一週間の実感


震災から一週間。
関西にいるので「被災」はしてないのだが、
本当にあっという間の一週間だった。
地震が起き、
その日を起点に世界が変わる。
関西にいてもそう感じるのだから、
被災地はもちろんのこと、
計画停電の影響をもろに被っている関東などは、
心からの実感としてあるだろう。
仕事関係でいろんな話を聞いていると、
関東に本社機能を持つ会社は、
動ける人間は関西に移動しているらしいし、
指示命令系統を確立するため、
役員クラスが関西に移動してきている
という話も聞く。
来週のLA出張のためにフライトチケットを
手配してもらったのだが、
航空会社も異常事態に手配で混乱している様子。
原発問題で、国外に避難する外国人が多いのかも
しれないし、出張のビジネスマンが、
成田を嫌がり、KIXから飛ぶのかもしれない。
発電施設が破壊されている中、
東京が本来の機能を取り戻すのに、
一体どの程度の時間がかかるのだろう。
最低でも、今年一年は混乱が続くと予想される。
僕は阪神大震災をもろに経験しているが、
復興には10年かかった。
10年経って、ようやく仮設住宅が
なくなったんじゃなかったけな。
だが今回は被災地域の広さが違う。
西日本で言えば、
恐らく京都から下関くらいまでの沿岸部が全て壊滅、
というイメージだろう。

一見、何もなくなったかのように見える日本だけど、
村上春樹さんがNYタイムズに寄せた寄稿の文章は、
全ての日本人が生身の実感として、
共感するのではないだろうか。
http://www.timeout.jp/ja/tokyo/feature/2581/

— 以下、抜粋 —
私が10年前に書いた小説には、
中学生が国会でスピーチする場面がある。
「この国には何でもある。
本当にいろいろなものがあります。
だが、希望だけがない」と。
今は逆のことが起きている。
避難所では食料、水、薬品不足が深刻化している。
東京も物や電力が不足している。
生活そのものが脅かされており、
政府や電力会社は対応が遅れている。
だが、全てを失った日本が得たものは、希望だ。
大地震と津波は、私たちの仲間と資源を根こそぎ
奪っていった。だが、富に心を奪われていた我々の
なかに希望の種を植え付けた。
だから私は信じていく。
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その通りだと思う。
被災したおじいちゃんのように、
「また再建しましょう。」
「日本人はそんなにやわじゃない」。
いつの時代も、
何度も何度も復興を重ねてきた。
その原動力は「希望」だったのだ。
平時は仕事や生活が不自由なく
送れていることに何も感じない。
不自由のない満たされた生活の中でも、
日常に追われ、時に先が見えず、
閉塞感にさいなまれる時もある。
だが、今は違う。
大変なことが起こってしまったが、
元気な地域も含め、
皆が「もう一度やり直そう」という
気持ちになっているのではないだろうか。
少なくとも、被災地の皆さんはそうだと思う。
僕は、ただでさえ元気な地域にいるのだから、
ただただ猪突猛進的に前を向いて出来ることを
一生懸命行っていきたいと思う。
歩けるところまで歩こう。