ここ一番で・・・ポルナレフ状態に


新幹線から見える富士山が楽しみだ。

日本人としてDNAに刻み込まれた何かがあるのか分からないが、富士山を見ると、なんだかとても幸せになる。そして元気をもらえる。日本に生まれて良かったとすら思うこともある。

富士山を車窓から見るために、往路・復路共に山側の「E」席を必ず確保するようにしている。しかしそのような情熱をもってしても、今年は一度も美しい富士山に巡り会うことができていない。2014年。なんて年だ。

だいたい月に一回は新幹線に乗っているにも関わらず、毎度、雨か曇りかガス。そこに富士山があるかどうすら確認できないほどの天候ばかりで、正直ゲンナリしている。

昨日も、台風一過で空はクリアなはずだった。しかも大阪や名古屋は晴れていたのにも関わらず、静岡から東京にかけては雨(なんでやねん)。もちろん富士山も裾野すら見えないほど完璧にベールに覆われていた。

まあ、今年はこんなもんかな・・・と思いつつ、その日のスケジュールをこなして溜池山王のホテルで一泊。

(写真は総理官邸。溜池山王や赤坂などにいると、日本が法治国家であるということを再認識できる。当たり前だけど。)


そして今朝。

Yahoo!ニュースでは、初冠雪の富士山の美しい写真がトップに踊り、「今日は秋晴れ」とある。

どのニュースやサイトを見ても、そこには完璧な姿の富士山が掲載されている。しかも、どの写真も「今朝6時の富士山」「今朝9時の富士山」など、まさに今、採れたてピチピチの富士山がそこにあるのだ。

完璧じゃないか・・・


読売新聞へリンク

今日の予定が全て終わるのは夕方。
急いで新幹線に乗れば、日没前の富士山に巡り会えるかもしれないと思い、iPhoneで座席を確保。運良く「E席」を取ることができた。

そして予定どおり打ち合わせを終え、新幹線に飛び乗る。
外は薄暮。東京から新富士までは一時間もかからない。

窓にもたれてイヤフォンでColdplayを聴きながら、メールチェックをする。新横浜を過ぎ、熱海も過ぎた、あともうちょっとで三島、そして、いよいよ新富士だ・・・と思ってパッと外を見ると、

静岡を新幹線が通過しているところだった。

・・・何が起こったのか、全く分からなかった。
まさに「ポルナレフ状態」

やってもた。

あんなに楽しみにしていたのに、夕陽に染まる初冠雪の赤富士を想像していたのに、どうやら、熱海を過ぎた辺りから寝落ちてしまったらしい・・・

本当に、なんて年だ。

個人メディアの時代に最終的に残るものはなんだろう


東京、首相官邸前のホテルからの更新。

あ、写真は新宿。


面白い記事に出会った。

「世界は、ミレニアル世代の「自己顕示欲」が社会を揺るがす時代に突入している」(Wired)

記事を承前として話を進める。
社会学的アプローチをしなくても、(少々世代は離れているが)SNSとデバイスを使いこなしているこの世代の一人として、この分析はとても共感できる点である。

仮にSNSのタイムライン上でセルフィーしなくても、ブログのような個人メディアで言いたいことを発信し、それをRSSでSNSのタイムラインに投稿するような間接的な使い方でも、効果は同じだと考える。

確かにSNS上でのセルフィーやタイムライン投稿は「自己顕示欲」であるかもしれないが、人によってその理由は様々であろう。単純な自己顕示かもしれないし、ブランディングという名のストラテジーかもしれない。ちなみに僕の場合、ブログを2005年から続けている理由として、大きく二つを挙げることができる。それは、

1,何かをインプットしてアウトプットすることを習慣付けるためのツール
2,ライフログ

である。そもそも、書くということに関しては素人だし、人様に何かを伝えたいと思うほど立派な考えを持っている訳でもない。ブログを書いていて仕事が増える訳でもなければ、取材されるようなこともない(厳密に言うと、仕事で取材は受けたことはある)。でも、結局のところ、(対外的というよりは)自分のためであるということが一番大きいポイントだ。

そういう意味では、先の記事に出ている「ミレニアル」な人々とはちょっと違うかもしれない。自己顕示ではないような気がする。しかし、これからの世界を「労働力としても消費者としても」ミレニアル世代が席巻していくのは紛れもない事実として受け入れなければならない。

それが今後のスタンダードになるのであれば、それを受け入れつつ、どういうアプローチが出来るかという点が色々とポイントになるのは明白だと思う。僕は少なくとも、数年前からそう考えているし、メーカーやサービスプロバイダーの一方的な押し付けは通用しないし、基本的に効果がないことも知っている。共感マーケティングというのは、あまりに稚拙なワードだけれども、でも、そこを考えなければこの先、供給側が生きていくことができないのも明白だとも思う。

難しい時代だけど、結局は、コンペティターを凌駕する製品とサービスを作ったものが勝つという普遍的真理は今も生き続けるのではないだろうか。

逆風に向かって走る時に思い出す一文がある


時折吹く突風にバランスを崩しながら、海沿いを走る。

雨が降れば引き返そうと思って、家を出た。出来るだけ走れるうちに距離を稼いでおきたいのが本音だ。少々の風くらいなら、走る分には問題ない。

もうすぐ大阪や神戸マラソンといった大きな大会が近づいているからなのか、こんな天候でもランナーは結構いる。明らかにタイムを狙っているランナーもいれば、完走目的のランナーも。長いこと走っていると、ペースや表情でこの人がどのレベルのランナーなのか大体分かるようになってくる。


少し気分を変えてみようと、いつも履いている「lunar glide」ではなく、ハーフマラソンなどのレース用にストックしている軽量の「ZOOM SPEED RIVAL +」で走ってみた。ソールが厚くてクッション性の高い lunar glide とは違い、ソールが薄くて軽い分、しっかり地面を捉えて走れている感じがして気持ち良い。でも、クッションが薄いと膝や脚の痛みが出るのが怖いので、また普段の練習は、lunar glide にしようと思う。併用が一番いいかな。


とにかく今日は風が強くて、海洋体育館に係留してあるヨットのマストに風が当たってヒューヒューと音を立てている。イヤフォンをしながら走っていても、風の音がうるさくて、サラ・ボーンの歌声も、1km毎にラップタイムをアナウンスしてくれる「Run Keeper」の女性の機械音も聞こえないくらい。

逆風の中を走るというのは本当にキツい。

走っても走っても全然進んでいる感じがしない。ティーグラウンドで超アゲインストの時に会心のティーショットを放ったつもりでも、全然距離が出ない時に良く似ている。ちょっと歩いて休憩しようかなと思うけれど、そんな時に思い出すのが、村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)」で彼が書いていた、

「マラソンは走るスポーツである。もし僕の墓碑銘なんてものがあるとしたら、[少なくとも最後まで歩かなかった]と刻んでもらいたい」

との一文だ。

僕は普段走っている時も、マラソン大会の時も、歩くし休む。ただ、かっこ悪くてもいいから3時間台でゴールを目指すだけの市民ランナーだ。でも、彼のフレーズは常に僕の頭の中にあって、ヘコタレそうな時に背中を押してくれる一言になっている。今日も台風が近づく逆風の中でそのフレーズを思い出していた。

今、外はすごい雨。
今日は家でゆっくり過ごすのが正しい選択の模様。

【iPhoneギャラリー】空と雲の造形が美しかったので撮ってみた


薄暮ランの良いところは、刻一刻と表情を変える空の色を楽しめること。

夕方16時半から18時半、20kmランニング中にどんどん表情を変えて行く空をiPhoneで撮ってみました。台風接近中だからかな?不穏な空模様が一段と魅力的です。

最も偉大な ジャズ・ピアニスト TOP10 ランキング が気になった

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その時に気分やシチュエーションにもよりますが、BGMにはJAZZを選択することが多いです。今日もitunesに入っているたくさんの曲をA33に飛ばして流していたのですが、

そういや、JAZZの歴史において最も偉大なピアニストは誰なんだろう

と気になり始めました。こういうランキングは、多数の音楽雑誌によって企画されていますし、その時代によっても変わるし、商業的成功で見るか、JAZZというジャンルの形成過程においてどのような影響を及ぼしたかなど、人の観点によって変わるものであることは重々承知。でもJAZZ Piano の巨人といえば、大体予想できますよね。ある意味、期待を裏切らないのではと思いつつ検索してみると、幾つかのサイトが見つかりました。

例えば、こちら。

The ten best jazz pianists of all time ( Aug. 27 2013 Denver Westword)

ほらね、Ahmad Jamal、Oscar Peterson、McCoy Tyner、Bill Evans、Chick Corea、Keith Jarrett、Herbie Hancock・・・レジェンドがずらり。
トップ3には、Bud Powell、Thelonious Monk、そして、視覚障害でありながらものすごいテクニックを誇ったArt Tatum。大方予想通りです。特にトップ3はJAZZの歴史的人物ですね。

こちらのランクでも、Art Tatum が一位。二位には、Bill Evans と Herbie Hancock がタイで入っています。あとは、大体顔ぶれは同じ。

Bill Cunliffe’s top 10 jazz pianists of all time (MARCH 29, 2012)

僕は特に、Bill Evans と Keith Jarrett が大好きなので、この二人がランクイン(当たり前だけど)しているのはとても嬉しいことです。現時点ではそうかもしれないけれど、例えば、あと10年後とか、20年後には、どんな人達がランクインしているんでしょうね。時代と共に変わっていくのでしょう。それはそれでとても楽しみでもあります。

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という訳で今日はその中から Herbie Hancock – Maiden Voyage をペタッとしておきます。

“maiden voyage” つまり「処女航海」ですが、この曲は「さあ行くぞ!」というよりは、不安気でどこか物悲しい中にも期待を秘めてそうな感じ。秋にぴったりのしっとりした曲だと感じます。

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読んでる本が面白くて仕方ない


ちょっと読んでみそ、と薦められたので、リリー・フランキーの本を読んでいる。

今更感満載だと思うのですが、今まで読んだことはなかったのでした。この本も2005年初版発行だから随分前のものですね。

美女と野球 (河出文庫)

通勤電車の中でパラパラと読んでいるとニヤニヤしてしまうのでマズい。かといって、しっかり腰を据えて読むというものでもないような気がするし、良い意味で物凄くバカバカしい内容からしてもそういう読書の仕方は逆に失礼じゃないかと思ったりしていると、消去法的に通勤電車となるわけです。

で、ここ数日の行き帰り電車はスマフォから離れて、読書。

ニヤニヤ、ニヤニヤ・・・プッ!!!・・・
あ、あかんあかん。

変な汗をかいています。


三連休の後半は超ド級の台風が直撃するようですが、ここ最近は割と天候が良いということもあって、平日の2、3日は朝ランをしています(今日はお休み)。起きた時間に合わせて、6kmの時もあれば、10kmの時もあるけれど、平日に少しでも距離を稼いでおくと月間距離が伸びて助かる。この一ヶ月、久しぶりに月間走行距離150kmに到達しました。

ようやく走れる身体に戻ってきたような感じ。

それでは、週の最後、金曜日。
しっかり頑張りましょう!!

71歳の御大に学ぶ「したいことがありすぎて」ワクワクして夜もなかなか寝付けないような生活


ライフストーリーが好きだ。

自己啓発書やビジネスのノウハウ本を読むのなら、人のライフストーリーを読む方が余程楽しい。そういった意味では、AppleやGoogleなど成功企業を外から取材してまとめられたような本も大好きである。

さて、最近読んだ記事で面白かったのがこれ。

『ビデオゲームの父』が語るゲームと学習の今後、ATARI、BrainRush創業者Nolan Bushnellへのインタビュー (TECH WATCH)

僕は「アタリ」という社名にノスタルジーを覚えるような世代でもなく(僕達はファミコン世代だ)、アタリと聞いて思うのは、スティーブ・ジョブズが40番目の社員として入社したこと、新人のクセに尊大な言葉をまき散らしながら裸足で風呂にも入らず社内をほっつき歩いていたこと、この会社で与えられた仕事をウォズにやらせて報酬をピンハネしたことなどのエピソードでアタリを知っているだけである。

しかし実際に、このインタビュー記事の中で創業者のノーラン・ブッシュネルが語る言葉を読んでいると引きこまれてしまった。ゲーム業界の生けるレジェンドであるノーランを語るのにこの記事はあまりに短すぎるし、もっともっと色んなことを聞きたい、知りたいという欲求が沸き起こる。

特に印象的だったのは、御年71歳、ビデオゲームの父と呼ばれる彼のこの言葉だ。

<記事引用>

『僕は死ぬまでにあと12個のビジネスをつくりあげると決めている。今までに22のビジネスに携わり築き上げてきた。4つのビジネスに失敗し利益のでないビジネスも他にいくつかあった。それでもキャリアからのリタイアは僕にとって死ぬのも同然なんだ。まだまだやりたいことがありすぎる。将来何十年先にくるであろう未来をもっとはやく実現したいし、常に未来を生きていたいからね。』(TECH WATCH)

彼の年齢の半分程度、現在38歳の僕は同じような気持ちで日々を過ごしているだろうか。やりたいことが多過ぎて、毎日ワクワクして夜もなかなか寝付けないような生活をしているだろうか・・・ 楽しいこと、ワクワクすることも多いけれど、実際はそうでないことの方が多い。この状態は、まさに「猛省」の一言に尽きる。なぜなら、どうせ元気で生きていて、一日10時間仕事をしているのなら、常にそうでいたいではないか。

シリコンバレーに出張することはあっても、現地で住んだことも、勤めたこともない僕にとって、ノーランが育ったその風土がどんなものなのかは分からない。ただ、失敗しても何度でもチャレンジできるという文化がDNAレベルで根付いているというようなことが、梅田望夫さんの「シリコンバレー精神」に書いてあったような気がする(うろ覚え)。

もしそういう文化なのであれば、日本のような終身雇用とは対局に、やりたいことをやって、失敗しても何度でもチャレンジするという生き方がごく自然に出来るのだと思う。成功しようが、成功しまいが、こんなに楽しい人生はないだろう。


冒頭に触れたので、この機会に、幾つかお薦めの本を紹介しておく。
どれも業界の人なら知っている、スーパーメジャー級に有名な本ではあるけれど、良いものは良い。

1,社員をサーフィンに行かせよう

昨日書いた記事ともリンクするが、環境企業として名高いアウトドアブランドの「パタゴニア」創業者の経営哲学。普通の企業が絶対にしないような、自分達の商品なのに「この製品は買わないで」というようなキャンペーンや、平日の勤務時間でもいつでも社員はサーフィンに行っても良いというルールなどを実施し、成功している。人生観が変わる(読み過ぎると、現実との差異に悩むので要注意)経済書。

2,icon スティーブ・ジョブズ 偶像復活

先のアタリでのエピソードも、僕はこの本を通して知った。544ページという分厚い本だけれど、何度も読み返したくらいの名作だと思う。ちょっと気分が落ちた時などに読むと、また元気になったりする(多分、僕だけ)。

3,グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ

Googleのインサイドに迫る本。これもとっても面白い(世界を本気で変えようとしている戦略は時に怖い)。こちらも632ページを超える大作だけど、全く飽きないでジェットコースターのように読める。サーゲイとラリーは二人共「したいことを徹底的にさせる」モンテッソーリ教育を受けた点にも注目されているけれど、実は僕もモンテッソーリ教育で有名なマリア幼稚園の出身だ(笑)。同じ教育を受けているはずなのに、なぜこうも違うのか、なんて思ってみたりして(笑)

クレイジーな発想は「常識」という無価値な壁をブレイクスルーする


ハフィントン・ポストから。

クレイジーな人々が新しい時代を創る!「ダム撤去」を常識に変えた”ダムバスター”

ダムが環境に及ぼす影響を懸念する人々がダムを撤去し「川を開放する」という運動のドキュメンタリー。実際に過去20年で約850基のダムが撤去され、生態系が取り戻されつつある。クレイジーと言われる人々の発想が、今の時代だからこそ必要とされる。これは僕も常日頃考えている「シュリンク」と「散らかしたものを片付けるというビジネスモデル」とも(比べるのは恐れ多いけれども)リンクする。また、「環境経営」のお手本として、MBAの教科書に必ず載るパタゴニアの経営戦略も思い出される。(参考:「ぶれない環境経営がブランドになったパタゴニア 時代が会社に追い付いてきた」– 2014/6/2 日経ビジネス)

時代は変わる。今「常識」と言われていることは、いつどの時代に設定されたものなのか。その時代背景と、今の時代とは同じなのか。

貨幣価値は?
人口は?
街は?
ワークスタイルは?
家族構成は?
経済は?
インフラは?
産業構造は?
市場規模は?

多角度的かつ比較して考えるなら、今、「そんなの常識」と言われていることが、いかに古いかがよく分かる。僕達が子供の頃と、自分達の子供が生活する環境は全然違う。たかだか30年で、全然違う。違いに気付き、個人で責任を取らないための言い訳となる「常識」と、集団主義的な固定観念などの、余分かつ不要な要素を取り除き、濾し取り、最終的に残るであろうものは何か。それは、社会でも、仕組みでも、人間でもなく、「自然のサイクル」である。数百年後に人間が「絶滅危惧種」として認定されないという保証はどこにもない。

そういうことを学ばされる気がする。


今日は久しぶりに鈍重から開放されたので、帰宅前のカフェ勉タイム。
従って、ノンアルコール。

週明雑記 〜 酒場放浪、島暮らし


台風一過のクリアな空が好きな人は多いと思う。
まるで空に掃除機がかけられたような気分になるから、気持ちもスッキリする。


低気圧が過ぎ去ったにも関わらず、どうにも調子が良くなかった今日。重たい頭を抱えながら歩かなければならないような時、気をダランと抜いて見れるような番組が好きだったりする。

その一つが、「おんな酒場放浪記」

BS-TBSで放送している、とてもダラダラした番組だ。

コピーも「酒場という聖地へ 酒を求め 肴を求めてさまよう・・・」というダラけたもの。

でも、この番組が僕は大好きである。酒豪を自称する女流棋士、モデル、カメラマンなどが居酒屋にフラッと入って常連と交流しながら酒を飲むだけの番組なのだけど、これがまた、同じく「酒場好き」の僕からしたら、その雰囲気がとても心地よくて、ああ、出張先や旅先でこんなことが出来ればいいなと、自分の中の妄想と重ね合わせてバーチャルトリップを楽しんだりする。そして、そのような時はバーよりも居酒屋や小料理屋がいい。


どこからが「アル中」なのか「そうでない」のか、その境は分からないけれど、外飲みじゃなくても、家でも必ずウイスキーをソーダで割って何杯も飲むし(今日のような鈍痛の時は、着替えもせずに真っ先にキッチンにいって冷凍庫で冷やしたサントリー角瓶を取り出す)、それすら我慢できない時は、最寄駅前のコンビニで缶ハイボールを買って、家までの徒歩3分の間にぶらぶらと飲みながら帰ったりする。だから、夜にブログを更新する時は、必ずアルコールが入っている。今もまさにそうだ。

そうすることで、硬直した脳に血を通わせているような感じがする。一口飲むと、脳にまた血が通い始める。これで「ああ、良かった、今夜も寝るまでの時間を楽しめる」とホッとする。これってなんだろう。精神安定剤のようなものだろうか。


帰宅すると、珍しく長女が起きていて、iPadを駆使しながら何やら調べ物をしている。聞くと、宿題で「周防大島の暮らし」を調べなけれならないとのこと。なぜに山口県?と思っていると、娘が通っている小学校は4年生から毎年修学旅行のようなものがあり、今年は広島、山口に行くと。恐らく、その前調べなんだろうと思う。

早く寝なきゃいけないからパパも手伝ってと言われ、周防大島について調べていると、なんとまあ、島暮らしの素晴らしいことよ。美しい海に、大自然。うまい魚に農作物。

何もTVを見なくても、こんなことがきっかけでバーチャルトリップが出来ることもある。

予定が変わって良いこともある


天気予報では、今日一日雨とのこと。
朝起きたらシトシトと雨が降っているのだろうと思ってカーテンを開けると、曇天ではあるものの雨は一滴も降っていない。よし、今のうちだと思ってウェアに着替えてランに出発。途中で降り出したら引き返してこよう、くらいの気持ちだった。

海から見た空は、不穏な感じ。

山側も。

ところが全然、雨が降る気配がない。
結局10km走って帰ってきたけれど、同じように「あれ、降ってないやん」と思って出て来たような人々が、犬の散歩やランニングなど思い思いに河川敷を楽しんでいる。なんだか不思議な光景だ。

これなら山に行けば良かったな〜などと思いながらも、一日自宅で過ごすつもりだったので色々と予定をこなすことが出来て良かった。買い物にも行けたし、仕事も家事もしっかり出来た。こういう日があっても良いなと思う。