなことからコツコツと。そして、力を入れる時と、抜く時のメリハリをつけること。ぼーっとする時間も取り、その時間に意味を付与する。そうすると、隙間やムラが出来ず、隅々まで丁寧に色を付けることができると思うのです。

ビジネスも同じかもしれませんね。
結果が出ない時にも意味をちゃんと付与してあげる。事業なんて一朝一夕に結果が出るものはない。最短距離でゴールに向かいたいという気持ちを押さえつつ、考えて実行し、うまく行かなければやり方を変えてまた実行する。ある場合、環境(付き合う人や、事業を行う場所)を変えてみる。動きながら、変わりながら、前に進めるかどうか。

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11月に入ったばかりだと思ったのに、もう中旬に差し掛かりました。

今年も残すところ、あとひと月と半分。すでに年末進行の様相を呈していますが、年明けから春まで大きなイベントが待ち受けていることもあり、仕込みと刈り取りのメリハリを付けながら日々を丁寧に過ごして行きたいと思います。

それでは、今日から一週間、元気に参りましょう。