開放、環境、音


朝晩の涼しさがとても心地良い季節になりました。

「一番好きな季節は?」と聞かれると、僕は迷わず「秋」と答えます。賛否両論が多い季節、秋。その中でも一般的には一番人気がないと言われている(?)冬に近い晩秋が一番の好みです。

今夏は冷夏と言われていたけれど、とにかく雨が多くて天気が良くなかったのが辛かった。「人間天気予報」と言われるくらい低気圧に弱い。これからの気候には多いに期待したいところです。

今日は中秋の名月でしたね。
何もない空に月ひとつも良いですが、雲にかかった月も良いものです。


テスラモーターズのイーロン・マスクの記事を読んでいて、なぜバレーからこのような起業家が生まれるのかとあれこれ考えていたのだけど、ああなるほどを思うことを、ドライブモードの古賀洋吉さんが書いておられたのでリンクしておきます。

「どこどこにシリコンバレーを作る」というお話

「シリコンバレーとは、Innovationの環境を作る様々なプレイヤーの総体」と書かれていて、図も掲載されているのだけど、こう説明されると分かりやすい。特に資金とプレイヤーの属性。

まあ、イーロン・マスクは、PayPalを立ち上げた後に、スペースX社を立ち上げ、今はテスラのCEOもやっているのだから(wikipedia抜粋:ペンシルベニア大学ウォートン・スクールへ進むための奨学金を受け、同校で学位を取得する。彼の後の言葉によると、当時、彼は「インターネット」「クリーン・エネルギー」「宇宙」の3つの分野に従事したいと考えていた。この願いは後に全て達成することになる。)、そういう意味では、全米オープンの錦織くんや、イチロー選手みたいな、誰も真似できないことをする人の一人だと思うけれど、それにしても、それに準ずる人々がゴロゴロいる環境というのは、世界でもただ一つですね。

明日からの渡米に向けて荷物をパッキングしながら、そんな事をボーっと考えていました。


涼しくなると聴きたく曲シリーズ

[re:jazz] – Inner City Life feat. Jhelisa Anderson

今日のキーワード(どうでもいい話)


器用と貧乏は、紙一重

欲張りと貧乏も、紙一重

マルチタスクほど深堀りできないものはない。
つまり、何をどうしても浅くて薄いのだ。

人間に与えられた時間は24時間。
何かをしようとすると、何かが犠牲になるというトレードオフ。

深堀りしようとする人は、アンビバレンスに身を投じようとする性質があり、
そういう人は大抵がアル中だ。


海と空が繋がりそうな曇天。

空がどんどん地表との距離を縮めると、大気の天井は低くなり、空気も薄くなり、地上で生きる生物は屈むことを余儀なくされ、四つん這いになり、腹ばいになり、最終的には海に帰って生活するようになる。それが、実は人類にとっては良いことなのかもしれない。空が高いから、殺し合ったり、権力を誇示し合ったり、宇宙に出ようとしたりするのだよ。

テクノロジーオリエンテッドな仕事をしているけど、目の前で起きている事象を評価する時と、選択を迫られた時は、僕は常にアナログ目線で行きます。つまり、生と死、生存に必要かどうか、です。

先を見据えた動きをするのは、とてもしんどい事だけれども


すいません、ちょっとtechネタが続きます。

chrome OS が搭載された chrome PC が法人、教育機関向けに日本でも発売されています。ネット、メール、そして Google Apps があれば事足りるのであれば、この低価格な Chrome PC で本当にもう、十分ですよね。しかも、Chrome管理コンソールを使えば、利用できるアプリも一括管理できるし、USBなどの外部ストレージの使用禁止なども行うことできる。まさに、学校や企業ユースにはぴったりです。

アメリカでは個人向けにも発売されていますが、これから Chrome PC のような従来型のOS(winやmac)に依存しなくても良いPCが増えてくるのであれば、ローカルインストール型のソフトウエアはどんどん姿を消し、WEBアプリケーションに全て置き換わって行くスピードは益々加速されるでしょうね。今でも、その動きは活発です。

業務用のソフトウエアについてはどうでしょうか。モノによってはかなりのスペックが要求されるし、そもそもネットワークインフラの問題も大きいので現在はシーズフェーズだと思いますが、とにかく、今からはローカルのOSに依存しないソフトウエアを開発することが必須になります。既に、Google Apps は MS Officeのシェアをジワジワと侵食しているし、レガシーな業界であるCADや、グラフィック関連のソフトも一部を除き、そうなって行くでしょう。

時代の先を見据えてどう行動するか。IT業界は基本的に10年でサイクルが回ります。次から次へと、しなやかに波を捉えて行く必要があるというのは、企業としては、なかなかしんどいことではありますが、生き残るためには絶対条件ですよね。

こちらの記事も参考になります。特にインテル危うしの ZDNETの記事は読み応えあり。

「Chromebook」の台頭がインテルに与える脅威–次世代への長期的な影響 (ZDNET Japan)

日本エイサー、ASUS、日本HP、デル、東芝の5社から登場! 個人向けは未定 ついに日本上陸! GoogleのノートPC「Chromebook」が発売 (kakaku.com magazine)

3Dプリント技術のポテンシャルから見える未来のプロダクト


3Dプリンターのポテンシャルについては数年前から幾多のニュースが飛び交っていますが、これはすごい。シェアされていた記事から。

どんな立体物にも直接電子回路をプリントできる3DプリンターLBS 45XE (i-maker.news)

(画像引用:i-maker.news)

観点は二つあって、一つは回路図をDLするだけで電気製品が簡単に作れちゃうということ、そしてもう一つは既存製品への応用です。

筐体そのものに電子回路をプリント出来るということは、プリント基板が必要なくなるので、更なるプロダクトの小型化、軽量化、超薄化を実現することができる。加えて、筐体の形状を全く気にしなくて済むようになりますから、どんな形のものでも作ることができますね。

今でも、フレキシブル基板や透明基板などは存在していますし、折り畳み式デバイスや装飾用基板に使用されていますが、どんな形状のものにもプリント出来る技術はもっと応用が効きます。例えば、チェーンネックレスのような携帯電話や、厚さ3mmくらいのノートPCだって出来ちゃうかもしれない。筐体と基板の干渉チェックとか必要ありません。

もちろん、高多層な基板が必要とされるような製品(スマフォやPC、その他高機能製品など)や車載や航空宇宙、医療系など、高機能かつ悪環境、熱、湿度、インピーダンスを考慮しなければならない基板の代わりになる日は、ずっと将来のことでしょうけれど、LEDが光るような簡単な製品には応用可能でしょうねえ。まあ、基板の性能にもよりますから、この記事にあるように、車載や携帯のアンテナなどの量産に導入予定というのも頷けます。形状にもよるのでしょうけれど、小型の電子部品なら実装も問題なさそう。すごいなあ。


実は今日、お仕事で大阪を訪れていた、シリコンバレーで25年以上も製造業に携わっている遠藤吉紀さんとランチミーティングをさせていただいたのだけれど(来週、サンノゼでお世話になります)、その会話の中でも、「テスラモーター、Uber、Squareなど、イノベーティブな企業って、実は既存のモノやサービスの土台の上に成り立っているんだよね」という話が出ました。Innovationというと、何かトンデモないものを発明したり、あり得ないと思うようなことを実現しちゃう天才的な閃きから来るイメージがあるけれど(まあ、実際そんな技術もありますが)、実は、既存技術の応用でなんとかなるものが多いのです。

これは絶対に変えれないよね、この業界はこうだよね、さすがにこれは無理かな、と思った時点で思考が停止してしまう。

なんとかなるんじゃない?
いやいや、全然革新の余地はあるよね。
当たり前と思っていることって実はおかしいよね。

このような柔軟な思考と飽くなき探究心、そして未来志向の概念から、プロダクトやサービスが生まれるんですね。その点、日本の企業は技術力はあるけれど、なかなか、Innovationを醸成する土壌、文化には乏しいように感じます。見せ方もあまり上手ではないし。だって、IT、tech分野のリーディングカンパニーは、全てではないとしても、やっぱりシリコンバレーから生まれるんですから。

デバイスはどこまで人に近くなれるのだろう


デバイスはウェアラブルの時代ということで、Google Glass や Smart Watch に代表されるように、GoogleやAppleを筆頭に各メーカーが凌ぎを削っていますね。

そんな中、コンセプト映像を次々に公開していることで有名な SET Solution が iWatch のコンセプト映像を公開しています。

iWatch & iOS 8 – Wireless Charging and Colors

なるほど、確かに魅力的。
視線を落とし、指で操作するというのは、今のiPhoneの操作と同じですが、それを腕にはめることで何かが大きく変わるかもしれないと期待できるようなイメージ。ネガネ型にしろ、腕時計型にしろ、人がより自然に操作できるような、もっと言うと、デバイスを意識しないでネットの向こう側と繋がることが出来るようなデバイスってどんな形状になるのでしょうか。

これから先がとても楽しみです。

視点を変えてみよう


2011年5月21日のTED Tokyoのプレゼンが、最近ハフィントンポストに再掲載されていたので改めて視聴してみました。「地面がなくても野菜が育つ! とある日本企業が開発した「魔法のフィルム」がハンパない」

TEDxTokyo – 森有一博士 – Soil-free Agriculture [日本語]

この技術がいかに素晴らしいかという解説については専門家の皆様にお任せするとして、このようなプレゼンを見た時に瞬時にワクワクするのには理由があると思うんです。まず、その分かりやすさ。最初の1分で、もうすごいと思う。全部聴いてもわずか8分です。人をワクワクさせるプロダクトが持つ要素は、

分かりやすい
誰が見ても素晴らしいと思える製品
世界が変わる可能性を瞬時に感じる

ただ、これらをクリアするためにはどれだけの技術力とTry and Errorが必要かということは容易に想像できます。素晴らしい。


こちらもご存知の方はご存知の、Air Swimmerです。日本でもAmazonや楽天で買うことができますね。このアイデアもとっても面白い。

Air Swimmers – Awesome RC Flying Shark and Clownfish!

ちょっと視点を変えてみるだけで面白いものを生み出せる好例だと思います。

テクニカルなアイデアはその土地の文化や生活習慣によって醸成される


wire.jpの記事から。

スマホとつながる車載ディスプレイ:どんなクルマも「戦闘機のコックピット」に

車のダッシュボードに取り付けるとフロントガラスを車載ヘッドアップディスプレイ(HUD)に変える499ドルの装置が、2015年から出荷される予定とのこと。

車載系のアプリやSPとの融合、車が保持するビッグデータ活用、そしてGoogle Carに代表されるビッグデータ活用など、最近のtech界隈は自動車周りのトピックが多いですね。ちなみに、このヘッドアップディスプレイを開発しているスタートアップスの Navdy という会社の about us はとてもナチュラル、かつ、上品でインテリジェントを感じさせるので、個人的には好きです。

Navdy: Feels Like Driving In The Future

車載系、あるいはテスラモーターを筆頭に自動車系の Tech Reader がどんどんバレー界隈から出てくる理由は、やっぱり車社会、車文化アメリカというバックグランドですね。当たり前だけれど。

二ヶ月前にシリコンバレーに出張した時も、移動はもっぱらレンタカー。車がないとまず生きて行けないと言っても過言ではない。とにかく移動は車なんです。

(シリコンバレーでの運転風景)

土地が広いから駐車スペースも整備されているし。それだけ通勤、仕事に車を使うことが多いと、その中で過ごす時間も必然的に増える訳で、

この時間を使って何か出来ないか?
車にストレージされている種々のデータを有効活用できないか?
スマホをもっと効率よく操作する方法はないの?

というような事を考える人が多くなるのも当然ですよね。
僕も大好きなHBS出身の古賀洋吉さんがファウンダーを勤める「Drive Mode」も、その一つだと思います。シリコンバレー界隈の自動車事情については、こちらの記事をご参照ください。

シリコンバレーの車とITについてよく聞かれる話

逆に日本は電車文化(?)だから、通勤電車内の時間の有効活用を考えても面白いかも。スマホ、本、新聞に取って代わる物を考えてみようかなー。アイデアジャンキーの皆様、良いアイデアあれば教えてくださいね。(笑

【極論注意】InnovationとVisionが会社員から生まれない理由は、給料という制度に縛られているからである


財布の中に入っている千円、二千円を数えながら日々を生活しているサラリーマン(自分を含む)がInnovationを生み出そうと思っても、それは現実的に難しいという理由の一つとして、「人生、受託仕事」という一言に尽きると思います。お金をゲット出来る手段が、唯一、給料であるからですね。つまり、ニーズあっての仕事だからです。ニーズが顕在化している前提の上で仕事をしても、それはマーケットに対しての「工夫」であって、Innovationでも、Visionでもない。

サラリーマン(=社員)というのは、給料を経営者から得る人達のことです。そして給料とは、自分の労働の対価として会社(経営者)から受け取る物です。つまり、サラリーマンは会社がオーダーする仕事を受託しているのです。会社のオーダーに対して満足の行く仕事をすると、気持ち良く給料を受け取ることができる(オーダー以上のことをした場合は、色が付くかもしれない)。しかし、及第点に至らない場合や、客(経営者)が満足しない場合は、叱責と共に給料も減る。それが、会社と社員の関係です。ちなみに、ここでは経営者が従業員のモチベーションを上げるために取る工夫については言及しません。

しかし面白いことに、ほとんどのすべての会社は、やはり同じように取引先から仕事を「受託」しています。客にサービスや製品を提供し、その対価としてお金を得る。つまり、ニーズが顕在化しているという大前提があって初めて、金をゲットすることが出来るのです。サラリーマンも会社も、マクロ視点では、全く同じ土台の上に成り立っている訳ですね。もちろん、世界のごく一部の企業は「ビジョナリーカンパニー」です。それは、マーケットの期待値やニーズを勘案するのではなく、社会は、未来は、人類はこうあるべき、という概念先行・理念駆動でマーケットを牽引する力を持っている企業です。概念駆動型の企業はリスクを恐れない。だって、マーケットがないから儲かるんでしょ!?という子供のような心を持っていて、実際、そこに全力で進むからですね。最近では、Uberや、Squareがその典型です。

さて、InnovationとVisionに話を戻しましょう。よく「100年続く会社を作りたい」という経営者に出会います。しかし、そんな経営者に限って、「副業禁止」などといった極めてレベルの低いレギュレーションを設けていたり、管理やマネジメントに血眼を注いでいたりするのですが、そんな会社は一代であっという間に終息します。100年続く企業にしたいのなら、Innovationを生む土壌を作るのが先決です。その土壌は何かと言うと、それは「金の心配をしなくても良い」または「金は自分で自由にどんどん稼げ」ということを制度として容認するかどうかなのですね。

前者の場合は、大企業がそれに当たります。大企業というのは、とても素晴らしいオプションを保有しています。家賃補助制度、福利厚生、残業代、社員持ち株制度、ランチ手当、家族手当など、額面に現れない手当で、従業員が千円、二千円を数えながら生活しなくて良いように、ゆとりのある制度と給料体型を数十年に渡って計画的に提供しています。しかし、中小零細企業は、当たり前ですが、そこまで充実した制度を整備する体力がない。よく言われる、「金なし、人なし、時間なし」という典型です(一部、めちゃくちゃ儲かっている中小零細もありますが)。だからこそ、逆に従業員を自由にすべきなのですね。会社としてはこれだけしか出せないけれど、足らない分は、自分で稼いでね。というスタンスでしょうか。


少し話が逸れましたが、Innovationを生み出すために中小零細のサラリーマンが出来ることとしては、常に、自分主体で物事を考えることと、これからの時代はこうあるべきという、概念先行で物事を考えれるかどうかです。身近な人間を決して見てはいけない。身近な人間を見ていると、その範囲でしか大きくはならない。ましてや、上司や経営者を見ていてはいけない。そこから先に大きくなる余地はない。企業が経営者の器でしか大きくならないというのは、プランターで育てた野菜が、大きく成長しないのと同じ意味です。だから、自分が大きく成長したいのであれば、会社を見ないようにすべきなのです。

逆に言うと、そういう人間ばかりが集まった集団組織というのは、リミッターが外れた「成長力が青天井な」企業ということが出来ます。そこまで行くと、強い組織ですね。そんな素敵なチームを作ってみたいと思うのが、人の心というものでしょう。

僕は、概念先行、理念駆動という言葉が大好きです。
過去記事でも、色々とその観点から書いています。

理念(理想的概念)とハードウエア、ソフトウエアの関係(2014/3/18)

ソーシャルシティと概念先行型(2013/10/12)

自分の価値、集団として、チームとしての価値を上げるためには、見えないものを見ているかのように果敢に挑戦し続ける力と、リスクを取らない器、100年先に何を残したいのかという、理念とビジョンがあるべきだと思う、今日この頃なのでした。

※この記事は1000%、自省を込めて書いています。

次回は、スクラップ アンド ビルドという資本主義経済の根本について持論を展開したいと思います。(←酔っぱらい)

「Shrink or keep原理主義者」でも美しいと思える街


建築物は大好きなのですが、人工的に造られた街、たとえば、ニュータウンなどの宅地や六本木ヒルズなどの複合施設はあまり好きではありませんでした。なんだか「いかにも」な感じがして。コンクリートで地面を固めて、どでかいゴージャスな建物立てて何するの?人口も企業も減っているのに、山を切り拓いて同じような家ばっかり建てて何考えてんだよバーカ、すら思うような考えの持ち主です。

この辺りの考察は、過去記事で惜しげもなく持論を展開していますのでご参照ください。

「人口減少に対応して、開発した宅地を「自然」に戻していくという試みは生まれてこないのだろうか」2013/10/13

「荒廃ではなく、再生にベクトルが働く好例」2013/10/17

まあ、僕はある意味で「Shrink or keep原理主義者」な訳です。特にエビデンスとなるロジックは持ちあわせていませんが。

そういう意味では、仕事やイベント、大学のサテライトに用事があって良く出入りするグランフロント大阪も「あーあ、なんだよ、このドデカイ建物は」と思っていてあまり好きではなかったのですが、先日初めて、中津側(北側)からアプローチした時に、おお、とっても美しいやん!と思ってしまったのです。いつも見慣れているはずなのに。

天気が良かったから?
自転車に乗っていたから?

原因は分かりませんが、とにかく「ああ、美しいなあ」と思ってしまった。

水辺では子供達が水着を着てバシャバシャと遊び、コリドーの日陰では外国人ビジネスマン達がラテを片手に談笑している。大阪という「どんくさい地方都市」(僕は地元民なので愛情を込めてこう言わせてもらいました)には似ても似つかないようなソフィスティケートされた光景が広がっているのです。

単に建物が美しいだけでは、きっと何も感じないと思いますが、例えば、そこに隠されたデザインの意義や機能性、街としての受け皿など、本当に良く考えられている。そういうところにきっと、良さを感じたんでしょうね。

嫌よ、嫌よも好きのうち、って事ですか。

スキルって一体なんだろう


最近コンタクトをいただいた某外資系企業のアメリカ人担当者から夜の約束の時間に電話があり、そのまま30分くらい話をしていたのですが、自分の経歴を色々と話す中で「自分のスキルって一体何だろうか」と、短時間で自問自答する良いきっかけとなりました。思い掛けず「自分の棚卸しをする」機会になったというか。

で、そういう風に自分で自分を棚卸してみると、僕は何も特別なスキルも才能もキャリアも持ちあわせていないんですよね。僕が持つ程度のITリテラシーなんて、最近のデジタル・ネイティブの子供達なんかは皆当たり前のように学習し、身に着けてくると思うので、「WEBが出来ます、プログラムが掛けます、システム設計が出来ます、アプリケーションが使えます」なんて、その子達が大きくなった頃には、もはやスキルではなくなっているでしょうし、英語にしたって、これだけネイティブレベルのバイリンガルが増えてくると、普通の英会話力もスキルとは言えなくなってくるでしょう。

では、スキルって一体なんでしょうね。

もちろん「スキル」という言葉の定義によっても受け止め方は変わって来ます。技能や能力、身体的な能力、資格などはスキルと呼ばれますが、ビジネスに限定して考えてみると、それがステークホルダーから必要とされるかどうか、重宝されるかどうかという「相対的な評価」と「希少価値」にあるような気がします。それは、技能でも、資格でも、学歴でもなく、ビジネスを成功させるために必要とされる能力なのではないのかな、と。

まあ、ビジネス上、必要とされるスキルというのは、特に立派な技能でなくても「有能なイエスマン」や「謝り上手」なども組織としては必要だったりするのですが、これから必要なのは、無から有を生み出せる力、ビジネスを拡大できる力、組織を引っ張る力、勘所を見分ける力、など、実に「分かりにくい能力」、定義しにくい能力なのではないのかなと考えました。これって、持って生まれたものも多いに関係すると思うし、経験に裏付けられることでもあるでしょう。

いずれにしても、僕の「分かりにくいスキル」を身につけるための模索は、まだまだ続きそうです。