技術とビジネスと幸福度の関係についてモヤモヤする日々

二回目の梅雨も空けたようで気持ちの良い夏空が広がっています。
今日の写真は朝ジョグ中に撮った、木々と青空。

ふと目を上げた時に、青空と黄緑色のコントラストがハッとするくらい美しく、この色が再現できれば良いなとiPhoneで撮影したら、それ以上の写真が撮れました。無加工ですが、カメラの性能が良いのと、ひょっとしたら標準でHDR加工されるのかもしれませんね。ちゃんと調べてませんけれど。こんなにきれいに撮れるのだから、もうこれ以上カメラの性能上げなくてもいいよとすら思います。

最近、技術とビジネスと幸福度の関係について毎日モヤモヤとしています。
巷でよく言われていることですが、モノが行き渡った時代の先には何があるのだろう。

技術は進歩しているけれど、それを何のために使うか、何が成し遂げられるかを真剣に問われた時、答えに窮する自分がいることに気づきます。要するに「別になくても良いものを一生懸命作って売り込む」という無駄な作業の繰り返しがビジネスとするのであれば、技術をビジネスに転用するのってつまらないな、と思うのです。

ディスプレーを舐めたら指定した料理の味がするデバイスとか、料理の写真と共にその香りが漂うデバイスとか、バーチャル海外旅行とか。カーボンニュートラルという曖昧なもののためにEVを作るとか。ビジネス視点でいうと、常に新しいものを作って市場に供給しなければ成り立ちません。どんなものでも、必要か不要か、意味があるかないかは一切関係なく、売らなければ成り立たない。

でも行き過ぎると作って売ることが目的となり、何も成し遂げられていないこともある。先のデバイスの例でいうと実体験に勝るものはないと思うし、技術的な部分では「すごい!」とは思うけど、それで人々の生活は豊かになり、幸せになるのだろうかと考えたらクエスチョンマークがつくのです。

「このシステムを導入すれば、仕事量50%削減!」とか日常的に目にしますよね。50%も仕事量が削減できるなら、社員全員一日4時間勤務で売上維持が「本当の実現」になりませんか。「システム導入で80%コスト削減!」といって、導入後、利益率80%向上して社員の給料が1.8倍になった会社、僕は見たことないです。ダイヤルアップが5Gになって送信できるデータ量がキロバイトからギガバイトになって、GAFAMが肥大化した以外、日本人の給料も労働時間も変わってないでしょ。みんなおかしいと思わないのかな。

もしかしたら、本当は実現できるかもしれないけれど、今まで労働時間と経済的豊かさが比例していた時代を生きてきた人たちにとってみれば、そういう世界に一歩踏み出すのは怖いだけなのかもしれません。その先には、人類の「大いなる暇つぶし」の時代がやってくるイメージが沸かないのかもしれない。

技術の話に戻ると、これがあったら便利!というものは、ドラえもんの道具ですべてアイデアは出されていたと思います。「どこでもドア」は誰が見ても「便利!」と思えるツールです。もし、どこでもドアが開発されれば、それは人類の幸せに益するものかもしれないし、農業など、一次産業の効率化は世界人口100億人時代に対応できるものかもしれません。そういうところにリソースを集中投下するとビジネスも面白く感じるかもしれないな。

今は新しい時代への過渡期、と言われればそうかもしれないけど、なんだかモヤモヤします。人間が暮らしていくのに、本当に必要なものは少ないということを年齢を重ねるに連れ実感するからこそ、モヤモヤも増大しているのかもしれません。

情熱とビジネスの相関性について

12月に入りました。
PDCAサイクルが早い人は年末に限らず、常に振り返りを行っているかと思いますが、なぜだか12月と聞くと習慣的に一年の振り返りモードに入ってしまいます。

今年は自分としても大きな変化の年でした。そして周りを見回してみても、不確実な世の中における「自分のあり方」を模索している人が多いことに気付きます。大きな変化の中で自分自身の最適化を求め、思い切って住む環境を変えたり、転職したり、独立する人も多いですよね。

大きな情熱を持ってなにかに取り組むのは素晴らしいと思います。じゃあ自分はなにかに情熱を持っているだろうか。こと、ビジネスや会社という枠組みに対して。

残念ながら、年々低下しているように感じます。今となっては、ほぼ0に近い。あまりに多くを見過ぎたのかもしれない。「情熱とビジネスに相関性はない」というケースを嫌というほど見てきたからかもしれない。ちなみに「情熱とビジネスに相関性はない」という真実は、学歴と仕事ができることとは比例しないことや、お金と幸せはリンクしないことなどと同様、大人になって気付いたことの一つです。

ビジネスのアイデアを考える時、こうすればうまくいく、これは絶対売れる、これは多くの課題を解決する、と色々と思い浮かぶし、絶対こうあるべきだと強い確信も抱きます。でも、それはあくまでそのアイデアを求めている人がいるかどうか(=市場)でビジネスとして成功するかどうかが決まります。

自分がやりたいことと、それを飯の種にできるかどうかは別、ということです。

良くデータとして引き合いに出される「起業してからの生存率」ですが、創業から1年後は40%、5年後は15.0%、10年後は6.3%。 20年後はなんと0.3%の会社しか生き残っていません(←まあこの数字もほんまかいな?と思いますけどね、周りで起業した人みんな5年10年やってますからね)。

スタートアップの場合ですが、失敗して撤退する理由の第一位は「市場が存在しなかった」というものです。次に資金枯渇、人材不足、競合に負けた、などと続きますが、僕の肌感覚としても「市場がない(あるいは小さすぎる)」というのがほとんどだと思います。これはスタートアップだけでなく、企業の新規事業も同じです。

逆に今市場がなくても今後拡大しそうだ、という分野には資金が集中します。例えば、ロボットや自動運転、今流行りのメタバースなどですね。でも、ヒット製品を生み出さなければいずれ撤退の第二位である「資金枯渇」に繋がって行きます。

いずれにしても、情熱や想いだけではなんともならないということが良く分かります。市場の有無とマーケティングがとても大切です。そこを見ずに情熱と想いだけで「これやりたい」という人が多いので、ちょっと困ってしまっています。確かに成功者の本なんかには「情熱と想いが一番大切」とどこにでも書いてますけど、それは成功したから言えることですね。「諦めるまでやめない」というのも同じです。最終的に成功したから結果として報われたということです。

一方、そういう人のことをうらまやましく思うこともあります。自分が「情熱」に対して食傷気味とはいえ、やはり情熱がないと成し遂げられないこともたくさんある。今年の振り返りとして冷静沈着になり、「拡げるよりも畳む」方にシフトしつつあるとはいえ、種はいくつかある。来年は小さくても「これ」というものに出会いたいと思っています。

誰もしないお金の話

世の中的に、お金の話ってタブー視されがちです。

世の中はお金で回っているのに、それを表立って語ることは「卑しい」「下品」と思われがち。仕事にフォーカスすると、この会社は本当に儲かっているのかな、この人は本当に稼げているのかな、と思うことはあれど、それを口にすることは否とされる。

一方でやりがいや動機、哲学、心の豊かさは重要視されるし、それを声高にアピールする人も多い。もちろん、後者はとても素晴らしいことなんですけれどね。でも「思い」だけで本当にみんな、ちゃんと満たされているのだろうか。

信念がいくら立派で、気合と根性が輝くものであっても、仕事(対価として報酬、給料が貰えるもの)である以上は稼げないと意味がない。趣味やボランティアなら別と言っても、趣味やボランティアもある意味、お金がないとできないことです。ではなぜ、お金は嫌われるのか。

そんな中、noteで、このような記事を見つけました。
「多様性のある社会で、お金の価値がやけに高くなる理由」

詳しくはリンク先の記事を是非読んでいただければと思うのですが、お金や数字は多様性のある社会での共通言語であるという前提から、「お金はすべてをフラットにする」(=多様な価値観を一本化して比較できる)という表現があり、同意しました。

だからこそ、お金は嫌われるんだな、と。お金は、というより、お金でモノを測ることが嫌われる、の方が正しいかもしれません。自分がとても大切にしているものがあるとして、それをお金に換算すると「0円」と判断されるとそりゃ嫌ですもん。ほっといてくれ、これは世の中的には無価値であったとしても僕にとっては宝物なんだ、と言いたくなりますもんね。

話を元に戻して「仕事にフォーカス」してみます。

仕事という言葉も幅広いですが、先に述べたように「報酬としてお金がもらえる」仕事に特化してみると、人はなぜ働くのか、会社はなぜ存在するのか。この質問に対してまず出てくる答えは「生活費を稼ぐため」であり、その次に、やりがい、チャレンジ、製品・サービスを広めたい、仲間と一緒に、など抽象的なものがあるのではないでしょうか。たまにその逆で、自分がしたいことをして、その結果お金がついてくれば良い、という人もいますが、もしついて来なければよほどの資産がない限り長続きしないでしょうし。

であれば、やっぱりちゃんとお金の話をしないとな、と思うんですよね。

会社は会社の財務状況、財布の中身を明らかにする。
従業員であれば、雇用者と給料の話をする。
勉強のために、少額でも株式投資や積立NISAなどにお金を投じてみる。

見て見ぬ振りをするのではなく、また、経済学や財政論、経営管理論など仕組みの話ではなく、生身の金とちゃんと向き合うことによって、色々な悩みが解消されるかもしれません。人類共通の関心事であり、悩みなのに、お金についてちゃんと語られることが少ないように感じられますから。

見ている人はちゃんと見ている

不思議なこともあるもので。

2013年10月に投稿した記事「人口減少に対応して、開発した宅地を「自然」に戻していくという試みは生まれてこないのだろうか」が今年に入ってアクセスが伸びていまして。コメントもちょこちょこといただくようになりました。

先の記事で言及しているのは、いわゆる「シュリンキング・シティ」についてです。縮小する都市はどうあるべきかという視点から、山を切り開いて作ったニュータウンのような居住地が人口減少により過疎化、荒廃していくのであれば、自然に荒廃させるか、逆開発により山林に戻して行くのもありではないかという話を独り言のように書いています。住みたい人は住んでもいいが、それは公共インフラと切り離して考えるとか。

このような逆開発と経済成長をどうリンクさせるか「シュリンキング・エコノミー」のような経済モデルが存在するのか、それに対してどのような研究がなされているのかまで、ちゃんと調べるに至っていませんが(少なくとも論文はあまり見当たりません)、特に日本のように2008年以降人口が減少し続けている国は他国から土地を守るためにも何かしら手を打つ必要があるのではという問題提起をしています。もちろん地球全体で見ると人口の爆発的増加が今後も見込まれていくのは事実ですが、それは島国日本の問題とは切り離しています。

ブログを17年も続けていると、このような、誰に話すでもなく独り言のように書いている持論や持病などの話題について、一定数の方が反応してくださるのは嬉しいですね。

同じように考えている方、あるいは同じ病で悩んでいる方からコンタクトをいただくことで、共感していただいていることを実感するし、仲間がいるんだという安心感にも繋がります。

ブログ開設17年目。この一年で自分が関わる世界が劇的に広がった理由を考えてみる

毎年6月はこのブログの誕生月です。
このブログを書き始めたのが、2005年の6月。

誕生してから丸16年になり、17年目に入りました。思えば長いことやってるものです。書き始めた当初、自分が20代だったなんて信じられません。あの頃、僕は29歳で、長女は生後6ヶ月でした。それが今や、ね。月日が経つのは早いものです。

ブログを書くことは今どき流行らないとは思いますが、僕個人として続けて来て良かったなと思うのは、29歳から今までの歩みがしっかりとログとして残っているということです。

その時どんなことを考え、選択し、決定してきたのか。その積み重ねで、仕事の幅が国内から海外に広がって行き、仕事の内容も変わり、できることも増え、セミナーや講演会や大学の授業に登壇し、自分の立場も、関わる会社の数も増え、走る距離も走る場所も、ゴルフの回数も一緒に回るメンバーも、出会う人々の数も、様々な勉強会やコミュニティを通じて生み出す価値も、本当に色んな変化が起こってきました。

それらすべてが、若い頃には想像もしなかったくらい素晴らしいものばかりです。一つだけ言えるのは、その当時の僕に今の僕はまったく想像できなかったということです。ここから学べることは「自分の価値観と意思決定の軸だけしっかりしておけば、別に目標なんて決めなくて良い。結果は必ずついてくる」ということです。

今年一年の振り返り

コロナ禍が深刻になり始めた昨年3月に激しく体調を崩してしまいました。飛行機で国内外を飛び回る出張生活の疲れが出たのか、それとも、コロナ禍による世の中の激変に身体が過剰反応してしまったのか分かりません。ただ、その時の苦しみの中で僕は勝手にこう言い聞かせていました。

ちなみに今は、自分の身体が色々とアップグレードする前の脱皮のような状態だと理解していて、捨てるものと、新しく身に着けるものの間(はざま)を楽しんでいる状態とでもいいましょうか。とにかく、過渡期なんだろうなあと日々実感しています。(2020/03/02)

【笑って読んでください】一番嫌な持病が再発した今日、思ったこと。今は身体が古きから新しきにアップグレードする過渡期なんだろうなあ。(2020/03/02 記事)

結局その後、4月は毎日のように微熱が続き(PCR検査は二回とも陰性)、わずか2ヶ月で体重が8kg減少しました。この期間は本当にまったく走れない日々が続きました。

でもようやく夏になり身体も回復してくると、そこから徐々に自分の考え方も、周りの環境も大きく良い方向に変化していきました。ああ、これが「アップグレード後の自分なのかな」と徐々に思えるようになってきました。今までの自分はどこか生き辛さを感じていたのですが、急に視界が開けたというか。そして、同じような価値観を持つ仲間がどんどん増えてきました。引き寄せられてるというのでしょうか。2019年〜2020年まで本当に苦しんだのですが、産みの苦しみを乗り越え、ようやくアップグレードできたようです。長かったし苦しかったけど、ようやく出口にたどり着いた。辛かったけど、諦めずに頑張ってきて良かった。

昨年末にはこのようなことを書いています。

枠にはめ込まれるという窮屈な価値観や、お金や土地や地位を持っている人がえらいという旧時代の価値観は消えてなくなります。「勝ち組、負け組」の定義は、その人が今、幸せと感じているかどうか。

所有よりもシェア。密よりも疎。囲い込みや制限よりも開放。物質的な幸福より精神的な充足。管理よりも信用、お金よりも人とのつながり。

今まで生きづらさを感じていた人が、これからは生きやすくなる理由について(2020/12/30 記事)

みんな違ってみんな良いという価値観。人を大切にし、働き方の選択ができる会社が伸びるということを書いた時、僕がすべきことはこれだなと確信しました。そして、今年2021年の年頭に掲げた目標は「儲からないことに一生懸命」というテーマです。そして、本当にそのことを実践してきました。

今年に入って母を亡くし、辛い日々もありましたが、春以降、すべてがうまく回るようになって来ました。それも劇的に。数えるとキリがありませんが、仕事はもちろんのこと、社会課題と国際問題を解決するために大学と行政が中心になって提言する勉強会に参画させていただいたり、ベンチャー企業やスタートアップスのアドバイザーの依頼も増えました。本気で変えたい、本気でこうありたい、という人たちのお役に立てることができるのは本当にありがたいことです。

そして、これらはコロナ禍による「オンライン・コミュニケーション」の中で生まれたものです。オンラインがここまで定着しなければ、僕は毎週のように東京に行かなければならなかったでしょう。でも、オンラインだからこそ、時間と場所を選ばず、様々な人と繋がることができました。

最近本当に思うのは、この大きな変化の中で、波に乗れた人と乗れなかった人の差があまりに開いてしまったことです。毎日笑顔でニコニコいる人と、暗い顔をして、こんなはずじゃないのにと眉間に皺を寄せている人にくっきり別れてしまいました。自分はどっちにいるでしょうか。何が間違っているのでしょうか。もし間違っているのなら、なぜ変われないのでしょうか。これはみんなが自問すべき課題だと思います。

僕はもうね、とにかく毎日ワクワクしています。
来年なんて一体どうなっているだろう。どんな素晴らしい未来が待ち受けているだろう。楽しみで仕方ありません。

そんなこんなで、17年目に入ったこのブログですが、まだまだ続けて行きたいと思っています。大した内容もなく、ネットの過疎にいるようなサイトですが、17年目もお付き合いいただければ幸いです。

一年先に何をやっているかなんて分からないし、決めなくて良い

金曜日の夜、心地良い風が吹き込んできます。

日中は暑かったですが、仕事が忙しくてずっと自宅に引きこもり。唯一のリフレッシュは風呂上がりの夜に窓を全開にして涼むこと。あー気持ち良い!


ふと自分のキャリアを振り返ってみて思うのですが、一年先に何をやっているかなんて自分でも分からないし、逆に決めなくていいなと思うのです。自分の場合、仕事面ではITや技術の枠は基本的に出ないものの、その中で新しい分野に進出しては誰かに引き継ぎ、また新たな分野に進出して切り開いては誰かに引き継ぐ。

こういうことを何年もずっと繰り返してきたように思います。
だから来年どんな仕事をしているか分からないし、それがまた楽しいと思える。不安はない。今までもずっと成功してきたじゃないか。

直接仕事に関わらないプライベートの活動でも、いつの間にか色々なコミュニティに属している自分がいます。今年のプライベートのテーマ「お金にならないことに一生懸命」を地で行っていると、新たな出会いやお声掛けもたくさんいただき、社会課題を解決するために大学が中心となっている産学官民連携の活動に参画したり、新たな地域コミュニティに参加したりして毎月のように新しいネットワークが繋がり、出会いの中から新たな人脈も生まれています。

不思議なのは、これらは自分から動いて獲得したというよりも、敷かれたレールの上に乗っているというような感覚なのです。自分がしていることは、根本の芯だけをぶらさずにしっかり持っているということだけ。勝手にレールが目の前に敷かれている感じ。

あとはレールに乗るだけで、何もしない。
焦りもしないし、どこに行きたい、という目標や目的地も持たない。

良い意味でこだわりがない。

自分はこうありたい (こうなりたい、ではなく)、こういう社会にしたい、こういう価値観で生きて行きたい。そこさえ間違えなければ、成長曲線に勝手に乗せてもらえるような感じです。株と同じで、好きな会社を見つけて投資したら、あとはほったらかしにしておくといつの間かすごい利益が出ていたというのと似ています(ちょっと違うか)

そういう意味で、来年の目標とか数年後の目標とか決めなくて良いのではないかと思っています。その時その時で起きる出来事、開かれる道、出会う人々を大切にするだけ。

それだけで上手く行くと思えば、肩の力が抜けて、とても楽になります。
明日はどんな出会いがあるのか、何が起こるのか。

ワクワクしますし、毎日をとても楽しく過ごすことができています。

ダメなところは今のうちに全部出しておく

昨日、ニュースで衝撃の数字が出ました。
2020年のGDPがマイナス4.6%、2021年1-3月期マイナス5.1%。

衝撃の数字です。一市民が心配しても仕方ないのですが、日本のGDPが約550兆円なので、昨年だけで25兆円が消えてなくなったという計算になります。前年比で毎月2兆円〜3兆円が消えているという計算です。そのお金はどこに行ったのでしょう?単純に消えているのです。

ただでさえ30年間ゼロ成長の日本についにダメ押しか?というようなマイナス成長。そこへ来てワクチン接種率は世界100位以下で途上国と同じ水準。あまりネガなことは言いたくないのですが、日本のダメなところがコロナで一気に噴出したという形でしょうか。

ダメなところというのは、意思決定の速度が遅い、リーダー不在、外交力弱い、安全保障弱いという点です。加えて、キャンセルで余ったワクチンを町長が打つだけでニュースになって釈明しなければならないような極度な平等主義(国民全員、欲しがりません勝つまでは精神)と足の引っ張り合いが事態をより悪化しているような気がします。自治体のリーダーがワクチン打つなんて、その職の代わりがいないんだし当たり前のことでしょう。何が悪いんでしょうね。事前にルールを作っておけば良いという意見もありますが、非常事態なんだから臨機応変にやるのが普通。人が5人いてワクチンが3つしかない場合、日本人の場合は全員が我慢して3つのワクチンを捨てちゃうんでしょうかね。(全部がそうとはいいません)。

こういう状況を目の当たりにすると映画「シン・ゴジラ」の一場面を思い出します。

内閣官房副長官の矢口(長谷川博己)が「米国はゴジラをどうする気だ?研究対象か?それとも駆逐対象か?」と尋ねたとき、米国大統領特使のカヨコ・アン・パタースン(石原さとみ)は「それは大統領が決める。あなたの国では誰が決めるの?」と返したシーンです。この一言が今の日本を表しているような気がします。

GDP減少はコロナの影響が大きいですが、時代は変わったとはいえ、出る杭を打つというのももうやめにしたいですね。評論家は評価されず、手を動かした者が評価されるべき。僕がシリコンバレーで学んだことは、下手クソでもローテクでも何かを作った人がリスペクトされるという精神。新しいことをリスク背負ってやろうとしている人は全員で応援すべきだし、やはり次の時代を作るのは若者です。コロナ対策も若者中心、若者ファーストに考えていかないとね。

賛否両論あるでしょうけど、ピンチの時こそ真価が問われる。
逆に考えれば、ダメなところは今のうちに全部出し尽くしておけばいいのかもしれません。

災い転じて福来たる。
雨降って地固まる。

諦めないように。

参考:「ピンチの時こそ、その人の器の大きさが見える」(2020年4月7日記事)

持論と共感の関係について

今日は神戸ラン。いつもの国道コースではなく、ちょっと気分を変えてみたかったので山手幹線(阪神間を東西に貫く山の手の道路です)をラン。このコースは気持ち良い。気になった路地や森など、自由気ままに立ち寄りながら三宮方面へ。

結局、芦屋→岡本→六甲八幡神社→水道筋商店街→王子動物園→新神戸駅→異人館→三宮という15kmのラン行となりました。今日のヘッダーイメージ写真は、王子公園の神戸文学館です。今日は単独ランでしたので、疲れた脳を空っぽにしながら走ることを心がけました。それでもあれこれと考えるものです。

最近のテーマは「結局人間ってわがままな生き物だよな」ということです。

みんな勝手に考えて勝手に行動して。当たり前のことなんですけどね。悪いのは、それをあたかも正論のように押し付けること。これがいけない。

考え方が人それぞれなのは当たり前。世の中に誰一人同じ人はいない。みんな個性があるし、生い立ちも違うし、育つ環境も違います。その中で人格が形成がされてゆき、経験の中で学びながら成長するので考え方が違うのも頷けます。ある人は卑屈でネガティブな考え方かもしれないし、ある人はおおらかで余裕があるかもしれない。仕事に対する考え方も経営に関する考え方も人それぞれ。みんな持論があるからこそ、面白いのですよ。譲れないものもありますしね。

先日、アマゾンプライムでジム・キャリー主演の映画「イエスマン」を見たのですが、超ネガティブで人のことを信用しなかった銀行員が、すべてに「イエス」というようになってから幸せな人生を歩み大成功を収めるというストーリーでした。このなんでも「イエス」というのも「ノー」というのも一つの持論なわけですが、結局はその人の考えであり、それと相反する人がいるのも事実。大切なのは、自分と異なる考え方を受け入れるということです。

どうしても、自分の意見を相手に押し付けたければ、共感ができるようにしなければなりませんね。共感してもらうということはとても大切なことです。結局その考え方の良し悪しは、共感する人の数の多さで決まります(死後、認められるというケースもありますが、当の本人には関係のないことです)。

僕はその人の「人徳」を見る時に、その人が「利害関係のない仲間をどれだけたくさん持っているか」を見るようにしています。これ、間違いないです。お金や仕事の繋がりで人脈があるのは当たり前。大事なのは「利害関係がない」ということ。みなさんもその目線で見てみてはいかがでしょうか。

理由は簡単。その人の言動が共感を生むから、周りに人が集まるんです。大衆迎合や人気取りのために無理してやっている人もちゃんとバレます。自分では分からないかもしれないけれど、周りの人間ほどよく見ているものです。所詮メッキは剥がれますから裏表のある人も残念な結果になります。

ローマは一日にしてならず。
相手の立場に立って物事を考え、感情移入し、違う考え方は受け入れつつ、お互いを認めつつ、自己研鑽に励む。自戒を込めて。

そんなことを考えながらのランでした。

主役になれなければ、名脇役になればいい。

「主役になれなければ、名脇役になればいい」
作家、流音弥さんの言葉です。

みんな子供の頃から「やればできる」と当たり前のように教えられて育ちますので、どんなことでもやればできるんだと思ってしまいがちです。しかしほとんどの人が経験しているとおり、現実の世界ではやってもできないことの方が圧倒的に多いことは自明の事実です。

書店に行くと有名な経営者が書いた本がずらりと並んでいます。どんな本でも「成功するまで諦めない」とか「努力はすべて報われる」と書いていますが、それは成功者の言葉だからですよね。結果として成功したからどんな紆余曲折も◎になるわけです。しかし、世の中には成功者の言葉しか残らないので、圧倒的大多数の一般人の言葉は広まりません。「やればできる」とみんな思います。そして、そんな言葉に勇気づけられることは素晴らしいことだとも思います。仮に無駄になったとしても、そこに向かう努力も人生に彩りを与えてくれるでしょう。

でも、人にはタイプというものがあります。
得意なこともあれば、不得意なこともある。

大切なのは、自分が有名になるとかトップになるとかよりも「自分の長所を伸ばし、活かす」ということなのだと考えています。成功への近道は、出来ないことを無理して背伸びして追いかけるのではなく、自分の長所と強みを見つけること。それを早く見つけて伸ばせる人が成功すると思います。

悲しいかな、立派な大人でも「なりたい自分」「こう思われたい自分」を追いかけ続けて、痛々しいくらい去勢を張っている人もたくさんいます。出来ないことは諦めて、自分の器の大きさを受け入れ、出来ることを人一倍がんばる方がよほど幸せなのに。

寒風が吹く海辺をランニングしながら、どうにもならない自然の厳しさに凍えるだけの自分を感じながら、そんなことを思いましたとさ。やれることをコツコツと。

地元の川も凍ってしまうくらいの寒さでした。

タイマーで自撮りしてみたり

「人の関心は、その人の本音に向かう」2020年のブログのアクセスランキングは、本音全開の記事が上位を締めました

人の関心は、その人の本音に向かう。

先日一緒に飲んでいた友人に「あなたが自己開示して本音で書いた記事は面白いよね。きっとアクセスも多いと思う」と言われましたが、確かにそういう記事のアクセスが多いのです。

より本質志向が加速し、個としての強さと多様な幸せの形が求められているこの時代。固定観念に縛られたり、過去の成功体験にすがっていてはやがて沈んでしまう。でも、そういうことをはっきり語るのは抵抗がある。今年投稿した100以上の記事のアクセス数を集計しながら「分かっているけど、なかなか言えない」という思いを、僕が代弁したような記事のアクセスが顕著に多いことが分かりました。

それでは、ランキングを発表してみます。

まずは仕事編。

【第一位】
社内での評価が低い・・・出世できない・・・その原因は何でしょう。答えは意外なほど簡単なんです。(2020/05/04)

リーダー・マネジメント層向けに書いた記事で、1000pvを超えました。シェアも多く、中には社内で回覧してくださった方もいらっしゃいました。指導された後、誰に相談しにいくかによってその人の素質を見定めることができます。また、優秀なマネジメントは、以下のパフォーマンスにより組織と働く人を幸せにします。

①利益を上げるための意思決定を迅速かつ正確に行うこと
②チームメンバーの士気を上げて彼らのパフォーマンスを上げること

【第二位】
ピンチの時こそ、その人の器の大きさが見える(2020/04/07)

950pvの記事です。コロナ禍によるロックダウンという今まで経験したことのない事態に直面した際、その人の器がはっきり見えました。特に企業のトップはこういう時にどう動くか、どう考えるか。それによってリーダーとしての資質が問われた時期でもありましたね。順調な時はみんな良いこと言うのですが、ピンチの時こそ、人の真価が問われるものです。

【第三位】
3, 変化に柔軟に対応するって、具体的にどうすればいいの?(2020/2/16)

今までのやり方が正しいか間違っているかは数字が判断します。優秀なリーダーは過去の成功体験に囚われたり投資回収を目的として優柔不断に事業を継続するのではなく、タイミングを見極めて迅速にピボットします。それが「変化に柔軟に対応する」ということです。第二位の記事と同様、900pvを超える記事となりました。

【第四位】
4, ビジネスに客観的視点と、ダメなら方針を変える柔軟性が必要な理由について考えてみる(2020/01/27)

サンフランシスコ行きの飛行機に搭乗する前に関空でエントリーした記事です。第三位の記事と同様の内容です。今年の僕のテーマは「ピボット」だったようですね。笑

【第五位】
5, ビジネスの世界において「がんばってます」が評価されない理由について(2020/10/20)

これもいろんなところで多くシェアしていただいた記事となりました。知的労働者の長時間労働に対する評価を全否定し、結果を生み出すための方法を書いた記事です。

「知的労働による結果が出なければ、やっている意味がありませんので、これはまったく評価の対象にはならないのです。(あるいは経営者が昭和な人間であれば、その古い価値観で気に入ってもらえるというのはあるかもしれませんが、決算の数字を見て直近3年右肩下がりなのであれば、時代に取り残されて淘汰されつつあるので別の意味で気をつけた方が良さそうです)」

「大切なのは、自分の仕事にゴールという旗を立てること」

この内容に共感をいただくこととなりました。


次に、プライベート編。
面白いことにプライベートの内容の自己開示も関心が高かったようです。

【第一位】
「・・・おおお、俺の英語通じたぞー!!!」(おじいさん)の嬉々とした表情に癒やされた毎月恒例の多国籍ゴルフ会(2020/09/13)

月イチラウンドしている外国人エグゼクティブたちとのラウンドの一コマ。普段外国人と触れ合うことのない三重県の名張カントリークラブのおっちゃんたちの嬉々とした笑顔に癒やされました。なんとこの記事が1200pvを記録し(なんで?)全体の第一となりました。笑

2, 【笑って読んでください】一番嫌な持病が再発した今日、思ったこと。今は身体が古きから新しきにアップグレードする過渡期なんだろうなあ。(2020/03/02)

昨年末からの体調不良に追い打ちをかけるように、メニエール病が再発した時の絶望を全力で吐き出した記事です。これも1000pvを超えました。あの頃のボロボロだった自分からようやく「アップグレード」が完了し、今は健康、快調!脱皮後の新しい自分を楽しむことが出来ています。明けない朝はない!ということですね。

あとは、PCR検査を受けた時の話とか(二回受けて、結果二回とも陰性)もアクセスが多い記事となりました。

いずれにしても、本音で語るということは大切なことです。
僕自身も自分が書いた記事を読み返して奮い立たされるということもあります。

来年も本音全開で、みなさまのお役に立てるような記事をエントリーしていく予定です!どうぞよろしくお願いいたします。