人生の後半戦をどう生きるか

2月2日に50歳の誕生日を迎えました。
相変わらず晴耕雨読な日々を過ごしているので、時間の流れがゆっくり感じられます。言い換えるなら、眼前に流れる景色を一つひとつ丁寧に味わうことができています。

先日、奈良県の石上神宮、大神神社へお参りに行きました。天理から桜井にかけての「山野辺の道」は大好きな地域です。車で高速を使えば一時間ちょっとで行けるし、歴史ある神社やお寺、古墳も多く、三輪素麺や柿の葉寿司はお参りの後の楽しみです。

石上神宮ではどなたが作られたのか、かわいい雪だるまを見つけました。いずれ溶けゆく儚い雪だるまに、作った人の優しさを感じ、心が温かくなりました。

雪が降った日の翌朝に公園で見かける溶けかけた雪だるまや、手編みの帽子を被った路傍のお地蔵さん、そんな光景が大好きです。

形あるものはいずれなくなるという諸行無常な価値観を土台にしつつも、眼の前の刹那を大切にする日本人の精神性や優しさを、雪だるまやお地蔵さんに感じます。

そのような風景を見過ごさず、小さなことに目を向けて行きたいと思う中で迎えた50歳ですが、人生後半戦、どのような人生を歩みたいかを考えた時に「常に優しくありたい」という一点に尽きます。

年を重ねるに連れ、みんながんばって生きてるよなあ、みんなえらいなあと、生けるものすべてに対する愛情が深まってきました。なぜでしょうね。批判したり、厳しくしたりすることに意味を感じなくなり、ただ生きてるだけで立派じゃないかと思うようになっています。だから、すべてに優しくありたいと思うのです。

優しくいるためには強さが求められるということも理解しているので、困っている人を助けたり、お役に立てる場面に備えて、自分自身が豊かでいること、そして、強くあるための自己研鑽を衆生済度の思いで積み重ねることを心がけています。

今この瞬間と向き合い、積み重ねる先に何があるか分かりませんが、人生後半は常に優しくありたい、それだけを追求できたらと願います。そんなことを50歳の誕生日を迎えて思い新たにしました。

まだまだ寒い日が続きますが、皆様どうぞお体ご自愛ください。

三輪山本の湯葉入り山菜にゅうめん
冷えた身体に染み渡りました

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