いつも私を癒してくれる、如月麟 さんから「イメージバトン」が回ってきました。麟さんは癒し系であり、尊敬するグラフィックデザイナーであり、シナリオライターさんでもあります。言い換えるなら、「才能のデパート」と言えましょう。←(何を期待しているのか)
さて、回ってきたバトンは「イメージバトン」。
与えられたテーマに対する自分イメージを語るというものです。
あくまで主観的なイメージなので、突っ込みどころ満載かもしれませんが、
気になさらず。
テーマは、「常識」。
さて、「常識」を辞書引くと、「一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力」と定義されています。所謂、「common sense」のことですよね。ただ、日本語の場合は、常識といっても非常に幅広い意味を持ちます。「公共のマナー」、「人が生まれながらにして持つ良心」「一般知識」「みんな知ってること」などでしょう。
さらにこの言葉を厳密に定義しようと思えば、前置きとして「時代区分、地域区分、一つの時間軸に並ぶ、一定の人間集団の中での」一文が必要になります。以下に例を示します。
例えば、時代区分で言えば、江戸時代の人の常識と、平成の時代に生きる人の常識は違います。地域で言えば、日本人の常識と、アメリカ人の常識の違いもあるでしょうし、時間軸で言えば、その時その場所にいるかいないかで、持つ常識の違いが生まれます。
また、「常識」というよりかは、「ジョーシキ」の意味の方が近いのを承知の上で言えば、以下の場合も「一定の条件を満たした人間集団」の例になるかもしれません。
ある小学校の6年1組では、2時間目の授業中、先生のチャックが全開になっていました。もちろん、みんなそのことを知っています。でも、たまたま遅刻してきたA君は、「みんな知っていること」を知りません。友達から、「お前知らんの?ジョーシキやで?」と言われることになります。彼の場合、「同じ時間を共有できなかった」という理由で、区分から外れてしまったのです。
さらに、「主観的」か「客観的」かで、その言葉の持つ意味も随分変わります。
このように考えていくなら、常識を語る際には、まず「セグメント」という膨大な作業が発生する可能性があります。一定の条件下に集団を分類していかなければならない。これは「常識のイメージ」を語るというテーマに置いては非常にナンセンスですので、ここは話が逸れる前にまとめたいと思います。
僕の考える「常識」とは、
「どこの誰とも仲良くやっていくことのできる能力、バランス感覚、センス」
のことだと思います。
幾分、強引で乱暴ですが・・・(>_<)
始業前の20分間で書くのはツライっすよ、麟さん。
さて、このバトンのルールは、
次のテーマと誰に回すか決めることも求められています。
次のテーマは・・・
「お洒落」
回す人は・・・やはりアメブロガーの中から、
あと、のりさんも。
ネタがなければ是非受け取ってください。
がんばって書いてね。フフフ。