近況と雑記:投票所の光景、成長のメカニズム

最近の出来事をつらつらと書いてみます。

■衆議院選挙と投票所について

先週末に行われた衆院選。我が家に指定された投票所は、なんと僕が卒業したK小学校!前回選挙の時は歩いてすぐの公民館だったのですが、激坂を20分登る山の上の小学校が投票所になったのです。もちろん車で行けなくもないのですが、坂道の多い近所を散歩する機会もないだろうから、と、選挙権を持つ19歳の長女と妻と一緒に散歩がてら登っていきました。

実に数十年ぶりに入った母校ですが、古くなったなあという実感です。そりゃそうか、卒業してから35年以上経ってますもんね。

懐かしさに浸る一方、投票所としてこの立地はどうなのか?と疑問に思いました。まず、車移動できる人はともかく、徒歩で行くには僕たちでも正直キツい。となると、お年寄りは投票にいけたのか?と、近所に住む高齢世帯のおじいちゃん、おばあちゃんたちの顔を思い浮かべていました。老人ホームなどに入居しているお年寄りは不在者投票などの仕組みを利用できますが、投票所によっては、これから益々足が遠のくお年寄りが増えるのでは。僕たちが投票に行った時間帯でも、お年寄りはまったく来ておらず、同じ世代の大人ばかり。結構高齢化している地域なんですけどね。

なにかと話題になる「シルバー民主主義」ですが、人口の多い高齢者の意見がとおりやすく、若い人の意見がとおりにくいという議論があり、まあ確かにそうかもしれない。でも、僕が見えている景色では、むしろ物理的に投票に行けないお年寄りが増えているのではないかと思うのです。祖母が生きている頃も「自分はもうしんどいから投票には行けない。若い人に任せる」と言っていましたしね。まあ、これに関してはかなり地域差はありそうですが。

そして、逆に若い人たち(長女のような10代の若者含め)は結構みんな投票に行ってるのです。たとえば、高校3年生の次女。彼女は3月生まれなので今回投票権はなかったのですが、18歳を迎えている部活の同級生は、みんな投票行ってたよ〜と言っていました。確かに人口は少ないかもしれないけど、政治に対する関心は高いのかもしれません。親の教育ももちろんあるでしょう。それが、20代に支持されたといわれる国民民主党の躍進に繋がったのかもしれませんね。

とにかく、社会や暮らしを人任せにせず、自分ごとにするという意識は大切です。文句を言う前に自ら動こう。義務を果たそう。若い人たちを見ていると、大人よりも真剣に将来のことを考えている気がします。

こんな記事もありました。若い候補者に投票したい、というお年寄りも多いようです。
「シルバー民主主義は本当? 実験で見えた高齢者の意外な投票行動」


■神社仏閣めぐりと「成長」について

先日、和歌山の丹生都比命神社と高野山に行ってきました。高野山は久しぶりだったのですが、開山1200年の奥の院、苔むした墓所には戦国大名の墓もあります。信長の墓所、秀吉の墓所。古いなあと思っても、今から450年前。高野山の歴史の中では、比較的新しい方なのかもしれませんね。

このブログでいつも書いていますが、僕は時間を100年単位で見るようにしています。特に神社仏閣めぐりをするようになってから、よりその意識が強くなりました。神社の歴史に比べると、自分たちが生きている数十年なんてたかだか一瞬。だからおろそかにするというのではなく、ちゃんと務めを果たして次世代にバトンをつなぐのが役目だと思うのです。

昨日、白秋共同研究所が主宰する企業人事向けの研修「HCT Hakushu Career Transition」が開催されました。その中で、成長のメカニズム四象限があり、

【1】成長体験(成長を経験したエピソード)
【2】成長の定義(成長を自分なりに言語化)
【3】成長の図化(2を踏まえて、成長を図や絵で表現)
【4】行動習慣(成長するための行動習慣3つ)

これらを書いて話し合うというワークがあったのですが、自分は最後の「成長のための行動習慣」3つを、①居心地の悪い場所を探して飛び込む ②常に大局観に立つ(物事を100年単位で考える)③でも、無理はしない を挙げました。

物事を百年単位で考えると、経済でも政治でも大きな流れの中での「今」として捉えることができ、右往左往せずに済みます。今、この状態があるのは、いつ、何が起点だったのか。歴史の中でどういう転換期があったのか。この感覚を常に持っていたいものです。

高野山 奥の院
白秋ホワイトクラブ
和歌山 ゆの里

土地と豊かさと健康

酷暑の西宮を離れ、信州の蓼科高原に滞在しています。
少しは涼しいかなと期待していましたが、信州とはいえ、盆地は盆地、高原は高原、といった感じでしょうか。松本や安曇野は盆地ならでは、日中は猛烈な暑さ。でも朝夕の霧ヶ峰や蓼科高原はさすがの涼しさです。

こちらでの楽しみはなんといっても無農薬の新鮮な野菜がいただけることです。

最近、身の回りで亡くなる人、体調を崩す人、発ガンする人が続出していて(極端な言い方に聞こえるかもしれませんが、親戚、取引先を含め本当に「続出」しているのです)、自分自身も50歳を手前にしてここ数年は体調が悪かったこともあり、やはり健康を維持するにはどうすればよいかを考えながら、昨年から食生活の見直しを図っています。

わさびでもニンニクでもショウガでも、チューブタイプの購入はやめ、無農薬のものをすりおろして使っています。人気ですぐに売り切れてしまう大王わさび園の採れたてわさび、朝8時のオープンと同時に入園して購入しました。

認知防止、老化防止に効くブルーベリー。
普段はコストコの冷凍ブルーベリーを食べていますが、蓼科にはブルーベリー農家も多く、地元の農家さんに連絡して、3kg収穫させていただきました。時々つまみ食いしながら、です。

こちらは9時にオープンする蓼科自由農園。

開店前から大勢の人で賑わっています。新鮮で人気のある野菜は早いものがちです。今はトウモロコシの季節です。8本購入しました。その他、夏大根、きゅうり、トマト、にんにく、みょうが、キャベツ・・・あっという間に車のトランクがいっぱいになりました。

最近、自然農をされている方と知り合う機会が多く、いろんなことを教えていただいています。自分も今は無農薬玄米、発酵食品、無添加無着色のものばかり選んで食べています。自宅では、梅干しと発酵ショウガを手作りし、にがり、酢、クエン酸、重曹などを積極的に接種。おかげで見違えるほど元気になりました。

よく考えると、便利さと効率の良さを追求したがゆえの、添加物まみれの食生活がいかに身体を蝕んでいたか、ですよね。寿命は延びたかもしれませんが、健康寿命はどうなのでしょう。認知症の増加や病気などで下の世代が高齢の親の介護を余儀なくされています。

興味深いことに、僕の祖母の世代は介護をした経験がないのです。せいぜい高齢の親の食事の世話くらいで、介護なんてしたことなかったと聞きました。そもそも寿命が短かったというのもあるし、自然死していたからなのでしょうか。今の世代は親の介護が絶対に必要でしょう。なぜなんでしょう。複合的な要素が複雑に絡み合っていますが、じっくり考えてみたいと思います

自分も、母、祖母と看取ってきた経験から、今は良くても、将来、子どもや周りの人に迷惑をかけないよう(かけても最低限で済むよう)、健康に十分意識した生活をしたいと思うし、こういうところに来ると、人間が生きていく場所はこういうところなんだよな〜と実感するのです。古来の日本人の知恵を大切に、現代風にアレンジする。

改たな目標ができたので、10年計画で準備を進めていきたいと思います。



旅を通じて「村づくり」について考える

GW明けすぐに東京出張に来ています。駅や新幹線の混雑もさほどなく、社会が日常を取り戻しているようです。個人的には平日休日関係なく仕事をしているので、休みボケという感覚はありませんが、なんとなく「さあ、フルスロットルでがんばるぞ!」という気持ちになっています。

さて、今年のゴールデンウィークの前半は愛媛へ、後半は和歌山に一泊で家族旅行に行きました。それぞれが忙しくしているので家族全員が揃うことがなかなかなく、久しぶりの家族旅行です。

和歌山の黒潮市場では海鮮丼やキスの天ぷらなど海の幸をいただき、現地の海鮮加工品をたくさん購入しました。波間に沈みゆく太陽を見ながらの食事は最高ですね。

山あいの道の駅では、地元産の苺、甘夏、不知火などの柑橘類、味噌や手作りこんにゃく、よもぎ餅やみたらし団子などを購入しました。どれもめちゃくちゃ美味しかった!地産地消と言われて久しいですが、物流コストの上昇や円安による物価上昇が顕在化してくると、身近で手に入るもののありがたさが身に沁みます。

人間は結局、食べる物がないと生きていけませんよね。
政治的理由や外圧、グローバリゼーションの影響で農業が衰退し、食料自給率はカロリーベースで38%の日本ですが、改めて「畑を耕し、物を作ること」の重要性を認識しなければと思います。僕は畑を耕す能力も経験もありませんが、少しでも関心を向けて、安ければ良いというのではなく、地元のものを優先的に購入して消費していきたいなと思うのです。願わくば、自分で野菜くらい育ててみたいな。

コミュニティづくりなどは仕事で手掛けていますが、やはり将来的には物理的な「村づくり」にキャリアが向いて行くのかな。なんて、漠然と考えるきっかけになる旅でした。

旬のもの

食べるものに気を使うようになりました。
 
できるだけ添加物の入っていないもの、発酵食品、玄米、旬のものを食べるようにしています。自分の意志とは裏腹に身体は弱り、体力も低下しているので食そのものが細くなっているのですが、そのことを逆手に取り、量が必要ないのなら、良いものを少量いただこうというモチベーションが働きます。

先日、マクロビオティックの先生のご自宅に呼んでいただき、ヘルシーで美味しいランチをご馳走になりました。

旬の食材をふんだんに使い、日本古来の麹や大豆などの食材で、身体が喜ぶものばかり。
 
季節ごとに取れるものを「旬の食材」というわけですが、その時期に収穫できることには意味があるのですよね。温めたり冷やしたり、季節ごとに身体に必要な栄養素というものがあり、旬の食材はそれらを満たしてくれます。今は筍と山菜が美味しいですね。

一つひとつを吟味しながら食材を選ぶことで、自分の身体と丁寧に向き合うことができますし、生活も豊かになるんだなと実感しています。今まで当たり前に出来ていたことができなくなり、手放すものが増えてきた代わりに、同じかそれ以上、得られるものもある。自分なりに新しい楽しみもたくさん見つけ、出会いもある。

それがとても幸せなのです。

春は花の季節。
我が家の庭も春爛漫で、今はツツジが満開です。モッコウバラも咲き始め、梅の実も少しづつ大きくなり始めました。自然の中で、毎日生かされていることに感謝です。

こうして、移ろう季節を楽しみながら、何事にも感謝

季節を感じる

この三連休は季節外れの暑い日が続きました。
今年はエルニーニョ現象が続き、冬も暖冬になるそうですね。

「今冬は暖冬傾向、エルニーニョ現象の影響で9〜2月の気温は平年より高い予想」ウェザーニューズ、2023.09.06

日本はせっかく四季があるのですから、春夏秋冬のメリハリがきっちりしている方が嬉しいのですが、気候変動の影響でしょうか、境があいまいだったり、季節外れの何かがあったり、穫れるはずのものが穫れなかったりというのはなんだか気持ち悪いなと思う今日この頃です。

さて、10月は割と出掛けることが多く、それなりに秋を楽しむことができました。

金沢・近江町市場

金沢駅近くの居酒屋でボタンエビなど

富山・雄山神社

称名滝の紅葉

そして、秋といえば、ひやおろしに新そばですよね。

季節を感じることができるのは、それだけ平和な証拠だなと、昨今の戦争や紛争のニュースを見ていて思います。人間ってなぜ殺し合い、搾取したりするんでしょうね。環境は壊すわ、勝手に増えて地球上の資源を食い荒らすわ、同じ種族で殺し合うわ。地球にとっては一番迷惑な生き物でしょう。

富山の雄山神社で修験道の行者さんたちを見かけた時、人間ってもっと謙虚に生きるべきだと思いました。

いつの時代も人間同士で争いはあったでしょうし、これから先も未来永劫、争い事はなくならないと思いますが、日本人は昔から自然を敬い、自然を崇拝し、自然と調和して生きてきたのでしょう。その文化を大切にしていきたいですし、そうすることで、日本人らしく和の心で生きていくことが少しでも出来れば御の字です。そういう意味では、キリストやイスラムなどの一神教は八百万(やおよろず)の日本人にはどうも合わない。一神教って、それこそ争いしか生まないように出来ていますよね。(あ、それぞれの宗教を否定しているわけではありませんよ)

さて、11月に入りました。
今年も残すところあと2ヶ月。昨年と今年でどう変わったでしょうか。少しは進歩したでしょうか、それとも退化したでしょうか。進歩ありきとは思っていませんが、良い意味で成熟した考えを持ち、その考えをベースに生活をデザインできればとは思っています。

あと二ヶ月、今年の集大成です。

最近の出来事を色々と

前回の更新から10日以上経過してしまいました。
ここ最近とても忙しかったのと、様々なイベントが続いていたこともあり、9月に入ったと思ったらあっという間に中旬に差し掛かっていました。びっくりです。

さて、8/26のブログで、プラットフォーム上のアルゴリズムの裏側には何があるのか、ということを書きましたが、世の中には疑うべきことと、疑うことなき明白な事実というものがあります。前者は虚像であり、後者は実績ということもできるかもしれません。

何かを成し遂げる時、その実績(=結果)の裏には数えきれないほどの努力や日々の改善の積み重ねがあるものです。近況報告がてら、最近の出来事から、「実績」について書いてみたいと思います。

先週の金曜日に、リッツ・カールトン大阪で一般社団法人コアティス代替医療協会の10周年記念チャリティパーティーが開催されました。代表理事の滝川愛梨さんは、食事と独自のメソッドによる「コアティス」で「100歳まで健康に、楽しく、美しく、共に生きよう」をテーマに活動されています。僕は彼女と15年近くの付き合いで、社団法人を立ち上げる前、個人でモデル・パーソナルトレーナーとして活動されていた時から知っているものですから、様々な努力を重ねながら、組織を大きくされてきたことに心から賛辞を送りたいですし、これだけの人を集める愛梨さんの人柄と、温かく、楽しい雰囲気の周年パーティーを開催されたことが自分ごとのように嬉しかったです。

一つひとつの積み重ねが大きな結晶となり、さらにその先の10年を照らしていく。
そんな瞬間を目の当たりにしたような気持ちでした。

人の数だけ、ドラマがある。そのドラマの裏には、生きることに対する想い、抗うことのできない世界の流れの中で、自分と向き合いながら、様々な選択をしつつ、より幸せに、より良い人生を送りたいという想いがあるものです。

そんなドラマに触れることができるイベントを、10/17(火)の19:00 から神戸の王子公園Soweluで開催します。

グローバリズムと資本主義経済の限界、人口減少による時代の閉塞感が充満している世の中ですが、身近なところにたくさんの幸せがあり、多くを持たなくても、地域で共生しながら幸せに生きていくことができるのではないか。脱グローバリゼーション、コミュニタリズム。地域に密着した活動を、須磨、長田、王子公園、それぞれの地域をベースに活動されているクリエイター、保育士兼起業家、コンサルティング会社の経営者の視点から語っていただきます。

神戸に移住されてきた方々がこの街でどのような活動をされているのか。最近よく耳にするDAO、自律分散型社会、ウェルビーイングといったキーワードに少しでも関心がある方は、ぜひお越しいただければと思います。

イベントページ
グローバル人事塾公式
Facebookイベントページ

そして、LoveTableのご紹介。

梅田のハービスエントに野菜が美味しいお店があるよ、と連れていっていただいたLoveTableですが、このお店、いろんな意味でコンセプチュアルで驚きました。「平和 × LOVE TABLE × 農 × 食 =いのちを生かす」をテーマに、和歌山の山奥にある農園で育てた自家栽培の野菜を梅田で提供しておられます。食に対するこだわりはぜひ、WEBサイトからご覧ください。

オーダーした、焼き野菜とオムレツ。美味しそうでしょ。

というわけで、長々と書いてしまいましたが、最後にもう一つだけ嬉しかったことを。

某学校法人の創立100周年記念ゴルフ大会が、千刈カンツリークラブで開催され、なんと準優勝してしまいました。歴史を感じる重厚で大きなコンペで賞をいただけたことが嬉しかったです。

これも積み重ねた結果の一つでしょうか。笑

今年も後半に差し掛かっています。
日々の積み重ねが、大きな実を結ぶと信じて、一日一日を過ごしていきたいと思います。

純喫茶とビストロ

ここ最近のマイブームといえば、純喫茶めぐりです。

Mac Bookを開いて仕事をするにはスタバやタリーズなどのチェーン店が便利ですが、PCから離れて気分転換したい時、本を集中して読みたい時、そして、レトロな雰囲気に浸りたい時は純喫茶が良いですね。以前までは喫茶店といえば全席喫煙のところが多かったので、煙草が気になって敬遠していたのですが、今は分煙または完全禁煙のお店が増えてきたので随分入りやすくなりました。

さて、最近神戸で仕事をすることが増えてきたのですが、神戸といえば「にしむら珈琲」に代表されるように、老舗純喫茶が多い街です。打ち合わせの合間や、会食の前など、意識して街を歩きながら探していると・・・三宮や元町のそこかしこに喫茶店があります。

最近行った喫茶店で良かったのは、コーヒーポット(名ばかり分煙)、喫茶ボントン(1F禁煙、2F喫煙)、そして、モトマチ喫茶(完全禁煙)。
こういう喫茶店のアイスコーヒーって本当に美味しいんですよね。

路地裏にひっそり佇む喫茶店。震災を乗り越えた古いビルや建物に今も残る昭和の香り。カフェチェーンに負けずに何十年も営業を続けていること自体が素晴らしいです。

日本もヨーロッパのように「古きものほど良い」という文化を、神社仏閣や歴史遺産だけでなく、こういう何気ない街の建物やお店にも浸透させるともっと良いのに、と思います。どうせ新しい建物作ったって、人口減るから埋まりませんよ。そこにお金かけても回収できないのはわかっているはずなんですけどね・・・古いものを大切にリノベしながら使って行きましょうよ。なんつって。

神戸の路地裏といえば、バーやビストロも多くあります。

いくつかお気に入りのビストロがあるのですが、先日行った「BISTRO On-y-va ビストロオニバ」は、2020年のオープンという比較的新しいお店にも関わらず、すでに人気店となっていて予約必須でした。

17時半の開店時間に合わせて予約し、明るいうちからワインを堪能。
カルパッチョには白ワイン、名物ビフカツには赤ワイン。

カウンターだけの小さなお店ですが、マスターも笑顔が素敵な方で。
お客さんが描いたであろう店の絵からも、この店が愛されていることがひしひしと伝わってきます。客との距離が近いのはいいですね。

自分も歳を取ってきたのでしょうか。
小さければ小さいほど、疎であれば疎であるほど、静かであれば静かであるほど良いように思えています。

朝の三時間で一日が決まる

人それぞれ、生活リズムというのがありますよね。

僕の場合は夜が弱い代わりに朝が強い、朝型人間です。朝の3時間で一日の仕事のほとんどをこなせてしまうくらい、朝が最も頭が働き、パフォーマンスが上がる時間です。独立して時間や場所に縛られない働き方をしているので、ゴルフやジョギングに行かない日は早朝に頭を使う仕事を終えて、日中は打ち合わせや会議などに時間を割いたり、買い物に行ったり自由に過ごしています。

管理の問題があるとはいえ、朝9時〜18時勤務のような働き方ってやっぱり非効率だよなあと改めて感じています。が、こればっかりはなかなか変えれないでしょうね。社会の仕組みがそれで回っていますものね。

そういえば、以前サンフランシスコでお会いしたヘッドハンターの方は、トライアスロンを趣味(というかほとんど仕事)にしておられて、早朝にスイムとジョギングを一式こなし、その後、10時〜16時まで仕事をし、帰ってバイクを漕ぎ、スイムをしてから食事を撮り、20時には就寝という生活をしているということでした。夜が使えないので、会食とかはすべて断っておられるとのこと。

その話を聞いた当時は、そんな短時間しか働かないでよくやって行けるな〜と感心していたのですが、今の自分も多分そんな感じの生活をしていますので、やってみないと分からないものですね。

話は変わりますが、海外を飛び回っていた前職時代と違い、自宅をベースに仕事をしていると、目線が変わっていくのを実感しています。以前は目線は高く、広く、常に上を向いて、という状態だったのが、今は半径1mを大切にしたいなと思うようになりました。外も良いけれど、庭仕事や料理など日々の暮らしの中での楽しみがたくさんあるし、自分が住んでいる地域やコミュニティを良くして行きたいと思っています。

そんなこんなであっという間に7月も半ばですね。
暑い日が続きますので、どうぞ皆さんお身体には十分お気をつけてお過ごしください。

最後に最近食べたジャンクなものを載せておきます。
あー美味しい!

旬のしごとに精を出す

「旬のしごと」ってありますよね。
日本は四季があるので、春夏秋冬それぞれの産物があり、それらを楽しむために時期特有のしごとがあります。自分もささやかながら、日々暮らしの中で旬のしごとを楽しんでいます。
 
まずは、梅しごと。
5月の終わりに庭の梅の木から収穫した梅を漬けています。
 
瓶はいくらあっても足りないし、場所を取るので、IKEAのフリーザーバックが便利。梅酢が出てきてすでに美味しそう。部屋中に梅の香りが漂っています。梅雨が開けたら干そうと思っています。

次はバラしごと。

食べるものではありませんが、5月まで花を楽しませてくれたモッコウバラの花後の剪定をようやく行いました。仕事が忙しくてなかなか手をつけれていなかったのですが、モッコウバラは、一度花をつけた枝は二度と花を咲かせないので、こうして、大胆に枝をカットしていかなくてはなりません。

生命力が強いバラなので、新しくシュート(新枝)がぴょんぴょん伸びてきて、また新芽をつけてくれます。Youtubeでプロの剪定の仕方を参考にしながら、伸びてきたシュートは紐などで誘導します。

すっきりしました!
来年もたくさん花をつけてくれることに期待です。

最後は味噌。
 
2月に参加した「健康きれい会」で仕込んだ味噌が良い感じに熟成されてきました。開けてみるとカビも生えておらず、美味しそうな味噌だまりが出来ていつでも食べれそうです。

同じ会に参加していた皆さんの中には、もう食べてますという方々も多く、もうしばらく寝かせようかなと思っていたのですが、今ストックしている味噌がなくなったら、これをいただこうと思っています。

梅干しも味噌も、スーパーに行けばいつでも買えますが、こうして手間暇かけて自分で仕込むものって絶対に美味しいですよね。季節ごとの旬のしごとも楽しいですし。

そういえば京都・大原の古民家に住み、四季折々の里山暮らしの素晴らしさを伝えておられたベニシア・スタンリー・スミスさんが亡くなられたということを昨夜ニュースで知りました。ベニシアさんの生活に密着したNHK の「猫のしっぽ、カエルの手」は大好きで良く見ていただけにとても残念です。

自然と調和した生活をすることで、多くのストレスから回避できると思うし、心身ともに健康でいれるのではないのかなと思って、今日からまた、ささやかながら旬のしごとに精を出したいと思います。

ブレイクスルーの方法

仕事柄、複雑かつ難しい課題について相談を受けることが多いです。

多くの場合そこに答えはなく、これだけの予算を投下すればこれだけの効果が得られると予測できるようなマーケティングや広告戦略は別にして、個別の経営課題や人の問題、また、そもそも市場がないところに市場を創出していくようなプロジェクトなどには、こうすれば解決しますよという魔法のテンプレートはありません。先行事例を調査し、データを分析し、ステークホルダーの声を聴き、課題を抽出して、戦略を深耕していく。自分の知識や経験値なんて高々知れているので、常に頭をリセットして考える必要があります。

リセットの方法として僕が日々やっていることは、PCや資料から離れ、ジョギングをしたり、料理をしたり、庭掃除をしたりという単純な作業にシフトすることです。黙々と手を動かしている時にふと絡まっていたスパゲティがほどけて、ブレイクスルーすることってありませんか?僕は袋小路に迷い込んだら、必ず、料理、掃除などを始めちゃうので、ボトルネックにはまればはまるほど、料理の作り置きが増え、庭がきれいになるという副産物が得られています。良いのか悪いのか別にして。笑

もうひとつ、ブレイクスルーの方法として「誰から」「何を」インプットするかもとても大切ですよね。上手に言語化できなかったことが、本の中に書いてあったり、人の話を聞いて「これか!」と気づくこともあります。

昨夜はシニア世代のウェルビーイングを考える企業コンソーシアムの会合と忘年会があり、そこで稀代の経済学者、宇沢弘文先生の長女で医師の占部まりさんをお招きしての社会的共通資本をテーマにしたセッションがありました。たくさんのお話があった中で、自分に特に刺さったのは、「金銭的授受が発生しない関係性が一番良い。大切なことは経済に乗せない」「医療にお金をかけるよりは、人とのつながりに投資していくべき。良好な人間関係を持つ人は寿命が延びる」という点を経済学と医学の観点から分析されたお話でした。

ああ、まさにそういうことだ。自分も「お金にならないことに一生懸命」「利害関係のない人間関係をいかに広げるか」をテーマに生きてきたし、それでたくさんの人間関係やサードプレイスをアセットとして得ることができています。結果として、毎日幸せに暮らすことができている。恐らく、これからもそうしていくでしょう。自分が無意識に良かれと思ってやってきたことが、実際に研究されて結果が報告されているというエビデンスを専門家のお話を通して知ると、納得感が深まり、自分の言葉として話すことができるようになります。

料理掃除もいいですが、こういうセッションでお話をお聴きし、参加者の皆さんとディスカッションすること。本当にこういう機会は貴重です。

昨夜の懇親会の一コマ