答えを探すのではなく、問いを立てること

先月エントリーしたブログで、効率的、直線的、最短距離という言葉に何の魅力も感じないと書きました。その理由として、「一つのことに集中し、答えを探すことももちろん大切なのですが、一見遠回りと思えることに一生懸命時間を費やし楽しむことで、異なる要素が結びつき、良いアイデアが生まれたり、ビジネスの種を見つけたり、ボトルネックになっている問題の解決策のヒントが得られたり、新たな人との出会いがある」としたのですが、それに加えてもう一つ気付いたことがあります。

ChatGPTのようなgenerative AIが台頭してくると、答えを得ることはとても簡単になります。あれこれ考えたり、論文を漁ったり、調べたりしなくても、先行研究や論文データベースはすでに検索対象としてあるし、実際に起こった事実を考察して結論を出し、AIがそこから答えを自動的に生成してくれます。答えを得る作業に費やす時間は、ほぼ0になりつつある。つまり答えを探すという行為そのものは既に最短距離で実現できてしまうものだと思うのです。(ちなみに効率化に関しては、これを本気で実現すると働き手は不要になるので一部の資本家だけが儲かるというディストピアが生まれるだけです)

でも、問いを立てる、ということについてはどうだろう。

自分でなにかに関心を持ち、これは本当なのだろうか、他にもっと良い方法はないのだろうか、この課題を解決するにはどういうアプローチをすれば良いのだろうか。問いを立てる能力がこれからもっと必要になっていくのではないでしょうかね。前回の記事で、福沢先生や谷崎の本を読んでいると書きましたが、現代から見ると情報もモノも何もない明治維新前後や昭和初期の時代、彼らは常に「問い」を立てていることが分かります。その時代、自分で考え、選択肢を準備し、決定して行動しなければ何も起こらないし何も始まらないからです。

白秋共同研究所で研究と実践のテーマにしている「ウェルビーイング」は、まさにこの点を指摘しているのかもしれません。僕は専門家ではないので教えてもらったことだけを紹介すると、ウェルビーイングの構造は、まず「経済成長」「民主化」「社会的寛容」という社会的条件があり、その上で「働く/生きる上で選択肢から自己決定する」→「主観的な評価と体験」がウェルビーイングな状態である、ということです。

つまり重要なのは、自ら考え、自己決定をするということ。
そのためには答えをすぐに探そうとしたり、答えを見て判断するのではなく、問いを立てることが必要だということですね。これ、習慣化したいと考えています。

目指すは珍味

我が家は父方も母方も祖母が健在でして。
ふたりとも95歳前後なのに、特に病気をすることも、認知症もなく、本当に健康に暮らしています。おばあちゃんたちを見ていて長寿と健康の秘訣について思うことは、「土に触れること、良く食べること、良く寝ること」この3つだと思っています。あとは、友達がどれだけたくさんいるか。技術やITやエコノミクスとかはどうでも良くて、ただ毎日を生きる。たっぷり寝て、ご飯つくって、働いて、食べて、寝る。なにかのタイミングで生活がドラスティックに変わったり、科学技術の革新によって考え方が変わったわけでもない。戦前から戦中、戦後の混乱期、高度経済成長期、バブル、失われた30年・・・それぞれの時代の中で、なるように生きてきた。

僕はそれだけですごいことだよな、と感心すると共に、人間の本質って基本的に変わらないとも思うのです。

最近、福沢諭吉先生の自伝を読み返しているのですが、150年前でもその当時と昔を比べておられますし、文豪・谷崎の戦前の随筆の中でも、いまどきの若い子は言葉使いが変わってきた、とか、服装が変わってきた、とか書かれているんですよね。つまり、いつの時代も同じということなんでしょう。

今週も様々なニュースが飛び込んできました。SVBやCSなどの銀行破綻による金融不安、米国IT企業の大規模リストラ。その間にもGPT-4やBardなどのレビューも相変わらず絡みあって、これからの時代はどうのこうのという論調が目立つんですけど、はっきり言って「そんなもん」でしょう。良い悪いをただただ繰り返すのが人間の歴史です。

ここ30年という短い間だけでも、ドットコムバブルの崩壊、リーマンショック、コロナショックがあり、なにかある事に大規模リストラが行われ、景気が良くなると大規模雇用が行われてきました。今はインフレ抑制のための金利上昇による株安とリセッションを見越してのリストラなわけで、一通り落ち着いたら、また雇用が促進される。一喜一憂したり、起きている事象を分析して論評したりするのではなく、自分の生活を自分なりに、コツコツと積み上げていくことが大切なのだろうと思います。

そうそう。
先日、産学官民連携団体KNSの定例会が関大梅田キャンパスで行われたのですが、僕も含めて多くの方が社会課題解決のために「ローカル」と「共助」と「人間らしさ」をテーマに活動されていることが分かりました。やっぱりそうだよね。大切なのは半径数メートルの人間関係と思いやり、そして、自分らしく意思決定しながら人生を歩むこと。儲からないことを一生懸命やるところが日本人らしくて良いなと思っています。

日本全体としていえることだと思いますが、世界のスタンダートを目指すのではなく、やはり「珍味」になることが大切だと思うんです。目線を上に上げすぎても下に下げすぎてもだめで、バランスの良さを保ちながら、ハンバーガーやピザではなく、珍味を目指す(笑)グローバルニッチというのか、土地に根ざす文化というのか。島国という土地に根ざす文化から出てくる製品やサービスが海外で受け入れられるわけないじゃんという割り切りも大事なのではないでしょうか。

いずれにしても、何が起きても動じず、そうそう、こんなもんだよね。人間の歴史って山あり 谷ありだよね、と思えるようになれたら楽ですね。うちのおばあちゃん達のように、健康長寿の秘訣はそれだと思います。

先日の中華ランチ美味しかった

血流と脳への刺激について

週末が忙しいものですから、月曜日に前週を振り返るというパターンが定着しつつあります。皆様いかがお過ごしでしょうか。

この一週間を振り返ってみると、個人的に一番のグッドニュースは、花粉症が改善に向かっているということです。3月に入ってから花粉症がひどくて喘息のような咳が止まらず、耳鼻科でもらったアレルギーの薬を飲みながら凌いでいたのですが、なかなか改善に向かいません。そんな折、MC業をしている友人から、アナウンサーなどの専門職が通っている耳鼻科があるということで診てもらったところ、そこで処方された薬がハマりまして。ようやく改善されつつあります。少し強めの薬なのかもしれませんが、人に会って話をすることが仕事ですからね。

さて、昨日は六甲縦走キャノンボール大会でした。トレラン草レースの人気大会で、道中、関東から来ました〜というトレランナーさんご一行もいましたよ。宝塚から須磨浦公園までの片道縦走46km、累積標高±2500mのコースですが、ラン友さんたちと無事完走。楽しい一日でした。さすがに今日は多少筋肉のハリがありますけれど、普段のトレーニングに加えて血流を良くすることを意識しているので、自分でも驚くほど痛みはありません。やはり普段の積み重ねが大切ですね。

血流って、たとえば冷温交代浴など、刺激を与えることで活性します。外部からの刺激ってとても大切で。これは脳も同じだと思うんですよね。適度な刺激がないと、筋肉同様、考え方も思考パターンも凝り固まってしまう。最近特に思うのは「刺激は自ら与えるもの」ということです。

独立して一年、仕事も時間もライフスタイルもすべて自分で選べるようになりました。会社勤めをしていると、日々、人間関係も含めて良いことも悪いこともあります。がっかりすることも嫌な思いをすることも。でも、フリーになると、そういうことがほとんどないんです。居心地の良い環境、人間関係、コミュニティ、仕事。すべて自分で選べるのでハッピーでしかない。ノンストレスな毎日は最高です。

でも一方で、不可抗力的に降り注ぐ「嫌な刺激」って実はとても大切なんですね。このブログでも何度か書いていますが、人を成長させるのは「理不尽な経験」と「居心地の悪さ」だと思っています。いやこれ本当に。修羅場(と言っても大げさですが)をどれだけ超えたかによって、人としての器の大きさや引き出しの多さが決まると思っていますので、苦労は買ってでもするもの、ということもできますよね。

独立して一年を振り返る時期に来ましたので、この一年がどうだったか、独立してどうだったかは追々時間を掛けて書こうと思いますが、もし課題があるとしたら、自分に「刺激」をどう与えるかという点です。そのために、来る仕事は何でもする、知らない場所に積極的に出掛ける、人がしないような仕事を自分から買って出る。朝、ジョギングや散歩中にすれ違う人とは必ず挨拶をする、こういうことを日課としてやっています。

脳の血流が凝り固まってしまわないよう、血流良くすることって大事ですね。

縦走中に出会った須磨アルプスの夕焼け

お願いする力、聞く力

起業にしても、転職にしても、「三人寄れば文殊の知恵」と言われるように、自分ひとりで悩むのではなく、いろんな人からのアドバイスを聞く方がより良い判断ができるのは明白です。

僕自身も人に相談を仰ぐこともあれば(優れた経営者の本に助けを求めることもあります)、相談されることもあります。最近いずれも20代の起業家3人のカベウチ相手になりましたが、こちらが学ぶことも多く、「相談させてください」「アドバイスをいただきたいので時間をください」と言われると、逆に「ありがとうございます」と思ってしまうくらいです。そういう意味では、最近の20代起業家は(皆がそうであるかは分かりませんが)、今の自分自身や自分のビジネスに足りないものを的確に把握し、そのピースを埋めるための情報やメンターを素早くスタッフィングするのが上手ですね。それに社外にサードプレイスを作れと言わなくても、呼吸をするように様々なコミュニティに属していろんな人とコミュニケーションをしている。自分が若い頃はそんなことできなかったよな〜と、感心の眼差しで彼らを見ています。

個人的に、仕事を成功させる上で重要な要素の中に、「お願いする力」と「聞く力」があると思っています。「お願いする力」というのは、お願いの仕方が上手いとかではなく、その人自身の人間性、人となりにあると思っています。プライドや恥ずかしさを捨てて、謙虚にお願いするのはもちろん大切なのですが、それよりも普段から思いやりを持ち、親切に人に接し、自分にできることは何でもお手伝いするといった利他の精神かつ見返りを求めないコミュニケーションで、人から愛されるようなことをしている人。そういう普段の積み重ねがあるからこそ、何かをお願いした時に「よし、君のためなら喜んで!」という気持ちなるのだと思います。

また「聞く力」についても、聞き方のテクニックよりも、事前の準備の方が重要です。相談相手の仕事やキャリアを調べ、その人からどんな情報やアドバイスを聞き出したいかを整理し準備しておく。そして、相談相手が答えやすい質問を投げる。ただなんとなく、どうすれば良いですかね〜では、相談相手もどう答えて良いか分かりません。そうして引き出したアドバイスを、ビジネスの血肉にするべく謙虚に分析することも必要です。事前の入念な準備が必要なのは、打ち合わせや会議でも同じですよね。

いずれにしても将来有望な若手起業家のお手伝いが少しでも出来るのは自分にとっても本当に嬉しいことです。もちろん、自分もまだまだ挑戦し続けるつもりではありますけれど。

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今日の一枚は、インバウンドの観光客が戻りつつある二寧坂の写真です。

大丈夫。なんとかなる。

「大丈夫」という言葉は人を勇気づけますね。3/1は長女の高校卒業式だったのですが、来賓祝辞に登壇された神戸大学の副学長の言葉が素晴らしかったので紹介しておきます。

「皆さんにひとつ言葉を送りたいと思います。それは『大丈夫』です。色々と不安に思うこともあるかもしれませんが、皆さんは絶対に大丈夫ですし、将来再会した時にはきっとこう言ってくれるでしょう。『先生、私達、大丈夫でした』と。」

予測不能なVUCAの世界だし、昨夜のNHKスペシャルで放送されていたように南海トラフによる巨大地震が来る確率も高いでしょう。経済的にも政情的にも、不安な要素を数え上げたらきりがない。でも、まだ起こってないことを指折り数えて不安を抱えて毎日を過ごすより、明るい未来を想像しながら毎日をポジティブに明るく生きる方が何百倍も良いに決まっています。実際、心配事の9割は起こらないという最新研究もあります。なんとかなるよ、きっと大丈夫。

理系女子の長女はこの春から、志望どおり建築学部生になります。
子供の頃から「劇的ビフォー・アフター」が好きだった少女が、一級建築士という目標に向かって一歩を踏み出すことができるのは親としては嬉しい限りです。なりたい職業が明確で、そのための学部、進学先を決めて進む。建築学生はアルバイトもできないくらい学業が忙しいというネットの情報を見て「私、バイトできないかもなあ・・・苦笑」と覚悟を決めているようですが、それもよし。卒業して社会に出てからが勝負ですからね。

長い人生、視座高くいろんなことにチャレンジして行って欲しいなと思います。絶対に大丈夫。

春の六甲縦走キャノンボールレースが近づいてきました。

一週間前に縦走路41kmを走ったばかりですが、この週末も縦走路27kmを走破しました。そして昨日はゴルフ。ロングランの後にゴルフをすると百発百中で腰痛を発症します。笑
今週は身体メンテナンスウィークかな。

それでは、今週も一週間がんばりましょう!