大人の林間学校 広島〜山口

旅の記録が続きます。
先週末、広島県と山口県に一泊二日でゴルフ合宿に行ってきました。自分が所属しているゴルフクラブの提携コースの一つに、山口県の周南カントリークラブがあり、メンバーの皆さんと一緒に一度回ってみましょう、という企画です。

周南CCは土曜日にラウンドすることが決まっていたので、金曜日は広島県の別のゴルフ場でラウンドすることにしました。初日はAM3:30に集合。車で約3時間30分、まずは広島県三原市の白竜湖カントリークラブへ。

最高の天気です!
調べてみると、かつてはポカリスエットオープン(1982年〜1994年)が開催されていたトーナメントコースのようでした。

この辺りは、祖母の家も近く、車で走っていても馴染みのあるところばかりなので、なんとなくホーム感はあるのですが、ゴルフだけの目的で来るのは新鮮でした。コースは平日なのにまあまあの人。コンペでも開催されていたのかもしれませんね。

ホールアウト後は、本日の宿、山口県岩国市へ。
チェックインまで少し時間があったので、錦帯橋へ行きました。

若い女子たちのマネをして、錦帯橋ポーズ

青い空に美しいアーチが映えますね。
そして、翌日は、周南CCへ。

1966年開場、数々のランキングで上位に入る山口県屈指の名門コース(WEB調べ)だそうです。僕たちのメンバーコースである千刈CCが1965年開場ですから、ほぼ同じ年なんですね。だから提携しているのかも。

ここは、JLPGAステップアップツアーの「山口周南レディースカップ」」が開催されているとのことで、クラブハウスには選手のサインがずらり。

木々でセパレートされた庭園のようなコース。

コース内には、巨石もありました。古代の祭祀が行われていた磐座かな?と一瞬思いましたが、マグマが固まったものが長い年月をかけて表層に押し上げれたのだそう。巨石好きとしてはたまりません。

前の週から出張が続き、今回の合宿もなかなかのハードスケジュールでしたが、やっぱり楽しい。一昨年の富士CC、伊豆大仁CC、そして昨年の三重県ココパリゾートに続く、提携コースを巡る旅。

大人の林間学校でしっかりリフレッシュできたので、また今週からがんばりたいと思います。

ご一緒いただいた皆様、ありがとうございました!
(腰痛が悪化しているのでしっかり治さなきゃ・・・)

6月といえば

6月といえば、梅雨。梅雨といえば、紫陽花ですね。
あちらこちらで紫陽花が咲き始めていますが、先日、関西では「花寺」として有名な、奈良県の長谷寺に行ってきました。西国三十三所の第八番のお寺です。

まずは門前町で腹ごしらえ。
このあたりは三輪素麺で有名なところですので、どのお店でも素麺や柿の葉寿司などを楽しむことができます。

お会計の時に、お店の奥さんから「紫陽花はまだ三分咲きくらいかな」と教えていただいたのですが、実際、地植えの紫陽花はまだまだ。でも、鉢植えの紫陽花は満開でした!
 
たくさん人がいるので、人が入らないように撮影するのは至難の業です。

奇跡的瞬間!人がいない!
長谷寺といえば、登廊ですよね

慌ただしく過ぎていく日々の中で、季節を感じながら生活することを心がけています。自分たちは自然の中で生かされているのだという実感を得ることができるからです。花ってすごいですよね。その季節になったら花を咲かせるのですから。

自宅の温室では、カトレアが咲いています。
庭の梅の収穫も終わったので、これからは梅干しづくり。

日々コツコツと。

水の大切さについて本気で考える

先週の金曜日、和歌山県橋本市にある「ゆのさと」に行ってきました。
ここは「月の雫」という水で有名な場所で、温泉施設でありながら、多くの方がタンク持参で来られて、水を汲んで帰るという場所です。僕たちが行った日は平日でしたが、他府県ナンバーの車も多く(品川ナンバーもあった!)、全国からゆのさとの水を求めてやってくるという話は本当なんだと実感しました。僕も20リットルのタンク2個に水をいただき、毎日飲料や食事に使っています。

人間の身体の水分量は60%と言われていますよね。
水で出来ているとは過言ですが、それだけ水は人間にとって必要不可欠、最も大切なものだと言えます。ゆのさとの訪問がきっかけで水について色々と調べていた時、2年前に熊本で開催された水サミットでの天皇陛下の記念講演を知りました。下記のリンクから全文を読むことができます。

宮内庁ホームページ
第4回アジア・太平洋水サミットにおける天皇陛下記念講演(2022年、令和4年4月23日)

長年、水の研究をライフワークとされている天皇陛下が、ご専門ならではの知見で水に関する民族信仰についてお話されています。先祖代々続く人々と水との関わりが、その地域固有の文化と社会を形成してきたと。あれこれ言わないので、とにかく読んでください。

この話のすごいところは、水=龍神(弁財天や九頭竜)や蛇の神(宇賀神、ナーガ)、亀蛇(妙見祭)など、水と神との関係は、日本のみならず、形を変えてアジア太平洋全域に広がっていることから、わたしたちは一つ、みんな一緒なんだよ、ということを伝えられているということなんですね。だから共存共栄していきましょう、と。まさに大和=和合の精神。水から民族信仰、和の精神に論理を発展されるところが、平和と安寧を願っておられる陛下ならではなのですよ。誰もがこの精神を持っていたら、争いや分断、格差なんて起こらないでしょうよ。

ビジネスマンの僕がいうのもおかしいのですが、資本と技術を追求し続けると世の中は金、物の世界になってしまいます。金、物の世界って、限界があるんですよね。そもそも人口が増え続け、消費が右肩上がりで増え、投資を永遠にし続けることが前提のシステムになっているので、お金を永遠に増やさなければならない。人口が減少している今の世の中では成り立たないし、物を売るためには、「人々が満足しないように」しなければならないわけです。つまり、常に人々を不安な状態にさせること。戦争や疫病は技術を進歩させ、産業が活性化します。ひどい話だけど。でも、そのお金も価値が下がりつつあります(物価が上がっているのではなく、お金が増えすぎてお金の価値が下がっている)。そろそろ限界なんじゃないかな。

一方、生物としての人間としての「在り方」を追求すると、縄文時代の村のように、争いもなく、皆が共に汗をかき、畑を耕し、自然に感謝しながら平和に暮らす世の中になる。どっちがいいのでしょうね。実態のないもの、終わりのないものを、体力気力をすり減らしながら追いかけ続けることに何の意味があるのでしょうね。それだけの体力気力があれば、僕は後者に進路を取って行きたいなと思います。

さて、先の記念講演で、陛下が「奈良県の室生には、龍が棲むという洞穴があり」と、吉祥龍穴に言及されておられたことが個人的に胸アツでした。僕の大好きな室生龍穴神社の奥宮です。知る人ぞ知る秘境のことを陛下が知っておられたとは。ちなみに、竹生島や天河弁財天にも言及されてるんですよ!お分かりになる方はピンとこられると思いますが・・・

というわけで、今日はこのあたりで。
水について、しっかり考えてみましょう。

吉祥龍穴(室生龍穴神社奥宮) 松田撮影
奈良県、大峰山龍泉寺の湧水 松田撮影
善女龍王、高龗神(ともに瀬織津姫)が祀られている室生龍穴神社 松田撮影

先達、謙虚さ

「先達」(せんだつ)とは、先にその分野に進み、業績・経験を積んで他を導く人のことを指す言葉です。(weblio参照)元々は修験道の行者が修行のために山に入る際の指導者のことですよね。それが転じて、ある分野において他の人よりも先行し、業績や経験を積んで後進を導くことや、導く人のことを指すようになったようです。

僕は図書館が好きで、週に一度は本を借りに行ったり、自習室で調べ物や仕事をしたりするのですが、その際、膨大な本の数を見て「先達」という言葉を思い出します。図書館にはありとあらゆる分野の書籍が並んでいます。それぞれの分野ごとに必ず「先達」と呼ばれる人が存在し、先行研究がなされ、後進がその先行研究の上に更に研究を重ねていく。その積み重ねが人間の歴史であり、本の数として表れているんだろうなと思うのです。もちろん、本として残らなくても、口伝として伝えられているものもたくさんあります。

同じような意味で、論文検索で有名な Google ScoLar の検索ボックスの下に「巨人の肩の上に立つ」(standing on the shoulders of Giants)という一文があります。
この言葉は「先人の積み重ねた発見に基づいて何かを発見すること」というメタファーで、17世紀のアイザック・ニュートンが言ったという説もありますし、12世紀の哲学者ベルナールの言葉という説もあるようです。歴史に名を刻んだ研究者から名もなき研究者まで、彼らよりも過去に生きた先人たちを、ニュートンやベルナールですら「巨人」と呼んでいることに悠久の時の流れを感じます。

人間の歴史というのは、無数の発見と研究の積み重ねで、それぞれの時代を生きた先人たちの努力の一つひとつの上に、今、自分たちが生きている。それゆえ、自分たちも次の世代のために積み上げ、バトンタッチをしていかなければならないということなんでしょうね。それは研究者じゃなくても、今生きているすべての人に対して言えるのだろうと思います。

たまに、自分が「分かったような気持ち」になったりすることがありますが、図書館の膨大な書籍の数を前に、自分は何も知らないし、何も分かっていないんだろうな・・・と思うと、謙虚な気持ちになります。謙虚さ、大切ですね。それに日々の生活は確かに忙しいのですが、効率的、とか、即効性を求めて情報のつまみ食いをするのではなく、時間を掛けること、回り道すら楽しむこと、むしろ回り道が一番の近道と考えて日々を過ごして行きたいと思います。

図書館、いいですよ。
子供からお年寄りまで、熱心に本を読んでいる姿は尊いな、と感じます。
生きるということは学ぶということなんでしょうね。

旅を通じて「村づくり」について考える

GW明けすぐに東京出張に来ています。駅や新幹線の混雑もさほどなく、社会が日常を取り戻しているようです。個人的には平日休日関係なく仕事をしているので、休みボケという感覚はありませんが、なんとなく「さあ、フルスロットルでがんばるぞ!」という気持ちになっています。

さて、今年のゴールデンウィークの前半は愛媛へ、後半は和歌山に一泊で家族旅行に行きました。それぞれが忙しくしているので家族全員が揃うことがなかなかなく、久しぶりの家族旅行です。

和歌山の黒潮市場では海鮮丼やキスの天ぷらなど海の幸をいただき、現地の海鮮加工品をたくさん購入しました。波間に沈みゆく太陽を見ながらの食事は最高ですね。

山あいの道の駅では、地元産の苺、甘夏、不知火などの柑橘類、味噌や手作りこんにゃく、よもぎ餅やみたらし団子などを購入しました。どれもめちゃくちゃ美味しかった!地産地消と言われて久しいですが、物流コストの上昇や円安による物価上昇が顕在化してくると、身近で手に入るもののありがたさが身に沁みます。

人間は結局、食べる物がないと生きていけませんよね。
政治的理由や外圧、グローバリゼーションの影響で農業が衰退し、食料自給率はカロリーベースで38%の日本ですが、改めて「畑を耕し、物を作ること」の重要性を認識しなければと思います。僕は畑を耕す能力も経験もありませんが、少しでも関心を向けて、安ければ良いというのではなく、地元のものを優先的に購入して消費していきたいなと思うのです。願わくば、自分で野菜くらい育ててみたいな。

コミュニティづくりなどは仕事で手掛けていますが、やはり将来的には物理的な「村づくり」にキャリアが向いて行くのかな。なんて、漠然と考えるきっかけになる旅でした。

後になって分かることがある(旅先での出会いから)

愛媛県に行ってきました。
服部足祭りとの御縁をいただいた、大洲市にある少彦名神社への御礼参りです。

大阪府豊中市にある服部天神宮と大洲市にある少彦名神社は、ともに「少彦名命(スクナヒコナノミコト)」を御祭神としています。大国主命とともに日本の国造りに奔走された方で、医薬や温泉の神様として崇敬を集めています。大洲の少彦名神社の参籠殿の斜面に薬草がたくさん植えられているのもそういう理由からなのでしょう。

参籠殿の前に、二頭のビーグル犬を連れた男性がいました。

こんにちは、と声を掛けて保護犬だという子犬を撫でさせてもらいながら話を聞くと、元は三重県鈴鹿市のご出身で、四国のお遍路参りをしている時に地元の方と知り合い、何度か足を運ぶうちに、こっちに住めと言われて愛媛に移住されたとのことでした。

西予に樽の滝というのがあってね、そこがいいんですよ
水量が多い時は滝壺の裏側から滝を裏見することができるんです
観音様もいらっしゃるんですよ


次回来られた時にはぜひ、と教えていただきました。
表情も語り口調もとても穏やかな方で、ああ、この人は満たされているんだなと思いながら話を聞いていました。

直感的にですが、樽の滝にいけ、と言われている気がしました。

思い返せば、2021年の秋にたまたま訪れた少彦名神社で、なにかに導かれるように拝殿の裏手の崩れた階段を滑りながら登り、なぜか一時間以上も掛けて獣道のような山道を藪漕ぎしながら山頂の小さな祠にたどり着いた時は、なぜここに来たのだろう、と理由が分からなかったのですが、その半年後に服部足祭りの立ち上げのお話をいただき、2022年のプレ開催、そして2023年に二日間で1万人を集めた第一回を経て、今に至ります。(今年も10/5、6に第二回足祭りを開催します)

少彦名命の御縁なのかな、お前にできることがあるだろう、やれ、と言われたのかな。今はそのように、勝手に解釈、理解をしています。今年のお祭りの成功も祈願してきました。

樽の滝か・・・

また次の宿題をいただいた思いです。これがどんな御縁につながるのか、今は分かりませんが、この先なにかに繋がるかもしれませんね。

未来に何が起こるかなんて誰にも予測ができません。

2021年といえば、コロナ禍の真っ只中。長い闘病生活の末、1月に母が亡くなり、それもあって自分自身の人生を見つめ直し、会社を退職して独立の道を選んだのが1年後の2022年の3月でした。自分の中では大きな人生の転換点だったと思います。あれから3年。その時の決断や選択があったからこそ、今こうして自由に、幸せに、素敵な仲間やクライアントに恵まれて仕事をさせていただいているのです。

先のことなんて全然分からないけれど、日々を丁寧に謙虚に。生かされていることに感謝し、自分がお役に立てることがあれば喜んでさせていただき、大切にすべきことを大切にし、あるべき姿をぶらさずに追求する。

その積み重ねだけなのかなと思っています。

それにしても、旅先での人との出会いって素敵ですね。

下灘駅近くのお店の方々もとても親切だったし、久万高原のパンも美味しかったし、AIを学ぶ学生との交流も楽しかった。また折に触れて書き残しておきたいと思います。

旬のもの

食べるものに気を使うようになりました。
 
できるだけ添加物の入っていないもの、発酵食品、玄米、旬のものを食べるようにしています。自分の意志とは裏腹に身体は弱り、体力も低下しているので食そのものが細くなっているのですが、そのことを逆手に取り、量が必要ないのなら、良いものを少量いただこうというモチベーションが働きます。

先日、マクロビオティックの先生のご自宅に呼んでいただき、ヘルシーで美味しいランチをご馳走になりました。

旬の食材をふんだんに使い、日本古来の麹や大豆などの食材で、身体が喜ぶものばかり。
 
季節ごとに取れるものを「旬の食材」というわけですが、その時期に収穫できることには意味があるのですよね。温めたり冷やしたり、季節ごとに身体に必要な栄養素というものがあり、旬の食材はそれらを満たしてくれます。今は筍と山菜が美味しいですね。

一つひとつを吟味しながら食材を選ぶことで、自分の身体と丁寧に向き合うことができますし、生活も豊かになるんだなと実感しています。今まで当たり前に出来ていたことができなくなり、手放すものが増えてきた代わりに、同じかそれ以上、得られるものもある。自分なりに新しい楽しみもたくさん見つけ、出会いもある。

それがとても幸せなのです。

春は花の季節。
我が家の庭も春爛漫で、今はツツジが満開です。モッコウバラも咲き始め、梅の実も少しづつ大きくなり始めました。自然の中で、毎日生かされていることに感謝です。

こうして、移ろう季節を楽しみながら、何事にも感謝

旅で出会った素敵な言葉たち

和歌山から奈良にかけて、一泊二日、六社一寺を巡りました。良い天気に恵まれ、どこに行っても気持ちの良い風と水、空気に触れ、心身共にリフレッシュできたと思います。

和歌山の鹽竈神社に、「和合の松」というものがありました。

和歌の浦特有の、波と風で侵食された岩盤と松の木が一体化したもので、どこから木でどこから岩か分からないくらい、融合、和合しているのです。

「和合」の言葉の意味について、Weblioやコトバンクを見てみると、

二つ以上のものが結合し、とけあうこと
仲よくなること、親しみ合うこと

とあります。

異質もの同士が交わり合い、融合する。排除、忌避とは正反対の概念です。実は今回の神社巡りで「和合」という言葉にふれる機会がたくさんありました。

丹生川上神社下社では、宮司さんから素敵なお話を聞くことができました。

八百万の神。白でも黒でもなく、全部「白」。まずは別け隔てなく受け入れるのが元来の日本の精神。

西洋一神教のように神か悪魔か、こちら側か向こう側か、敵か味方かではなく、受け入れ、和合する。恐らくこのような概念と歴史を持ち合わせている国は日本だけなのでしょう。

ところが、人間の歴史は戦争の歴史と言ってもいいくらい、いつの時代も戦争が起こり、今でも戦争はなくならず、弱い人々が犠牲になり、辛い思いをしている。文明や技術がいくら発達、進歩しても(いや、発達しているのか?)何も変わらない。平和とは程遠い。

グローバリゼーションは「新しい植民地主義」と言われるとおり、弱い国は様々な制限がなされ、自分たちで自分たちを養えるような農作物を作ることすら許されず、自給自足とは程遠い生活を余儀なくされています。今の日本なんて食料に関しては危機的状況でしょう?

考えれば考えるほど絶望するし、しんどくなりますよね。でも、神社巡りをすることで、絶望が希望に変わるんです。

そこには、本来のあるべき姿が残っているし、自然を敬い、命を大切にし、大切すべきものを守り、毎日感謝するという、当たり前のことを再確認できます。本来あるべき姿に戻れば、幸せに暮らせる。

人と比べたり、優劣をつけたり、競ったり、価値観を押し付けたり、否定したりするのではなく、全部「白」。かまへん、かまへん、全部まるっとオッケーでっせー、の精神で生きていければ、物があってもなくても幸せですよね。

今回巡った神社仏閣は以下のとおりです

【和歌山県】
日前神宮・國懸神宮
玉津島神社
鹽竈神社
丹生都比売神社

【奈良県】
龍泉寺
天河大弁財天社
丹生川上神社下社

素敵な出会いに感謝です。弥栄。

Instagramのアカウントの方では「神社巡り紀行」と称して、写真をアップしています。
是非ご覧ください。

丹生都比売神社の花盛祭
龍泉寺 龍の口
丹生川上神社 下社

数百年後の歴史家は、20〜21世紀を何時代と名付けるのだろう

関東から雨の神戸へ帰ってきました。
行きも帰りも、新幹線は外国人でいっぱい。グリーンなんて6割〜7割が外国人(白人多め)で、空席も少なめ。みんな大きなキャリケースを引っ張って移動しています。僕のようなビジネス客なんて少ないんじゃないかな。あえて混み合う朝夜は避けて、真っ昼間に乗っている、というのもあるのでしょうけど。

月に一、二度は関東出張に行っていますが、ここまで外国人が多いのも珍しい。なんでだろうと考えてたのですが、答えが分かりました。桜ですね。

ちょうど3月の終わりから4月にかけて、日本全国桜の花が咲き誇ります。日本特有のシンボリックな風景というのはいくつかあると思いますが、やはり満開の桜が一番「日本らしい」のかもしれません。桜を見ていて思うのですが、地域によっても開花度合いに差があるし、木そのものにも個体差がある。宿泊していた神奈川のホテル近くの桜はほぼ満開でしたが、打ち合わせに帰ってきた新神戸駅の桜はまだ2,3分咲きという感じでした。

さて、この時期はどこに行ってもフレッシュなスーツに身を包んだ新入社員を見かけます。

よく昭和世代、バブル世代、不景気世代、ゆとり世代、最近ではZ世代など、◯◯世代という分け方をされますが、たかだか数十年の時間軸で世代分けされていたら、日本史の年表は線だらけになるでしょう。たまに考えるのですが、数百年後から振り返った20世紀や21世紀は歴史家にとって、どんな分類をされるのでしょうかね。何時代と言われるのでしょうか。工業化時代、世界戦争時代、人口爆発時代、環境汚染時代、温暖化時代、AI時代・・・色々考えると面白いですね。

話は元に戻りますが、長い時間軸からみた今この瞬間は、老いも若きもなく、皆おなじ世代の人間です。たしかに文化風習、言葉、流行などに違いはあれど、大して変わりません。◯◯ガチャという言葉もありますが、今も昔も同じだろうと思うのです。戦争を経験している親戚のおじいさんから、「軍隊はなあ、運(うん)隊と呼ばれてたんやで。配属される部隊によっては天国か地獄。まさに運任せや」と、子供の頃に聞いたことがあります。今でいう配属ガチャですよね。

なんの因果かその時代に生まれ、同じ世代の人間と一緒に育っていく。世代間ギャップなんてあってないようなもの。いつの時代も学ぶこと、努力することは必要だし、昨日よりも今日、今日よりも明日を少しでも良くすべく、今できることをがんばって精一杯生きることだけです。こうやればうまくいくという答えもないので、自分で色々と模索しながら探して行きましょう。

4月に入りました。
これからますます良い季節になりますね。今週末が桜の見頃でしょうか。楽しみです。
 

雨の神戸三宮

自分で決めてやるしかない時代

3月も終わりが近づいてきました。
卒業式シーズンも一段落、これからは入社式、入学式、始業式と、新たな門出に胸踊る季節です。自分も独立するまでは4月1日といえば入社式でした。入社式の後は新入社員研修が続き、4月は研修シーズンでGW前にようやく落ち着くという生活でしたが、今は自分ひとりで仕事をしているので、せいぜい、支援先企業のお手伝いくらいになりました。

なんとなく、あの入社式の独特の雰囲気が今となっては懐かしく感じます。

新卒一括採用の良いところは、これといった特別なスキルや専門性がなくても、それなりに研修や教育で仕事のノウハウを教えてもらい、現場でビジネススキルを身に着け、ジョブローテで様々な職務を経験しながら一通りの仕事ができるようになることでしょう。時として、先輩や上司からの無茶振りや理不尽も経験しつつ、これらを燃料にして成長できる(させてもらえる)のです。

ここ数年、生成AIの台頭により、プロンプトを使いこなすことで仕事の生産性を上げる(CaDE-aiにリンク) ことができるようになってきましたが、新入社員にとってやはり基礎は大切。その基礎をどのように身につけることができるかというと、「学びと実践」以外にありません。

よく20代の人から「早く成長したい」「早く稼げるようになりたい」という相談を受けるのですが、そういう気持ちがある人には「一番の近道は短期集中ですよ」と伝えています。

どうせやるなら短期間に凝縮させる

例えば、新卒未経験で入った会社で3年間、慣れない仕事を覚えるために死にものぐるいで勉強し、土日も本を読み、仕事を優先した3年間と、仕事はそこそこにアフター5や週末は趣味や友達との時間に費やす3年間とでは、どちらがスキルアップのスピードが速いでしょうか。

答えは明白ですよね。前者です。
これは、どっちが良い生き方かという議論ではなくて、成長しようと思うと努力は避けて通れないということです。それゆえ「早く成長したい」と思うのであれば、短期間にその努力を集中させることが一番の近道なんです。これね、やっとくと後が楽なんですわ。将来、独立したい、リッチになりたい、多くの人の役に立ちたいと思う人は、(一部の天才は除き)できるだけ若いうちに修行だと思って努力と苦労を買ってでもやるようにしましょう。

特に最近は会社が無茶をさせてくれないので、「成長してやる!」との決意に自分でコミットしてがんばるしかありません。昔はピンからキリまで、イヤイヤでも無茶させられたので、気づくとある程度成長できていたのですが、今はやる人とやらない人で強烈な差が付いてしまいますので、大変ですよね。一応「そうじゃない生き方もある」ということは付け加えておきます。

知り合いがいない場所に積極的に出かけよう

人にとって居心地の良い環境というのは、地元の友達や学校の同級生と一緒に遊んだり、会社の同僚と飲みに行ったりすることだと思います。知った仲ですから、とても楽です。

でも成長しようと思うと、楽なメンバーとばかり一緒にいては何も得ることはできません。出来るだけ、知り合いがいない場所に出かけて色んな人から刺激や学びを得ることが大切です。これは、驚くほど成長に繋がります。

まず、知り合いがいない場所に行くと、誰も自分のことを紹介してくれません。自分から人に声を掛けなければ何も始まりませんよね。以下に場面を想定してみます。【】内はその場面で必要なスキルです。

1,初対面の人に声を掛ける【勇気、積極性】
2,その人と会話を続ける【話題の豊富さ、コミュニケーション能力】
3,その人に気に入ってもらう【思いやり、謙虚さ、気づかい】
4,その人の知り合いに紹介してもらう【好感度、さわやかさ】

【】内を見るだけでも、どれだけのスキルが必要か。4については相手が判断するものなので少し違うかもしれませんが、でも一度これらのスキルを身につけると、どこに行っても、どんな場所でも、誰とでも仲良くなることができます。もちろん、これは先天的なものではなく、やはり努力と惜しみないインプットによって獲得するものです。

その結果、居心地の良い閉じた小さな世界では出会えない属性の人々から学びや気づきを得たり、思わぬ人と繋がったり、人脈が広がって趣味や遊びや仕事の幅が広がったりするのです。ちなみに、人脈は、広げようと思って追っかけるものではなく、富や立場と同じで「結果として」ついてくるものだと思います。

4月が近づいてきたので、新入社員の方に向けて少しでもヒントになるようなことを書いてみました。昔と今は時代が違うとよく言われますが、最近のスポーツ選手の活躍やインタビューを見ていても、成功者はものすごい努力を積み重ねていますよね。見えないところでどれだけコツコツやれるかが大切なのだと思います。

自由だけど不自由、自己責任とは聞こえはいいが、事実、切り捨ての時代をどう生き延びるか、ですね。