さあ、これから何して遊ぼう

思えば遠いところまでやってきたなあ、というのが実感です。
このブログは2005年の6月に始め、今月で丸19年を迎え、20年目に入りました。

たかだか20年とはいえ、その間、様々なステージチェンジがありました。0歳だった長女は大学生になり、始めた当時は生まれていなかった次女も高校生になりました。僕自身のキャリアも色々と変化がありました。絶好調の時もあれば、絶不調の時もありました。そのような山谷を乗り越えながら、なんとか生きている。結果的に生きてきた。そんな感じでしょうか。

「人生は死ぬまでの暇つぶし」とは、パスカルが「パンセ」の中で書いた言葉と言われています。

この言葉、若い頃は意味が分からず、なんて刹那的な言葉なんだろう、もっと人生には深い意味があるのではないのかと思っていたのですが、今となっては、ああ、人生って確かに死ぬまでの暇つぶしなんだなと素直に共感しています。今生きている人が、それぞれ思い思いに暇つぶしをしている。その手段が仕事であったり、何かの活動であったり、趣味であったり、結婚や子育てであったりするのですよね。「生きがい」というものを見つけ、それぞれがそれぞれの人生をまっとうする。「暇つぶし」とは、時間を無駄にしているような印象を受けますが、時間の使い方と考えると、そういうものだよな、と納得します。

養老孟司先生は、何かのインタビューで「生きることの意味?生まれてきたんだから、生きるしかない」というようなことをおっしゃっていて、腹落ちしたことがあります。生まれてきたからには生きるしかない。そこに意味なんてなく、生まれたからには、死ぬまでどう生きるか、それだけ。というシンプルな答えにたどり着きます。親から受けたバトンを、80年か90年生きて、子や次の世代にバトンを渡して、死ぬ。

その間、自ら問いを立て、その問いにどう答えていくか。
その繰り返しと積み重ねですよね。

仕事柄、人と会うことが多いのですが、色々な人と話をしていると、この人はこういうところで生まれて、このように生きてきたんだ、と、それぞれの今までの人生を想像しています。人それぞれの「暇つぶし」の仕方を聞くのは楽しいですよね。ああ、あなたはこういう方法を選んだんだ、それ、面白そうですね!僕はこんな方法で暇つぶしをしていますよ、というような感覚です。周りの人に寛容になれるし、重たいものを背負う必要もないし、楽しめたらそれでいい、という感覚になり、肩の力が抜けます。

さあ、これから何して遊ぼう。
皆さんの遊びもお聞かせくださいね。

このブログでは、日常生活から日頃考えていることまで幅広く書いていますが、これも一つの暇つぶし。今どきブログも流行りませんが、自分に対する備忘録として、インターネットという海に浮かぶ過疎の島で細々と何かを書いて発信すること、続けられる限りは続けて行きたいと思っています。

20年目もよろしくお願いいたします。

近況1:先週、モデルのお仕事をさせていただいた有馬グランドホテルで
近況2:同じ日の夜、関大梅田キャンパスで「人のこころに寄り添うプロデュース」と題してお話させていただきました。

大人の林間学校 広島〜山口

旅の記録が続きます。
先週末、広島県と山口県に一泊二日でゴルフ合宿に行ってきました。自分が所属しているゴルフクラブの提携コースの一つに、山口県の周南カントリークラブがあり、メンバーの皆さんと一緒に一度回ってみましょう、という企画です。

周南CCは土曜日にラウンドすることが決まっていたので、金曜日は広島県の別のゴルフ場でラウンドすることにしました。初日はAM3:30に集合。車で約3時間30分、まずは広島県三原市の白竜湖カントリークラブへ。

最高の天気です!
調べてみると、かつてはポカリスエットオープン(1982年〜1994年)が開催されていたトーナメントコースのようでした。

この辺りは、祖母の家も近く、車で走っていても馴染みのあるところばかりなので、なんとなくホーム感はあるのですが、ゴルフだけの目的で来るのは新鮮でした。コースは平日なのにまあまあの人。コンペでも開催されていたのかもしれませんね。

ホールアウト後は、本日の宿、山口県岩国市へ。
チェックインまで少し時間があったので、錦帯橋へ行きました。

若い女子たちのマネをして、錦帯橋ポーズ

青い空に美しいアーチが映えますね。
そして、翌日は、周南CCへ。

1966年開場、数々のランキングで上位に入る山口県屈指の名門コース(WEB調べ)だそうです。僕たちのメンバーコースである千刈CCが1965年開場ですから、ほぼ同じ年なんですね。だから提携しているのかも。

ここは、JLPGAステップアップツアーの「山口周南レディースカップ」」が開催されているとのことで、クラブハウスには選手のサインがずらり。

木々でセパレートされた庭園のようなコース。

コース内には、巨石もありました。古代の祭祀が行われていた磐座かな?と一瞬思いましたが、マグマが固まったものが長い年月をかけて表層に押し上げれたのだそう。巨石好きとしてはたまりません。

前の週から出張が続き、今回の合宿もなかなかのハードスケジュールでしたが、やっぱり楽しい。一昨年の富士CC、伊豆大仁CC、そして昨年の三重県ココパリゾートに続く、提携コースを巡る旅。

大人の林間学校でしっかりリフレッシュできたので、また今週からがんばりたいと思います。

ご一緒いただいた皆様、ありがとうございました!
(腰痛が悪化しているのでしっかり治さなきゃ・・・)

6月といえば

6月といえば、梅雨。梅雨といえば、紫陽花ですね。
あちらこちらで紫陽花が咲き始めていますが、先日、関西では「花寺」として有名な、奈良県の長谷寺に行ってきました。西国三十三所の第八番のお寺です。

まずは門前町で腹ごしらえ。
このあたりは三輪素麺で有名なところですので、どのお店でも素麺や柿の葉寿司などを楽しむことができます。

お会計の時に、お店の奥さんから「紫陽花はまだ三分咲きくらいかな」と教えていただいたのですが、実際、地植えの紫陽花はまだまだ。でも、鉢植えの紫陽花は満開でした!
 
たくさん人がいるので、人が入らないように撮影するのは至難の業です。

奇跡的瞬間!人がいない!
長谷寺といえば、登廊ですよね

慌ただしく過ぎていく日々の中で、季節を感じながら生活することを心がけています。自分たちは自然の中で生かされているのだという実感を得ることができるからです。花ってすごいですよね。その季節になったら花を咲かせるのですから。

自宅の温室では、カトレアが咲いています。
庭の梅の収穫も終わったので、これからは梅干しづくり。

日々コツコツと。

水の大切さについて本気で考える

先週の金曜日、和歌山県橋本市にある「ゆのさと」に行ってきました。
ここは「月の雫」という水で有名な場所で、温泉施設でありながら、多くの方がタンク持参で来られて、水を汲んで帰るという場所です。僕たちが行った日は平日でしたが、他府県ナンバーの車も多く(品川ナンバーもあった!)、全国からゆのさとの水を求めてやってくるという話は本当なんだと実感しました。僕も20リットルのタンク2個に水をいただき、毎日飲料や食事に使っています。

人間の身体の水分量は60%と言われていますよね。
水で出来ているとは過言ですが、それだけ水は人間にとって必要不可欠、最も大切なものだと言えます。ゆのさとの訪問がきっかけで水について色々と調べていた時、2年前に熊本で開催された水サミットでの天皇陛下の記念講演を知りました。下記のリンクから全文を読むことができます。

宮内庁ホームページ
第4回アジア・太平洋水サミットにおける天皇陛下記念講演(2022年、令和4年4月23日)

長年、水の研究をライフワークとされている天皇陛下が、ご専門ならではの知見で水に関する民族信仰についてお話されています。先祖代々続く人々と水との関わりが、その地域固有の文化と社会を形成してきたと。あれこれ言わないので、とにかく読んでください。

この話のすごいところは、水=龍神(弁財天や九頭竜)や蛇の神(宇賀神、ナーガ)、亀蛇(妙見祭)など、水と神との関係は、日本のみならず、形を変えてアジア太平洋全域に広がっていることから、わたしたちは一つ、みんな一緒なんだよ、ということを伝えられているということなんですね。だから共存共栄していきましょう、と。まさに大和=和合の精神。水から民族信仰、和の精神に論理を発展されるところが、平和と安寧を願っておられる陛下ならではなのですよ。誰もがこの精神を持っていたら、争いや分断、格差なんて起こらないでしょうよ。

ビジネスマンの僕がいうのもおかしいのですが、資本と技術を追求し続けると世の中は金、物の世界になってしまいます。金、物の世界って、限界があるんですよね。そもそも人口が増え続け、消費が右肩上がりで増え、投資を永遠にし続けることが前提のシステムになっているので、お金を永遠に増やさなければならない。人口が減少している今の世の中では成り立たないし、物を売るためには、「人々が満足しないように」しなければならないわけです。つまり、常に人々を不安な状態にさせること。戦争や疫病は技術を進歩させ、産業が活性化します。ひどい話だけど。でも、そのお金も価値が下がりつつあります(物価が上がっているのではなく、お金が増えすぎてお金の価値が下がっている)。そろそろ限界なんじゃないかな。

一方、生物としての人間としての「在り方」を追求すると、縄文時代の村のように、争いもなく、皆が共に汗をかき、畑を耕し、自然に感謝しながら平和に暮らす世の中になる。どっちがいいのでしょうね。実態のないもの、終わりのないものを、体力気力をすり減らしながら追いかけ続けることに何の意味があるのでしょうね。それだけの体力気力があれば、僕は後者に進路を取って行きたいなと思います。

さて、先の記念講演で、陛下が「奈良県の室生には、龍が棲むという洞穴があり」と、吉祥龍穴に言及されておられたことが個人的に胸アツでした。僕の大好きな室生龍穴神社の奥宮です。知る人ぞ知る秘境のことを陛下が知っておられたとは。ちなみに、竹生島や天河弁財天にも言及されてるんですよ!お分かりになる方はピンとこられると思いますが・・・

というわけで、今日はこのあたりで。
水について、しっかり考えてみましょう。

吉祥龍穴(室生龍穴神社奥宮) 松田撮影
奈良県、大峰山龍泉寺の湧水 松田撮影
善女龍王、高龗神(ともに瀬織津姫)が祀られている室生龍穴神社 松田撮影

持てる武器を増やす

先日、仲間内で話していた話題について、やっぱり良く考えてみるとこれって結構大事なことなんじゃないかなと思ったのでブログにまとめてみます。

題して、
「コピペ社会をどう生きるか」

今の世の中って、コピペ(コピー&ペースト)社会だなと思うことがあります。ネット上に情報が溢れているので、簡単に情報を手に入れて「知った気」になることができるし、それらの情報を簡単にシェアできちゃいます。コピペされた情報が真贋問わずに量産され、それらがSNSやYoutubeを通して無限に広がります。

同じようなノウハウが溢れていると思いませんか?
誰の言うことを信じたら良いのでしょうか。

簡単に言うと、実践経験があり、実績を出している人の言葉のみが信用できるのです。

モテたことがない人がモテ方を教えることができる訳がないし、お金を稼いでない人が稼ぎ方を教えることはできません。会社経営をしたことがない人が経営論を語ることもできないし、組織で出世した経験のない人が組織論を語ることはできません。もし語っている人がいたら、それはウソやと思っています。薄っぺらな情報はすぐ分かりますよね。

でも、このコピペ社会では、モテない人がモテ方を教えてたりするでしょう?
恋愛経験のない人が恋愛相談に乗っていたりするじゃないですか。

そのような、なんちゃって◯◯みたいな人が山のようにいるのが事実です。「なんとなく、できそうに見える」人。やってる感を出している人と、実績が伴っている人は別です。いやいや、実績とか経験とか関係なく、理論に基づくアドバイスもありますよ、という意見もあるかもしれません。確かにそう。でもね、大抵仕事になっていません。なぜなら教える側、サービスを提供する側に結果が伴っていないからです。

ビジネス = 事業をつくること = 売上・利益をあげること は簡単ではない。

特に若い人に、『「ビジネスごっこ」に巻き込まれないように注意して』と言っている理由はそこです。収益が上がっていない会社や事業は、いくらやってる感を出していたとしても「ごっこ遊び」の域を出ません。生成AIの方がはるかに良いパフォーマスを出します。下手したらそこで飼い殺しにされる可能性もあります。誰もが簡単に起業できたり、資金を調達できたり、会社を作れたりしますが、ほぼ失敗していますから。

では、どうすればよいか。
カッコ悪く生きることが大切なのではないでしょうか。

とにかく自分が働ける場所、雇ってもらえる場所で必死に働く。好き嫌いではなく、そこで経験を積み、実績を出し、昇進、出世する。社内外で多くの人と知り合い、ギブファーストで動き、人を助け、助けられたら恩を返し、この人に任せたら安心、と、誰からも信頼される人になること。時間が掛かかりますが、時間が掛かることは当たり前です。最短距離を走れる人なんてほとんどいないのですから。

こうすることで、持てる武器が増えていくと思います。
実践経験を積み、武器を増やそう。そうすれば、ちゃんと相手にしてもらえるし、お客様に価値提供ができるし、稼げる。

なんちゃってごっこ遊びは時間の浪費です。
コピペ社会から脱出しましょう。

上記の文脈とは少し毛色の違う話になりますが、こんなことやり取りを想像してみました。

「あなたのやっていることで世の中を変えることができたか?」
「いや、そんなこと考えたこともありません、私は飯を食うためにやっているのです。」

こういう方がよほど潔いし、僕は好きです。
自分も至らない点ばかりなので、自戒を込めて書いてみました。

後になって分かることがある(旅先での出会いから)

愛媛県に行ってきました。
服部足祭りとの御縁をいただいた、大洲市にある少彦名神社への御礼参りです。

大阪府豊中市にある服部天神宮と大洲市にある少彦名神社は、ともに「少彦名命(スクナヒコナノミコト)」を御祭神としています。大国主命とともに日本の国造りに奔走された方で、医薬や温泉の神様として崇敬を集めています。大洲の少彦名神社の参籠殿の斜面に薬草がたくさん植えられているのもそういう理由からなのでしょう。

参籠殿の前に、二頭のビーグル犬を連れた男性がいました。

こんにちは、と声を掛けて保護犬だという子犬を撫でさせてもらいながら話を聞くと、元は三重県鈴鹿市のご出身で、四国のお遍路参りをしている時に地元の方と知り合い、何度か足を運ぶうちに、こっちに住めと言われて愛媛に移住されたとのことでした。

西予に樽の滝というのがあってね、そこがいいんですよ
水量が多い時は滝壺の裏側から滝を裏見することができるんです
観音様もいらっしゃるんですよ


次回来られた時にはぜひ、と教えていただきました。
表情も語り口調もとても穏やかな方で、ああ、この人は満たされているんだなと思いながら話を聞いていました。

直感的にですが、樽の滝にいけ、と言われている気がしました。

思い返せば、2021年の秋にたまたま訪れた少彦名神社で、なにかに導かれるように拝殿の裏手の崩れた階段を滑りながら登り、なぜか一時間以上も掛けて獣道のような山道を藪漕ぎしながら山頂の小さな祠にたどり着いた時は、なぜここに来たのだろう、と理由が分からなかったのですが、その半年後に服部足祭りの立ち上げのお話をいただき、2022年のプレ開催、そして2023年に二日間で1万人を集めた第一回を経て、今に至ります。(今年も10/5、6に第二回足祭りを開催します)

少彦名命の御縁なのかな、お前にできることがあるだろう、やれ、と言われたのかな。今はそのように、勝手に解釈、理解をしています。今年のお祭りの成功も祈願してきました。

樽の滝か・・・

また次の宿題をいただいた思いです。これがどんな御縁につながるのか、今は分かりませんが、この先なにかに繋がるかもしれませんね。

未来に何が起こるかなんて誰にも予測ができません。

2021年といえば、コロナ禍の真っ只中。長い闘病生活の末、1月に母が亡くなり、それもあって自分自身の人生を見つめ直し、会社を退職して独立の道を選んだのが1年後の2022年の3月でした。自分の中では大きな人生の転換点だったと思います。あれから3年。その時の決断や選択があったからこそ、今こうして自由に、幸せに、素敵な仲間やクライアントに恵まれて仕事をさせていただいているのです。

先のことなんて全然分からないけれど、日々を丁寧に謙虚に。生かされていることに感謝し、自分がお役に立てることがあれば喜んでさせていただき、大切にすべきことを大切にし、あるべき姿をぶらさずに追求する。

その積み重ねだけなのかなと思っています。

それにしても、旅先での人との出会いって素敵ですね。

下灘駅近くのお店の方々もとても親切だったし、久万高原のパンも美味しかったし、AIを学ぶ学生との交流も楽しかった。また折に触れて書き残しておきたいと思います。

旬のもの

食べるものに気を使うようになりました。
 
できるだけ添加物の入っていないもの、発酵食品、玄米、旬のものを食べるようにしています。自分の意志とは裏腹に身体は弱り、体力も低下しているので食そのものが細くなっているのですが、そのことを逆手に取り、量が必要ないのなら、良いものを少量いただこうというモチベーションが働きます。

先日、マクロビオティックの先生のご自宅に呼んでいただき、ヘルシーで美味しいランチをご馳走になりました。

旬の食材をふんだんに使い、日本古来の麹や大豆などの食材で、身体が喜ぶものばかり。
 
季節ごとに取れるものを「旬の食材」というわけですが、その時期に収穫できることには意味があるのですよね。温めたり冷やしたり、季節ごとに身体に必要な栄養素というものがあり、旬の食材はそれらを満たしてくれます。今は筍と山菜が美味しいですね。

一つひとつを吟味しながら食材を選ぶことで、自分の身体と丁寧に向き合うことができますし、生活も豊かになるんだなと実感しています。今まで当たり前に出来ていたことができなくなり、手放すものが増えてきた代わりに、同じかそれ以上、得られるものもある。自分なりに新しい楽しみもたくさん見つけ、出会いもある。

それがとても幸せなのです。

春は花の季節。
我が家の庭も春爛漫で、今はツツジが満開です。モッコウバラも咲き始め、梅の実も少しづつ大きくなり始めました。自然の中で、毎日生かされていることに感謝です。

こうして、移ろう季節を楽しみながら、何事にも感謝

自分で決めてやるしかない時代

3月も終わりが近づいてきました。
卒業式シーズンも一段落、これからは入社式、入学式、始業式と、新たな門出に胸踊る季節です。自分も独立するまでは4月1日といえば入社式でした。入社式の後は新入社員研修が続き、4月は研修シーズンでGW前にようやく落ち着くという生活でしたが、今は自分ひとりで仕事をしているので、せいぜい、支援先企業のお手伝いくらいになりました。

なんとなく、あの入社式の独特の雰囲気が今となっては懐かしく感じます。

新卒一括採用の良いところは、これといった特別なスキルや専門性がなくても、それなりに研修や教育で仕事のノウハウを教えてもらい、現場でビジネススキルを身に着け、ジョブローテで様々な職務を経験しながら一通りの仕事ができるようになることでしょう。時として、先輩や上司からの無茶振りや理不尽も経験しつつ、これらを燃料にして成長できる(させてもらえる)のです。

ここ数年、生成AIの台頭により、プロンプトを使いこなすことで仕事の生産性を上げる(CaDE-aiにリンク) ことができるようになってきましたが、新入社員にとってやはり基礎は大切。その基礎をどのように身につけることができるかというと、「学びと実践」以外にありません。

よく20代の人から「早く成長したい」「早く稼げるようになりたい」という相談を受けるのですが、そういう気持ちがある人には「一番の近道は短期集中ですよ」と伝えています。

どうせやるなら短期間に凝縮させる

例えば、新卒未経験で入った会社で3年間、慣れない仕事を覚えるために死にものぐるいで勉強し、土日も本を読み、仕事を優先した3年間と、仕事はそこそこにアフター5や週末は趣味や友達との時間に費やす3年間とでは、どちらがスキルアップのスピードが速いでしょうか。

答えは明白ですよね。前者です。
これは、どっちが良い生き方かという議論ではなくて、成長しようと思うと努力は避けて通れないということです。それゆえ「早く成長したい」と思うのであれば、短期間にその努力を集中させることが一番の近道なんです。これね、やっとくと後が楽なんですわ。将来、独立したい、リッチになりたい、多くの人の役に立ちたいと思う人は、(一部の天才は除き)できるだけ若いうちに修行だと思って努力と苦労を買ってでもやるようにしましょう。

特に最近は会社が無茶をさせてくれないので、「成長してやる!」との決意に自分でコミットしてがんばるしかありません。昔はピンからキリまで、イヤイヤでも無茶させられたので、気づくとある程度成長できていたのですが、今はやる人とやらない人で強烈な差が付いてしまいますので、大変ですよね。一応「そうじゃない生き方もある」ということは付け加えておきます。

知り合いがいない場所に積極的に出かけよう

人にとって居心地の良い環境というのは、地元の友達や学校の同級生と一緒に遊んだり、会社の同僚と飲みに行ったりすることだと思います。知った仲ですから、とても楽です。

でも成長しようと思うと、楽なメンバーとばかり一緒にいては何も得ることはできません。出来るだけ、知り合いがいない場所に出かけて色んな人から刺激や学びを得ることが大切です。これは、驚くほど成長に繋がります。

まず、知り合いがいない場所に行くと、誰も自分のことを紹介してくれません。自分から人に声を掛けなければ何も始まりませんよね。以下に場面を想定してみます。【】内はその場面で必要なスキルです。

1,初対面の人に声を掛ける【勇気、積極性】
2,その人と会話を続ける【話題の豊富さ、コミュニケーション能力】
3,その人に気に入ってもらう【思いやり、謙虚さ、気づかい】
4,その人の知り合いに紹介してもらう【好感度、さわやかさ】

【】内を見るだけでも、どれだけのスキルが必要か。4については相手が判断するものなので少し違うかもしれませんが、でも一度これらのスキルを身につけると、どこに行っても、どんな場所でも、誰とでも仲良くなることができます。もちろん、これは先天的なものではなく、やはり努力と惜しみないインプットによって獲得するものです。

その結果、居心地の良い閉じた小さな世界では出会えない属性の人々から学びや気づきを得たり、思わぬ人と繋がったり、人脈が広がって趣味や遊びや仕事の幅が広がったりするのです。ちなみに、人脈は、広げようと思って追っかけるものではなく、富や立場と同じで「結果として」ついてくるものだと思います。

4月が近づいてきたので、新入社員の方に向けて少しでもヒントになるようなことを書いてみました。昔と今は時代が違うとよく言われますが、最近のスポーツ選手の活躍やインタビューを見ていても、成功者はものすごい努力を積み重ねていますよね。見えないところでどれだけコツコツやれるかが大切なのだと思います。

自由だけど不自由、自己責任とは聞こえはいいが、事実、切り捨ての時代をどう生き延びるか、ですね。

丁寧に暮らす

Instagramストーリーズではちょこちょことアップしているのですが、丁寧に暮らすということを最近特に意識するようになりました。

ただ漫然と時間を消費するのではなく、一瞬一瞬に意味を持たせたい。人生=時間とするのであれば、スマホやPCの前で一日の大半を過ごすのはあまりに虚しい。人と比べず自分と向き合い、好きなこと、心地よいと感じることでできるだけ時間を満たし、何にでも少しのこだわりを持って楽しむ。それが人生を豊かにするんでしょうね。

子育ても仕事も落ち着いてきて、有閑な時間も出来てきた今、そんなことを考えています。

今日は最近のこだわりを少しだけ紹介させてください。

出汁を引いて味噌汁をつくる

元々料理をするのが好きで、自宅で仕事をするようになってから更にその傾向が加速しているのですが、毎朝出汁を引いて味噌汁を作るのが習慣になりました。

かつおの香りが早朝のキッチンに充満するのがなんともいえません。妻は引いた後のガラで、ふりかけを作ったりしています。無駄にもならず、美味しいんです。

鍋類もフルリニューアルし、気分も一新。
さあ、何を作ろう。

ぬか漬け

無印良品のぬか床で、きゅうり、大根、人参などを漬けてぬか漬けを作っています。元々発酵しているぬか床なのでメンテも楽だし、簡単にぬか漬けが出来ます。漬け時間で味の濃淡も変えれるし、塩分も調整しながら野菜も美味しく食べれるし。苦手な方もおられるかもしれませんが、僕は好きです。

にがりとマグネシウム

身体に良いと聞き、何にでもにがりをいれるようにしています。今まではサプリでマグネシウムや亜鉛を取っていたのですが、天然のものは良いですね。気持ち、効果が出ているような気がします。

にがり

また、風呂にはマグネシウムを入れてゆっくり浸かるようにしてから、明らかに肩こりや腰痛が良くなりました。ちょっとしたことで全然違いますね。

マグネシウム

無心になれることをする

庭にアプローチスペースを作って、ボールをコツコツと打ってます。
無心になれる時間がいいですね。ジョギングしている時間も同じですが、単純作業の間に頭を整理する。スパゲティな回路を最適化する。仕事でボトルネックになっていた課題がスッと解決することもある。新しいアイデアが生まれることもあります。

つらつらと書いてみましたが、ちょっとしたことにこだわると楽しいですね。
もちろん「暮らしの達人」みたいな人たちに比べるとやっていることはごく初歩的で当たり前のことだとは思いますが、めんどくさいことを楽しむ余裕って大切だと思います。

結局、時間に追われたり、外的要因に振り回されて受け身になり、海に漂う流木のごとくふらふらするのではなく、自分で時間を支配している実感がほしいんでしょうね。
 
人生は、時間だ。
 
身近なところに春の訪れを感じます。
自宅の庭では、梅の花が散り、代わりに桃の花が咲き始めました。温室ではカトレアも咲いていて、季節の移ろいを感じます。ぼやぼやしているとあっという間に一年過ぎちゃうな。一瞬一瞬を大切に。

選択する力

3月に入り、寒暖の差が激しいことに加え、毎年3月からGWにかけては体調を大きく崩す時期ということもあり、いよいよ今年も本格的にやばい季節がスタートしたという感じです。

東西を仕事で行き来しながら、その合間に神社めぐりやゴルフ、ランチめぐりなどをしているのですが、体調がいつどうなるか分からず、なかなか先の予定も立てにくいところに身内の入院なども重なり、スケジュールをかなり調整させていただくことになりました。各方面、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

さて、いよいよ世の中も混沌としてきた感がありますが、経済面では株価が40,000円を突破して過去最高を更新した瞬間、また38,000円台に戻るという面白いことになっています。さらにここへ来て、時期尚早ともいえるマイナス金利政策解除のニュースもあり、今後株価は更に調整局面を迎えるでしょう。米国株も一旦頭打ち、新興国のドル離れもあり、上昇機運に乗っかってジャンピングキャッチしてしまった方、新NISAをスタートした方は、少ししんどい一年になるかもしれません。

いつも思うのですが、「こうすれば大丈夫」というテンプレートが何もない世の中において、マスコミや有識者、人の言うことはあてにできず、自分の身は自分で守るということがより求められています。攻略難度が年々高くなっているRPGの主人公のように、自分の選択を自分で信じるしかない。そのために「選択する力」をどう養うか。これに尽きるわけです。

マズローは、選択には、成長の選択と、退行の選択の二種類があると説いています。

成長の選択 = 自己実現に近づくけれども、当面、苦労する選択肢


退行の選択 = 自己実現からは遠ざかるけれども、当面、楽な選択肢

退行の選択は、安全や依存と結び付けられることもあります。セーフティゾーンから出たくないというのは、安全への欲求の裏返しだし、当面楽な選択ですが、それは自己実現から遠のいていくことになるかもしれません。人間として生きている以上、将来後悔しないために、一歩踏み出す勇気が求められるということです。

また、その選択をするためには、やはり物事の本質を見る力と抽象化能力が求められると思っています。抽象化能力って、意外と歴史を学ぶことで培われるものだと思っているのですが、それは、歴史を学べば、人間は同じことを繰り返しているだけだということが分かるからなんですね。

貧しい時代は子がたくさん生まれ(その代わり平均寿命も短い)きれいなピラミッド型の人口構成図になります。産めや増やせやで、経済が発展します。そしてある程度豊かになると出生率は低下して、高齢化が進み、人口は減少します。どんな王朝も政治形態も、成長期、安定期、衰退期を繰り返してきました。

人間が人間である以上、これが正解というのはない。そもそも、自然災害や戦争や食糧危機のリスクも含めて、いつどうなるか分からない時代にセーフティーゾーンはどこにも存在しないので、結局は「成長の選択」をしなければならないことになるんですよね。
どうせやるなら、思い切って。


選択する力、自分で自問自答する毎日です。
ビジネスの順調さとは裏腹に、いかんせん身体が思うように言うことを聞いてくれないこともあり、日々もどかしい思いをしている中で、選択する力について考えながら、自らを奮い立たせている今日この頃です。