(これから3日間に分けて、
初フルマラソン参加の感想を備忘録として
記載する予定です。)
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初のフルマラソン参加となった、
「第二回奈良マラソン」。
前述の通り、
12月に入って諸々忙しく、
全く走れなかったし、忘年会やバリの疲れが
残っていたりしたために不安でいっぱいの参加。
それでも、
大会特有の「雰囲気」や、
家族や友達からの応援メールに励まされて
スタート前には否応なく気持ちが盛り上がる。
タイムなんて二の次三の次で、
とにかく無事に5時間以内で完走することを目標にした。
スタート前にウォームアップする皆様。
恒例の「行ってきますポーズ」。
緊張。
そしていよいよ一万人のランナーと共にスタート。
大会は一種のお祭り。
ご当地キャラのせんと君を始め、
多数のキャラが応援してくれる。
鹿や観光客がたくさんいる奈良公園を抜けて
天理を目指す。
観光地を抜けて走るのは気持ちいい。
事前練習をしていなかったのが
功を奏してか、前半21kmまではいいペース。
1時間45分くらいで通過。
ここから登り坂に入る。
とくに折り返し地点までは山越えで、
アップダウンが多い。
天理で折り返し、またも登り坂へ。
25kmを過ぎると腰、膝、腿になんとも言えない
ハリを感じ、走るのも精一杯。
結果的に25kmから35kmまでが一番辛かったかも
しれない。
未知の領域、30km地点。
登り坂の中腹。
ハリと痛みがひどくて、
給水所でしっかり補給したり、
トイレで休憩してストレッチをしたり、
要所要所に設置されている救護テントで
アイシングスプレーを借りたりしながら、
なんとか35km地点まで到達した。
この辺りで、「4時間」のペースメーカーが
後ろから追い越して行った。
4時間なんて全く考えもしなかったけど、
あと10km踏ん張れば、4時間切れる(サブ4ですね)かも!!
と思い、気力で走り始める。
止まり、また、走り。
沿道の皆様の声援をこれほどありがたく思ったことはない。
途中で足がつって止まってしまうと、
沿道のおばあちゃんが「もうちょっとやから
がんばりんさいな!!」と優しい笑顔で
声をかけてくれたことは忘れない。
泣き顔で「おばあちゃんありがとう!がんばるわ!」
とお礼を言い、また引きずるように走り始める。
今思うと、あのおばあちゃんがいなければ、
サブ4は達成できていなかったかもしれない。
今、思い出しても泣けてくる。
保育所の園児たちが手を叩いて応援してくれ、
おじいちゃんが大きな声をかけて背中を
文字通り押してくれたり、ハイタッチしてくれる。
各地域の太鼓チームの皆さんや地元の学校の
吹奏楽部の皆さんの演奏、そして、
一緒に歯を歯を食いしばって走る仲間のランナー達。
全てにパワーをもらって、最後の5kmを走りきる。
特にラスト3kmは震えが止まらず、足もしびれて
感覚がない中、気力だけでゴールを目指した。
(後から聞くと、震えは体力が底をついた状態の
時に起こる現象らしい)
競技場まではあまり覚えていない。
ただゴールを目指して走った。
もはやタイムはどうでも良かったが、
無事に完走。
あの状態で完走できただけでも感無量。
しかし時計を見てびっくり。
「3時間56分!!」
目を疑うと共に、
あの辛さを乗り越えた後のホッとした気持ちと感動とで、
涙があふれそうになった。
これが証拠です。
ちなみにネットタイムは「3時間54分」!!!
信じられない。
アマチュアランナーの皆様が登竜門とする
「サブ4(4時間切り)」を初マラソンで達成できたのは、
本当に嬉しい。
皆様の声援や応援のメールのお陰だと心から思う。
そして、決してあきらめなかったこと自分を
今回だけは誉めてやりたいと思った。
妻に電話すると、
「え!?そんな早く走れたん!?
奈良公園で遊んだ後、今は子供たちとマクドに
いるよ!?」との返答。笑
妻も5時間くらいと予想していたらしく、
びっくりしていたが祝福してくれた。
というわけで、
完走後の記念撮影はボランティアの方にお願い。
着替えを済ませ、一人でマラソンエキスポが
開催されているフェア会場にて津山ホルモンうどんと
缶ビールで家族が来るのを待った。
B級グルメ屋台が一杯。
本当に辛かったけど、
それを上回る達成感。
走ってる最中は「もう二度とやだ」と思っていたけど、
こうして完走すると、また走りたいと思うから不思議だ。
とにかく良かった。
これにつきる。
次のブログでは、
もう少し具体的なトレーニングの方法や、
フルマラソンを完走できた理由など、自分なりに
記しておきたいと思う。
奈良マラソンレビュー vol.1
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