落として来た点達は

いつもお世話になっている、

ある意味「親父」である某社会長様に御誘い頂き、

芦屋ゆるり へお連れ頂きました。

 

 

 

今だからこそ、成功者であられますが、

山あり谷ありの人生を歩んで来られた方。

その言葉の一つ一つには、

測ることのできない重みがあります。

心底から染み出る冷たい湧水のような、

それでいて冷えた体を優しく包んでくれる

温かい毛布のような言葉の数々。

大草原のようで、大海原のような、広くて深い心。

弱くて脆くて、人間臭い自分と、

真っ正直に対峙して、その壁をなんとか壊していって。

 

いつもお世話になっている方ですが、

このようにゆっくりとお話出来たのは初めてでしたので、

本当に貴重な経験となりました。

 

滔々と流れる時間に身を任せ、

二時間半があっという間に過ぎ去って行きました。

 

春ですね。

わらびや筍の天ぷら、

鯛かま塩焼き、御刺身も絶品でした。

 

 

御大をお見送りし、

席を共にしていた「兄弟」的存在のN社長と、

男二人で夜風に吹かれながら、

jojo まで徒歩で移動。


 

 

先程の余韻に浸りながら、

話の数々を咀嚼し、反芻します。

 

この場でのテーマは、「孤独」について。

彼曰く、

落として来た点、「今」という線に繋がらなかった「点」の数だけ、

孤独を感じるそうです。

なるほど。

あまり気が進まないのだけれど、

自分も振り返れば落してきた点、繋がらなかった点の多いこと。

でも今の自分があるのも、

繋がらなかった点があるから、なのですね。

ナウシカのように、

「私たちの生命は私たちのものだ。生命は生命の力で生きている。

その朝がくるなら私たちはその朝に向かって生きよう

私たちは血を吐きつつ、くり返しくり返しその朝をこえてとぶ鳥だ!!

こんな力強い言葉は出ませんが、

今、「生きている」ということが素晴らしいことなんだ、

と再認識。

「孤独と点の関係」について、

某友人に話すと、

「わたし、繋がらなかった点のことは考えないんです。

繋がらなかったのは事実なんだから、

それは見ないようにしています。孤独も感じないし」

とのこと。

ま、彼女は鉄板のように強い子なのでね。

 

人それぞれ、いろんな考え方があるものですが、

Positive Thinkingで生きたいものです。

 

 

 

今日は休日ですが、オフィスで仕事。

K-MASAと二人だけのオフィスで、

T-Shirtにヘッドホンで頑張っています。

El Camino de Santiago

その女性の首には、

マリア像が彫られた小さなペンダントと、

ホタテ貝を中心に据えたクロスが

慎ましやかに光っていた。

  

屈託のない笑顔の奥には、

芯の強さと共に、何かがうっすらと影を落としているのが分かる。

きっと、誰も気づかないくらい小さな影だけれど。

 
 

 

「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」

El Camino de Santiago)は、

フランスからスペインにまたがる、800~900kmの長い道のり。

  

1日平均30km歩くとすれば約1か月かかる。

 

1000年という悠久の時の流れの中で、

この道を、数えきれない程多くの人が、

それぞれの「荷」を負って、歩いてきた。

 

 
その女性は5年前、

母の臨終に立ち会うことが出来なかったと言う。

大学を一年休学し、海外で働いていたため、

間に合わなかったのかもしれない。

 

深い後悔の気持ちを十字架として背負い、

彼女は自分を見つめ直す旅に出た。

 

バックパックを背負い、

今なら自転車やバイクや電車などを利用する

観光目的な巡礼者が多いこの道のりを、

忠実に、徒歩だけで、一人で一ヶ月歩き通した。

 

あれから時が経過し、

就職して立派な社会人になった今、

彼女の原点はやはりサンティアゴ・デ・コンポステーラにある

という。

 

何かあれば、

必ずそこに戻ってこれるように、

旅の続きを示す印を残してきたのかもしれない。

現実的なものか、精神的なものかは分からないけれど。

  

 

 

表面的に分かる、分からないは別にして、 
人は皆それぞれ何かの「荷」を負って生きている。

そしてそれを乗り越えようと、

一人静かに努力している人は美しい。

  

道(Camino)は、人生であり、

人生は、道(Camino)。

 

彼女にとってcaminoを進むお守りが、

巡礼中出会った老婆に貰ったペンダントと、

ホタテ貝をあしらったクロスであるように、

人は、何かに守られて生きている。

 

その「何か」を探し続けることが、

きっと神様から与えられた大きな宿題。
 

 

  

 

ゆっくりでも、早くても、

歩けるうちは、歩き続けていこう。