8th Memorial


6月10日でこのブログも8年目に突入しました。
2005年の6月10日、アメブロでスタートしたこのブログ、無事に丸7年が経過。もしくは満了。スタート当初は長女も生まれていませんでしたし、勤めている会社も違いましたね。そして何よりも、まだ20代!花の(?)20代ですよ。今やアラフォーのオサンですからね。そりゃ自分も、周りの環境も大きく変わるものです。

ブログを続けていて良かったと思うことは幾つかあります。

まず一つ目。
当たり前ですが、過去を振り返ることができるということです。まさに”日記”。これは「今の自分の成長具合」を確認するのに役立ちます。4年前の同じ日に自分は何をしていたのか、何を考えていたのか。時として振り返ってみると新たな気づきを得ることもできます。当時携わっていたプロジェクトやその時の局面、会っていた人によって考えや悩みが色々とあります。それが今の自分にとっての新たな気付きとなることも多くあるのです。僕の場合は、昔の方が真面目に物事を考えていたなあ、と思うこともしばしば。青くさいなあ、と恥ずかしくなることもありますが、それによって自分自身の成長を確認することもできますよね。

二つ目。
ブログを書いていると一日一日をきちんと振り返るきっかけになるということです。もう何年も前に、僕のブログを読んでくださっていたスペイン在住の女性がこのようなコメントをくれたことがありました。
「その日その日をしっかり振り返って丁寧に塗りつぶしておられるようで、いいですね」
この方が使われていた「日々を丁寧に塗りつぶす」という表現がとても好きで、以来、事あるごとにこの表現を使わせてもらっています。振り返ると何かしら反省点や課題、明日にどう繋げていくかという点が見えてくるというもの。もちろんブログをしっかり書く時間を取れない日もたくさんあります。何食べた、何飲んだで終わる時もあれば、書けずにカレンダーが虫食いになる時もあります。でも、「書く意識」を常に持っていれば、その日を振り返るきっかけになることは確かです。その上で課題を見つけて明日へフィードバックする。このサイクルが目に見えるスピードでなかったとしても、ゆっくりゆっくり成長の糧になっている可能性はあります。

三つ目の点として、自分のことを良く知ってもらうきっかけになるという点も挙げることができます。最近、ソーシャルメディアのメリットについて幾つかの考察を書きましたが、会った回数が少なくても、もしくは一度も会ったことがなかったとしても、お互い「相手がどんな人間か」ということをある程度は知る事ができます。これって実は大きなメリット。初対面が初対面でなくなり、久しぶり!が久しぶりではなくなるのです。分かりやすく言うと、「再会時のぎこちなさ」を割愛することができる(笑)。スッと話題に入っていくことができるし、最近こんなんやってるねんねーっと記事をネタに話も弾む。これは素晴らしいことだと思っています。

あとは、実名で記事を書いているメリットもありますね。恥ずかしいことや私生活の赤裸々なあれこれを書くことはもちろんできませんが、昔お世話になった方が僕のブログを見てわざわざ電話をくれたり、幼馴染が数十年ぶりに連絡をくれたりしたこともありました。いずれもブログを書いていなければ実現しなかった事です。

という訳で、昼休みの時間に長々と書いてしまいましたが、ブログ(個人サイト)の運営に魅力を感じている僕としては、これからも細く長く、ここで何かを書いて行きたいと思っています。

8年目。
どうぞ、皆様引き続きご愛顧の程よろしくお願いいたします。

“後悔のほとんどは、自分が怠慢でやらなかったことなんです” Jeff Bezos


帰宅してたまたまTVをつけてみると、売上高4兆円企業、Amazonのファウンダー、ジェフ・ベゾスがカンブリア宮殿に出ていました。おお、これは、と思いそのまま視聴。Amazonと言えば今やIT企業のジャイアントですが、10年前は赤字垂れ流し企業として有名でした。いつ黒字化できるのか?もう今年潰れるんじゃないの?という話題が多かったように記憶しています。

番組の中で、ある幹部が「ジェフは特殊な才能を持った人間です。普通の会社であればせいぜい2,3年後のビジョンしか描けませんが、彼は10年以上先を見ているのです」と言っていました。赤字なんて関係ない、これらは全て将来のための投資だ。今は物流インフラとサービスの拡張が必須なのだ、と明るく言い放ちひたすら拡大戦略を進んでいったと言います。

多くのスタートアップスが失敗する中で、営業利益が黒字化するまで8年かかったAmazonはたまたま成功したのでしょうか。ビジネスの多くがそうであるように、確かにラッキーな面もあったでしょう。経営陣がファイナンスに長けていたのか、あるいは投資家を納得させるプレゼンテーション能力に長けていたのかもしれません。しかし、ジェフの「見えないものを見ているかのような信念」と行動力、リーダーシップも大きな要素であったことは間違いなさそうです。

「なぜ、そんなことをやるのか?」よりも、「なぜやらないのか?」を考える。
出来る方法をひたすら考える。だから、ブレストの時間が一番好きだ。
ネット企業だからこそ、お客さんの来訪がない会社の設備は質素倹約にして、浮いたお金は顧客サービスに還元している。

「人生の最後に、あの時こうしておけば良かった、と後悔したくはないでしょう?後悔のほとんどは、自分の怠慢が原因で”やらなかったこと”なんです。」

この言葉、御意。

出来ない理由を並べて言い訳をし行動に移さない。やりたいと思っていても面倒くさくてやらない。こういう生き方は、将来必ず”後悔”を生む、と語っています。非常に納得ですね。「言い訳をしない生き方」を長期的な目標に置いている僕にとって、一つ一つの言葉が心に沁みました。結局、自分で積み重ねていくしかないんですよね。努力と積み重ね。出来ないことは自分の怠慢。

Reunion : 25 years later


今年に入ってからFacebookで小、中学校の同級生と繋がることが多くてとても懐かしい気持ちになっています。一人と繋がると、その友人を介してまた別の友人と・・・という具合ですね。こちらから探すこともありますが、向こうから見つけてリクエストをくれると、「ああ、覚えててくれたんだ」と嬉しい気持ちでいっぱいになります。

僕が通っていた小学校は受験組が多く、私立の中学に進学した同級生達とは卒業以来ということになります。たまにそいつの実家の前を通ったりして、「ああ、あいつ元気にしてるのかな」と思いを馳せることはあったとしても、実際に再会する、という事まではイメージできませんでしたね。少なくともソーシャルメディアが登場するまでは。

そんな折、昨夜はFBで繋がった小学校の同級生H君となんと25年ぶりに再会しました。25年ぶりです。すごいよね。まあ、昨年もネット上で僕を発見してくれたAちゃんと出張先のロサンゼルスでやはり25年ぶりくらいに再会しましたが、あの時と同じくらい今回も相当に嬉しい再会でした。

H君も今年に入ってから僕をFBで見つけて申請を出してくれた一人です。それ以来FB上でやり取りはしているものの、会えるのは僕が東京出張に行った時くらいかな、と思っていました。しかし昨日の朝、たまたま彼が大阪に出張しているとの情報を見かけ「時間あれば一杯やろうや」ということになり、急遽予定を調整。ちょうど先週、やはりFB上で繋がった同級生N君ともやり取りをしていたので、時間あったら是非、と誘って、三人で新大阪駅で再会したのでした。

幼馴染って不思議ですね。25年の歳月なんて微塵も感じず、自然に何の違和感もなく「あの頃」に戻ることができる。なんだ、この居心地の良さは(笑) そして、みんな全然変わってませんでしたね。正直、僕は先週から今週に掛けてバタバタしていたのでヤツれた顔をしていたとは思いますが、みんな若い!昔話が始まると、出るわ出るわ、懐かしい名前や先生の名前が!!忘れていた記憶がどんどん蘇ってきます。あの時はどうだった、そういえばあいつは元気にしているんだろうか、とか。

新幹線の時間があったので、2時間程度の飲みでしたが、本当に楽しい時間でした。昨夜の飲み会を皮切りに、東京や大阪、地元の西宮でも集まろう、ということになり、今年は何人の同級生と再会できるのか、今からとても楽しみです。ひな、徹、昨夜はありがとう!


先日の記事で、ソーシャルメディアのメリットの一つとして「頻繁に会わなくても、その人を深く知ることができる」ということを書きました。違和感を感じない一つの理由として、ネット上のやり取りだけで人となりを知ることができる、という要素が関係するのかもしれませんね。もちろん100%は知ることはできませんし、僕はデジタルの仕事をしながらも「アナログ人間」ですので、会ってナンボ!という考えの人間ですが、少なくとも、旧友に関して言うと、旧知の仲という土台の上に「今の情報」が積み重なるので全く自然に接することができると思います。

ソーシャルメディア、本当にありがたいですね。
これからも社会のインフラとして機能し続けるでしょう。

小さな手紙を握りしめた、小さな女の子


目が回るような忙しさに追われ、ようやく今になって落ち着きました。時計は21時。ちょっと小休憩。この時間のオフィスは嫌いではありません。


アサカツを初めてから、毎朝6時半に起きて娘と一緒に駅に向かい、ホームで見送ってから自分の電車に乗るという生活をしています。睡眠時間は更に短くなったものの、気候が良いので目覚めも良く、アサカツメンバーの集まりも良いので楽しく学習をしてから朝礼という極めて健康的なサイクルに充実感を覚えています。

さて、今朝の話です。

ホームで一緒に子供たちを見送るママから聞いた話。娘さんは一年生。その子はGW前まで学校に行くのが嫌で嫌で泣いてばかりいたそうです。その子のママは、下に3人のお子さんを抱えています。一人はまだ0歳。手がかかる年齢の弟妹がいるので、まだ一年生とは言えその子も「姉」としての自覚を持っていたのでしょう。なんとかがんばって、しばらくして泣くことはなくなったものの、学校に行く前にお腹が痛くなったりして、なかなか本調子とはいかなかったようです。ママもその子が子供たちの中で一番上ということで、かまってあげる時間も十分ではなく、少しかわいそうに思ったのでしょう。ある日、

「ママに何かできることがあるかな?」

と尋ねました。

するとその子は、

「まいあさ、がっこうへいくまえにおまもりとおてがみがほしい」

と答えました。

さすがに毎日お守りを作ると膨大な量になってしまうので、小さな手紙を毎日書いて、その子に持たせることにしました。するとそれから、その一年生の子は元気に学校に行くようになったそうです。

一番上のお姉ちゃんとはいえ、まだ一年生。うちの子もそうだったように、不安で不安で仕方がないのは良く分かります。ちょうど一年前、僕も泣きじゃくる娘を学校まで引きずるように連れていきましたっけ。先生に泣き叫ぶ娘を預けて、断腸の思いで小学校を後にして駅に向かったことを鮮明に覚えています。あの時は辛かったなあ。
きっとその子も皆と同じように、まだ学校には馴染めてないんだと思います。でも、姉としての自覚もあるからママに迷惑かけないように我慢していたのでしょうね。小さな手にママからもらった手紙をお守り代わりに握りしめて、がんばっているのでしょう。

僕は今朝、ホームでこの話を聞いて涙が出そうになりました。きっとその手紙を一日のうちに何度も何度も読み返すんでしょうね。

おとなしくて、自分からは全然話をしないのですが、いつもニコニコ笑っているかわいい女の子です。今朝、初めてうちの娘を含むお姉ちゃん達に囲まれて、ママから離れて一人で電車に乗って行きました。

明日の朝もきっとその子に会います。

とびっきりの笑顔でその子の頭に手を置き、「行ってらっしゃい!」と声を掛けてあげたいと思います。

がんばれ、一年生!

Firefly in Shukugawa


夙川にホタルが出始めたという情報を先週キャッチしてから、なかなか苦楽園入りを果たすことがでなかったのですが、ようやく念願のホタルを観に行くことができました。場所は阪急苦楽園口駅の橋のたもと。Bar TIMEの前の河川敷を少しだけ上流に沿って歩くと、柔らかい光をチラチラと観察することができます。本当に柔らかく優しい光です。住宅街の真ん中でホタルに出会えるのは本当に嬉しいことですね。ボランティアの方々でしょうか。カワニナを放し川をきれいにしヤゴの生息を確保しておられます。本当に感謝です。


苦楽園口のBARNSへは実に二週間ぶり。仕事終わり、何故だかぐったり疲れてしまい、21時半の電車に乗って目指しました。常連さん達、マスターの顔を見ると疲れも吹き飛びます。ここに来るといつもの皆さんの笑顔に癒されます。最後はO先生とマスターの三人でゆったり話ながらリラックスした時間を過ごすことができました。

Solar eclipse


世紀の天体ショー、金環日食に全国が湧いた今朝。厳密に言えば我が街、芦屋市は完璧な「金環」が見えるエリアからは少しだけはずれているのですが、それでも用意した日食グラスで最初から最後まで日食を観測することができました。

6時半に起床して、徐々に半月、三日月のように隠れていく太陽を見ながら子供のように感動。時間を忘れて観測です。娘達もこの通り。

この貴重な体験が娘達の心にしっかり刻まれますように。宇宙兄弟のように、これがきっかけで宇宙を目指すようになったりして。それはそれでロマンがありますね。

このような宇宙の神秘を目の当たりにして、改めて人間の小ささと自然の偉大さに感動。結局、人間は地球上で生かされている「生物」なんです。地球から見れば他の動植物と同じです。謙虚に生きなければなりません。また、例えば東京で今日と同じような金環日食が見れるのは300年後。「日本のどこか」や「世界のどこかで」と言うと数十年に一度は見られているものの、同一の場所で観測できるのは一生に一度あるかないか、です。僕自身もあと40年もすれば寿命を迎えるのでしょう。宇宙時間と比べると人の一生なんてあまりに短い。日々、後悔することなく、無駄に過ごすことなく、一生懸命に生きていきたいものです。冗談ではなく、真剣にそう思いましたね。

通勤途中も日食グラスを片手に、最後の最後まで日食を観察。世界の各地でたくさんの人が空を見上げる。なんとも微笑ましいではありませんか。

Farewell party


素敵な飲み友達であり姉のような存在でもある385さん(このブログのレギュラーメンバーですね)と芦屋会最古参のAZちゃんの壮行会をPeri亭貸切で。

親しい仲間ばかりですから、久しぶり感が全くなく。なんだか正月に親戚一同が集うかのような雰囲気(本当にこの表現がぴったり合うと思う・・・)であっという間に時間が過ぎて行きます。本当に楽しい。残念ながら出席できなかった方々の分まで存分にお祝いしてきました。仕事を一時求職して海外の大学院に留学、東京に転勤・・・それぞれの道を歩まれるアグレッシブなお二人に幸多かれ!!

多くの言葉はいりません。
気が向いたらいつでも帰って来てくださいね。
ここには素敵な仲間がたくさんいますから。

Firefly


気温が高く、暑い一日でした。
今日の打ち合わせ先は駅から歩いて15分。緑豊かな住宅街を抜けていくのはいいのですが、なにせ日差しがきつい。風が涼しいのが救いかな。それでもしっかり汗をかきました。これから段々と夏に向かって行くのでしょうね。夙川ではもう、蛍の姿がチラホラと見え始めているようです。もう一年が経つのか。ほんと、あっという間に季節は移り変わって行きますね。


夙川の蛍と言えば、昨年、苦楽園口のBARNSで飲んでいる時に常連さんのお一人である鍼灸師の先生が、瓶の中に捕獲した蛍を見せにやって来てくれたことがありました。瓶に丁寧に葉っぱを入れて、蛍を数匹放し、ラップで蓋をして空気穴を丁寧に開けて。マスターが気を効かせてカウンターのライトを少し暗くして、場に居合わせたお客さん達と鑑賞したのです。しばし眺めた後、すぐに先生はまた、夙川に逃しに行かれました。
夙川(苦楽園口より上流ですが)は蛍が住めるように、地元の方々がボランティアで環境作りを進めておられるようです。素晴らしいですよね。こんな住宅街、いや、ある意味都会と言ってしまっても良いと思いますが、そんなところのど真ん中で蛍が見れるなんて。ちなみに家から近所の芦屋川でも開森橋から上流に行けば蛍を見ることができるようですね。いずれにしても地元の方々の働きに感謝です。

これからの季節、また苦楽園に寄ってから帰宅する機会が多くなりそうです。

Estar com Você


暖かくなると聴きたくなる曲。きっとそれぞれたくさんありますよね。
僕の場合はブラジリアンやBossaがそれに当たります。

今、企画書を書きながら聴いている曲はこれ。
“Estar com Você”

ポルトガル語で”Estar com Voce”とは「あなたと共に」という意味です。
明るい曲なのに、美しいボーカルとピアノのメロディラインがどこかノスタルジック。

ノスタルジックと言えば、ポルトガル語には”Saudade”という独特な単語が存在します。あのJoão Gilberto の “Chega de Saudade” という曲でも有名です。しかしこの”Saudade”という言葉、ブラジル人の友人に教えてもらったのですが、他の言語では一つの単語で言い表しづらい複雑なニュアンスを持つそうです。英語の「ノスタルジック」でもなく、日本語の「郷愁的」でもない。wikiで調べてみると、こんな風に書いてありました。

<以下、wikipedhiaから抜粋>
単なる郷愁(nostalgie、ノスタルジー)でなく、温かい家庭や両親に守られ、無邪気に楽しい日々を過ごせた過去の自分への郷愁や、大人に成長した事でもう得られない懐かしい感情を意味する言葉と言われる。だが、それ以外にも、追い求めても叶わぬもの、いわゆる『憧れ』といったニュアンスも含んでおり、簡単に説明することはできない。ポルトガルに生まれた民俗歌謡のファド (Fado) に歌われる感情表現の主要なものであるといわれる。

確かに。
日本語でもそういう単語はたくさんありますよね。
例えば「はんなり」とかね。
言語や文化的背景って、本当に面白い。

Jazztronik “Estar com Você”

【ギャラリー】Happy Wedding


天気もロケーションも最高。

友の式に、仲良し家族数組と一緒に参列させていただきました。
少しだけですが幸せのお裾分けです。

この子のママとの出会いがなければ、新郎とも出会えていなかったのでした。

一緒に飲んでいる時に「ともさんと絶対合うと思う!今から呼ぶね!」と紹介してもらったのが、彼女の友人だった彼です。彼女の想像通り僕達は一瞬で仲良くなり、それから長い付き合いをしています。このような出会いがなければ関西ゴルフ部も、今、兄弟のように仲良くしている数家族のみんなとも出会えなかった。まさに財産ですよね。ちなみに当時独身だった男の子も女の子もみんな結婚して、パパ、ママになりました。来週はそれぞれのパートナー、子供たちを連れて総勢7家族が集まる予定です。まるでゴルフ部同窓会。そういうこともあって皆の赤ちゃん全員、自分の子のようにかわいいのです。

多くの言葉は要らない関係。
しんちゃんおめでとう。いつまでも末永くお幸せに。