一日の始まりに先立ち


問:一日の始まりに先立ち、何を考えるか
答:何も考えない

朝から旅サラダを見ながら申告準備、午後からは仕事の打ち合わせ、夕方は税理士事務所。ブランチ代わりにアイスコーヒーとホットドッグ。

気分的に一番ゆっくり出来るのが土曜日午前中です。週中の仕事の振り返りを行い、残タスクをボーッと考え、同時に、この週末何をするかに思いを巡らす。この「9時〜12時」までの3時間がとても好きなのです。おお、もう12時になってしまった。


「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」

この言葉を座右の銘としているビジネスマンはとても多いのではないでしょうか。僕も好きな言葉の一つです。この言葉は、リクルート創業者の江副氏が提唱し、リクルート社訓の一つとしてあまりに有名ですが、昨夜、その江副氏が76歳で亡くなったというニュースがTLを賑わせました。一代で数千億企業を作った企業家の一人として尊敬を集めた氏が残した功績は脈々と受け継がれているはずです。「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」。改めて噛み締めています。

さて皆様、この三連休はどんな予定でしょうか。
仕事の方も旅行の方も何もしない方も、
みんなまとめて良い週末を。

見えない景色を見ることができる時間


すべきことがたまっていてこの週末、土日合わせて6時間くらいしか寝れませんでしたが、なんとか一つの山を超えることができました。相変わらず、次女はインフルエンザ真っ最中で、僕も家に居ながらマスク、うがい、手洗いを欠かすことはできません。なんとか必死で抵抗しているのですが、体も弱ってきているのでしょうか、喉痛と頭痛が。。。いやいや、それでも必死で抵抗しますから。

今朝の大阪・中之島。
とても気持ちの良い晴天でしたね。

どんな人でもそうですが、深夜、明け方まで起きているととても眠たくなります。しかしすべきことが残っている。こんな時、自宅にいると確実に自分に負けてしまって、気づくとソファーの上で朝を迎える・・・といったことが多々ありますよね。こういう時はどうするか。はい、そうです。家出です。

幸い、家から車で5分程度の国道沿いに24時間営業のガストがあって重宝しています。昨夜も2時頃に自宅で限界を感じ(イスに座っていたはずなのに、気づくとダイニングテーブルの下で本を読んでいた・・・相当、横になりたかったらしい)、車を走らせてガストに向かいました。深夜のファミレスなんてほとんど行ったことがないのですが、面白かったのは、ソファー席で真横になって寝ている人や、テーブルに突っ伏して寝ている人、椅子に仰向けになって寝ている人などがいること!あの人達は一体何しに来ているのか?寝に来ているのかな。良くわかりませんが、若者達や勉強に来ている人たちに混じって「睡眠クラスタ」の皆さんがいらっしゃることに驚きました。そして、もう一つの発見。AM5時になったら朝食メニューに切り替わるのです。5時前に店長さんがメニュー表を変えに来る、まさにその瞬間に立ち会うことができました。この体験は貴重でしょう。感動(そうでもない)。そんなこんなで6時前くらいまでがんばって帰宅。お陰で結構進んだわ。

おっと今日もこんな時間になってしまいました。
ばたばたの週末もおしまい。

明日からまた新たな一週間がスタートします。
かなり冷えこむ今週ですが、1月最終週。
気合いれて参りましょう。

場違いな居心地の悪さを感じた時、人はどう行動するか


娘たちのリクエストに応えて向かった神戸の王子動物園。
冬場だからきっと空いているだろうな、と思いきや大混雑。駐車場の車列は神戸文学館まで伸びています。先に家族に降りてもらい、僕だけ後で追いかけることにしました。

休日の動物園はファミリーでいっぱい。三世代で来ておられるファミリーも多い。割合で言うとファミリー(ファミリー同士も含む)9割、ノンファミリー、アベック等が1割くらい。

家族との合流を目指し彷徨い歩きますが、なかなか見つけることができません。ここまで来たら手っ取り早く携帯で連絡っていうのも面白くないので、運に身を任せることにしました。ゲームとしてはなかなか面白いのですが、先に述べたように動物園はファミリー(6回目)のパラダイス。大男が一人でウロウロしていたら逆に目立つ訳です。周囲の白い目に晒されながら、逞しく堂々と動物好きのおっさんを演じる僕。なんなら動物研究家ですけど何か?というくらいのトランスぶり。皆が集まるパンダ館とかではなく、あえて地味な「ニホンジカ」の檻の前で何かを確認するように仁王立ちしたりして「違い」を見せつける訳です。しかし、意外と大人達って動物に興味を持っていないものですね。動物たち見てるよりも子供たちの世話に必死か、人間ウォッチングを行なっているかのどちらか。だって、すれ違う人、すれ違う人、めちゃくちゃ目が合うんですもん(お前も動物見ろよ)。

動物園には小さな遊園地が併設されていますが、そこで楽しむことも忘れてはなりません。マジックミラーで足を伸ばして一人で盛り上がってみたり。

明らかに場違いな状況に身を置いてしまった時はどうするか。「ただ楽しむ」。これですね。どれだけ見られていても、自分が楽しむことを忘れてしまっては動物たちにも失礼です。そして「学ぶ」。檻の前に掲げられているプレートを一言一句噛み締め、味わいながら読む。「アフリカタテガミヤマアラシの生態」とか、いつか何かの役に立つかもしれないじゃないですか。

とまあ、そんな事を言いながら、ゴリラ館の前で娘たちと遭遇した時は心底ホッとしたんですけれど。皆様、やはり一人で行って良い場所とそうでない場所ってあるんですね。それでは、王子動物園の素敵な動物達の写真をどうぞ。

番外編

ハンター邸

文学館

観覧車から見下ろす王子スタジアムの
カレッジ・フットボール

傾聴すること、従順であること


とりあえず、腰・爆発後の初出社。
家のドアを開けて、おそるおそる駅に向かい、おそるおそる電車に乗り、ガタンという揺れにおびえ、ゆっくりエスカレーターで昇降し、人混みに紛れて歩き、エレベーターに乗って会社にたどり着きました。この道のりの長かったこと長かったこと。コルセットを巻いて薬も飲んでいるのに、一歩一歩ビビりながらです。無理もありません。ずっと自宅に閉じこもっていたのですから。
3日間も休むと我がデスクも懐かしい場所のように感じられます。遅れて到着した年賀状や郵便物が積み重なっていたくらいで、いつもの自分の仕事部屋、いつもの自分のデスク。やはり会社はいいものです。みんなの顔も見れて、一緒にランチに行き、客先に行き、打ち合わせをして、一緒に働く。最高ですね。


相変わらず電話やメールで「腰痛見舞い」や「対処アドバイス」をたくさんいただくのですが、本当に本当に、それらの一つ一つが嬉しかったです。先輩諸兄や親しい友人達から気遣ってもらえるというのはありがたいことだし、心強い。自分もそういう大人になりたいと思います。身近なところにたくさんの良い模範がいることを感謝しています。

さて、共に働くマーケッターの同僚、Mさんは椎間板ヘルニアの大先輩。
対処方法を細かくご指南いただいています。また遅くまで残っていると「早く帰ってください」「もう終わりましたか」「22時までには寝なさい」と親身に気遣っていただきました。本当にその通り。経験者が言われることはもっともだし、そのための研究や腰を守るための体操なども日々欠かさずされている訳ですから、従わない理由がありません。傾聴するだけでなく、従順さも求められますね。これは皆様からいただく種々のアドバイス全てに言えると思っています。

しかし、実のところ、会社を出たのは22時前だし、深夜2時になっても起きてしまっている。少し動けるようになったから、散らかっていた部屋の掃除を始め、アイロンと靴磨きもやってしまっている。早く寝なきゃ、ダメだとは分かっているんです。しかし動いてしまう。寝ない。僕の場合は、これらの生活習慣そのものがもはや「病気」なんだろうと思います。いつまで経ってもこんなことしていちゃダメだ、皆に心配かけてはダメだ。「傾聴と従順」。バカに塗る薬はないと開き直るのではなく、せめてリハビリ期間だけでも、半ば強制的に生活習慣改善に入ろうと思います。まず「遅寝早起き」から「早寝早起き」のスタイルへ。早寝。これが実は「断酒一ヶ月」よりも厳しいかもしれない。自分へのチャレンジです。


話は代わり、今日見たサイトの備忘録を。
IT各社のサービスがどのようにマネタイズされているのか。とても分かりやすく整理されたサイトです。ハーバードビジネスレビューではありませんが、事例を見ることがビジネスを学ぶ上での基本。一目ですぐに分かるユーザービリティの良さ、情報の簡潔さ、アイコンの効果的な用い方も含めて、とても秀逸なサイトでした。こんなサイト欲しかったんです。

How do they make money?

さて、明日は金曜日。
あっという間に週の最後ですね。
皆様にとっても良い一日でありますように。

それでは。

Nujabes – Spiritual State

ただのぎっくり腰だと思っていたのが別の病気だと診断された時、人は何を考えるか

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どうも、「腰」や「痛」を連呼するブログにようこそ。
僕は相変わらず四つん這いに近い状態で元気に生きております。

ここ数日、仕事のメールやプライベートの連絡、FBなどで、「ブログを見ましたが・・・」とお気遣いのお言葉をたくさん頂戴しており感激しております。稚拙なブログなのに意外とたくさんの方に見ていただいているんだという嬉しさと恥ずかしさで胸がいっぱいです。心のこもったお気遣い、お見舞いの言葉、本当にありがとうございます。

驚いているのは、「実は私も腰が・・・」とか「頚椎を・・・」とか「膝関節を・・・」という方の多さ!皆様、関節や神経の痛みを良く御存知だからこそ共感していただけるようで、なんだか強い「痛みの連帯感」(結束力?)のようなものが生まれ、自分以外にも仲間がたくさんいるんだと思うと、本当に心強く思います。しかし、これほどまでに皆を苦しめる痛み、いっそ人間は脊椎や関節のない軟体生物だった方が良かったのではないかとすら思いますよね。


さて、ようやく少しばかり動けるようになったので、昨日病院で診察を受けてきました。普段は腰痛で病院なんて・・・と思ってしまうタイプなのですが、ちょうど幼馴染の同級生が近くの病院で整形外科医として勤務しており、一度ちゃんと診てもらおうと思ったことも背中を後押ししたのです。割と規模の大きな病院で、設備も良くスタッフさんも親切な方ばかり。正月明けということもあって患者さんでロビーや待合は混んでいましたが、すぐに診てもらい、まずはレントゲン。骨には異常なし、ということだったのですが、もしかして椎間板かもしれないということでMRIの検査へ。人生初MRIです。噂に聞くほどの不快感はなく、気づくと眠ってしまっていました。検査が終わり、また診察へ。ちなみに短い待ち時間でも、やはり激痛でジョジョの奇妙な座り方になってしまっています。あれだけはどうしようもない。

診察室へ呼ばれると、同級生のかー君先生がいつもの優しい顔でモニターを見つめています。「これ、見てみ。ここが骨ね、で、この骨と骨の間が椎間板。これが脊髄で、この中にほら、神経がたくさん通ってるよね。この2番目と3番目、4番目と5番目の骨の間の椎間板がごっつい出て脊髄を圧迫してるよね。特に2番目と3番目が・・・うわー、大きいね。これ、ヘルニアね。椎間板ヘルニアやね。」

「ヘルニアね。椎間板ヘルニアやね。」

・・・出た、あの噂に聞く「ヘルニア」。
まさか自分が・・・という思いで、目の前に映し出される己の腰の画像、3Dの画像に釘付けになりました。鮮明に映し出される画像、かー君先生の丁寧な説明。誰の目にも明らかなほど大きなヘルニアです。認めざるを得ない訳です(当たり前)。自分の身近な周りにも椎間板ヘルニアや頚椎ヘルニアの人がたくさんいます。そして皆の苦労も良く知っています。ああ、これからずっとこの病と付き合って行かなくてはならないのか・・・と思うと、一瞬目の前が真っ暗になりました。なぜか今まで「自分はただの腰痛持ち。ヘルニアなんて大袈裟なものな訳がない」と高をくくっていたのですが、まあ、なって当然かなという思いもあります。バスケ、スキー、ゴルフ、マラソン。長時間のデスクワーク、身長が高いので姿勢が悪くなってしまい、腰に負担がかかっていたこともあるかもしれません。そして数年悩まされている慢性的な腰の痛み。ただの腰痛持ちでは片付けられない痛みの原因がはっきり分かったので、気持ちがスッキリしました。

「えっと、とりあえず、スポーツは3ヶ月厳禁ね。
ゴルフ、マラソンだめよ。」

はい、了解です。長い人生、多少ブランクがあっても無問題。
かー君先生いわく、ヘルニアは一生ものでもなく、画像では残っていても鎮痛剤なしで痛みが消えることも良くあり、スポーツも復帰できることも良くあるので、あまり心配しないことだ、と言われたので、まずは無理せず安静にしておきます。4月の芦屋ハーフマラソンは父や娘達も楽しみにしているので、食材持って応援団として参加しようかな、なんて考えています。多分、今年一年はマラソン休業。一緒に走ろう〜って言ってた皆様、ボランティアや応援団で参加しますのでね!暖かくなれば、マラソンの代わりにトレッキングポールを使ってハイキングも楽しめますしね。ゴルフの方はインターバル後、ボチボチ出来そうです。関係各位、ゴルフコンペはGW前にしてください。(自分勝手w)

という訳で、ヘルニアクラスタの皆様、新米ですがどうぞよろしくお願いします。しかしあれですね。人間って歳を取る生き物なんですね。今まで健康そのものだったのが、ここ2〜3年の間に出るわ出るわ、病気のオンパレード。37歳目前にしてまた一つ追加されました。今まで肉体と精神を酷使してきたツケと言えばそれまでなんでしょうが、みんな同じと言えば同じです。仕事で知り合う方々も、大きな声で言わないけれど大体何か持ってらっしゃる方がほとんど。うちの会社にもゴロゴロいます。病気や障害が起きるのはしょうがない。要は、どう前向きに上手に付き合っていくかですよね。その辺りのバランスを、これから学んで行きたいなと思っています。

とりあえず随分良くなっては来たものの、まだ外を歩ける状態ではなく、ずっと座っているのも無理な状態なので、今日一日もう少し安静にしておくことにします。幸い月曜日、火曜日と、会社や客先と連絡を取り合いながら自宅で仕事を続けることができています。皆のサポートあっての事、ありがたいです。うまく行けば今週末には十分復帰できそうなので、急がず焦らず治して行こうと思っています。というわけで、またもや長い記事にお付き合いいただきありがとうございました。

それでは、今日も皆様良い一日を。



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それでも世界は回り続ける


世間一般、今日が仕事初め、学校初めだったのではないでしょうか。
世の中が新年のスタートで盛り上がる中、僕は自宅で仕事を行なっていました。留守番のパートナーは水疱瘡で学校をお休みしている長女です。何この病人家族。当たり前と言えば当たり前ですが、ぎっくり腰を発症してから一度も外出していません。もとい、できません。相変わらず何をするにも時間はかかりますし、常に痛みに耐えている状態です。それでも、なんとなく可動領域も広がって来たように感じますし、「この体勢ならまだ楽」というような体位の勘所(なんかやらしいな)なども掴めるようになってきました。

しかし、いくらマシになったと言っても、動けないものは動けないですし激痛も走ります。身体の不自由は精神的なダメージを生みますね。ついでにメンタルの話をすれば、なんと言っても「仕事ができない」という焦り、そして「乗り遅れ感」。これがものすごい罪悪感と焦燥感を生みます。「止まると死ぬ」というマグロ体質(性格?)も影響しているのかもしれません。幸い、PCと携帯、ネットさえあれば何とかなる仕事。今日も朝からSkype、電話、メールで関係各署と連絡を取りながら出来ることを進めることができました。こういう時、時間や場所を選ばないツールを使って仕事ができるというのは便利です。それでも、イスに連続して座ってられる時間にも限界があり・・・やはり休み休みにはなってしまいますね。これもまた歯痒さを生むのです。

そんな中、心から実感したのは周りの仲間達のサポートのありがたさ。一人では何も出来ないんだなと心から実感しました。自分がいなくても仕事や会社は回り続ける。これ本当です。一重に皆の協力のお陰です。感謝感謝です。


恐らく明日もこの調子が続きそうですが、少し歩けるようになって来たので病院に行こうと思っています。幸い旧友が整形外科医として近くの病院に勤めているのでタイミングが合えば診てもらおうかと。やはり一日でも一時間でも早くこの苦しみから解放されるのであれば、その方法を取りたいですから。明日も少しでも良くなっていますように。

日にち薬、日にち薬。

腰痛人生史上最大クラスのぎっくり腰に直面した時、人は何を考えるか

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昨夕、人生史上最大、まさにラスボス級のぎっくり腰を発症しました。
何の自慢にもならないことですが、腰痛は持病なので今まで何度もぎっくり腰を発症してきましたし、それなりにその激痛、苦しさは知っているつもりでした。しかし今回ばかりは、今まで経験したきたものをはるかに凌駕する痛み、苦しみです。そして今もその真っ最中です。

人は不思議な生き物です。
このような身体上のピンチに直面すると、まず「死」を考えます。大袈裟ですよね、どう考えても大袈裟です。当たり前ですが、ぎっくり腰が死因になる訳はないと頭では分かっているのですが、このままひょっとしたら死んでしまうのではないか、という考えがスッと頭をよぎるのです。もし、発症した場所がシベリアの大雪原だったら?サハラ砂漠だったら?ヒマラヤ登山をしている時だったら?など、ありもしない状況すら考えて軽く目眩を感じたり、恐れおののいてしまうのです。そして、その時の経験、考えたことを何かに残さなければならない、と考えてしまうのです。この「残さなければならない」という想いそのものが「遺書」に遠からず繋がって行くのかもしれません。

僕の場合、まず連絡しなければならない人達のリストを頭の中で組み立てました。ほとんどの連絡先は全てスマートフォンの中に格納されています。一番の問題はスマフォや携帯を見るためにはパスコードを伝えることが必要だと言うことです。現代人は、携帯、PC、SNS、登録サイト、メールアドレス、もちろんブログの管理画面を全てアカウントIDとパスワードで管理しています。このアカウント関連情報を残された人間にどのように伝えるか、が今後の遺書の大きなテーマになるに違いありません。だって、どう考えても見られたくない情報、恥ずかしいものもありますもん。死人に口なしと言いますが、「へー、パパこんなサイト見てたんだ。」とか娘に言われたら、いつまでも経っても浮かばれません。てか、ぎっくり腰程度でここまで考えるなよ、と今、自分で書きながら思いました。さて、前置きが長くなりましたが、事の顛末をお話しすることにしましょう。

前兆〜発症

実は年末、会社の大掃除を皮切りに持病の腰痛が悪化し始めていたのです。痛みを押しながら、年末は自宅や実家の大掃除に明け暮れました。年始はさすがにゆっくりしていたので、段々良くなるかな、と淡い期待を抱いていたのですが、なかなかどうして。治るどころかどんどん悪化して行き、昨日の午後には「レッドゾーン一歩手前」まで行ってしまったのです。

これはあかんということで、実家に電話を入れ、母が愛用しているプロ仕様(?)の腰痛ベルトを借りるべく車を走らせました。帰りにスーパーで買い物をし、自宅マンションに戻って腰をかばいながら廊下を歩いている時に激痛が走り、目の前が真っ白になったのです。ジョジョのポルナレフ風に言うと「な…何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった… 頭がどうにかなりそうだった…」という状態。買い物袋をバタッと落として膝から崩れ、冷たい外廊下に四つん這いになって動けなくなってしまいました。ヨーロッパではぎっくり腰の事を「魔女の一撃」というそうですが、まさに目に見えない敵にバットで腰をどつかれたかのようでした。これは何度経験しても悲惨な痛みです。

三重苦

更に悪いことに、僕はその時「トイレを限界まで我慢」していたのです。経験者なら分かると思いますが、ぎっくり腰を発症すると一歩も動けません。しかしトイレは待ってくれないのです。ここで僕は、「動けない」「真冬の寒さ」に加え、「膀胱破裂」の三重苦を一気に背負うハメになってしまいました。(正直に言います。この瞬間、少し漏らしてしまいました。)幸い、自宅マンションの廊下だったので、すぐに携帯で妻に電話をして助けに来てもらうことができました。腰を痛める僕の姿は普段から見慣れているはずの妻ですが、さすがに寒い外の廊下でお仕置きポーズをしている僕の姿を見て、この時ばかりは「いつもと違う、決してふざけている訳ではない」と悟ったと思います。走って駆けつけてくれて大きな僕の肩を担いで部屋まで運んでくれました。

全てに時間かかる

なんとか家に入り、妻や娘たちに手伝ってもらって着替え完了、すぐにベッドへ。このように書くとあっという間の出来事に聞こえるかもしれませんが、一つ一つの行為に10分は要します。例えば、ジャンパーを脱ぐ:10分、パジャマに着替える:10分、寝室に移動:10分、などという風にです。ちなみに横になったからと言って楽になる訳ではありません。むしろ、横になった方がキツイのです。寝返りをうつのに10分から30分はかかります。それだけ時間をかけても激痛で寝返りすら諦めるケースも多々あります。足を折りたたんだり、身体を少しひねるだけで激痛が走り、ポルナレフのようになるのです。ベッドを出てトイレに行こうものなら一時間は覚悟しなければなりません。普通の3LDKのマンションですから寝室とトイレは目と鼻の先にあるにも関わらず、です。これ、本当です。

敵は痛みだけではない

激痛にうなされる僕を見て、当然、妻や娘たちも心配してくれます。しかし、腰痛とは無縁の人生を歩んできた彼女たちは、ぎっくり腰というものがどういうものなのか、全く理解できていません。ですから良く分からない的外れな気遣いを示してくれます。例えば、服を脱がす時に腕を強く引っ張る、寝返りをうつのを手伝ってくれようとして背中を思いっきり押してくれる、など。人って本当に痛い時「声が出ない」状態に陥ります。先の二つのケースはまさに「声が出ない」程の痛みを誘発します。地獄とはこういうことを言うんだと思います。

また、咳や笑いも激痛を誘発します。咳一発で軽く死ねる程です。
妻は僕を気遣ってくれて、徐々に起き上がろうとしてベッドに肘を付いて固まっている僕を見て「脇の下に入ってあげようか?」と声を掛けてくれます。恐らく、自分が僕の体の下に入って支えになり起き上がらせようとしてくれているのだろうとは思うのですが、先に書いた通り、外部の力で何かをされるというのは、とんでもない激痛を誘発すること、そして事あるごとに「脇の下に入ってあげようか?」と言うのがもはや意味不明であることから、それを言われる度に可笑しくて可笑しくて笑いを堪えるのに必死になってしまうのです。妻の気遣い → 笑いを堪えようととして咳込んでしまう → 激痛 このスパイラルは本当に苦しいものでした。

そして笑いを堪えなければならないのは僕だけではありません。なんとか起き上がって壁をつたいながら立って廊下を移動している僕は、常に「ジョジョ立ち」のような立ち方になっているのです。座っている時もジョジョの奇妙な座り方をしています。それを見て娘たちが心配そうな顔で苦笑するのです。そして僕のジョジョ立ちポーズを真似るのです。それを見て僕も笑うのです。はい、激痛。

今の状態

とりあえず、腰痛ベルトをして痛み止めを飲み、椅子に座っています。一度横になってしまうと次に起き上がるのに大変な時間と労力を要するので、限界まで座ったままの状態で仕事をしたり勉強をしたりしようと思っています。本当は寝て安静にしておかなければならないようですが、少しでもタスクを減らしたいのでがんばります。しかし一度こうなってしまうと、最低でも2日〜3日は動けないと思うので、無理せず安静にしておきます。仕事面で迷惑を掛けてしまうかもしれません。関係各所申し訳ありません。

最後に、参考になったサイトを上げておきます。
All About 「健康・医療 > ぎっくり腰」

このサイトには応急処置の方法や解消法なども紹介されていますので、同じ悩みを抱える方にオススメです。とにかく、早くこのラスボス級の痛みから開放されることを願っています。ここまでの長文を読んでいただいた皆様、ありがとうございました。とりあえず、目先の一分一秒を強い気持ちで生きて行きたいと思います(大袈裟)。




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Non – alcoholic days


気づけば一週間、お酒を飲んでいません。
12月と言えば例年忘年会につぐ忘年会のシーズンであるにも関わらずです。おお、なんだか世間に逆行している感じでいいぞ(笑)

要因は二つ。
一つ目、物理的に飲みに行く時間がない。時間、皆無。
二つ目、風邪気味。

酒を飲むと咳が出てしまうので、自然と酒を敬遠していたのがそのまま習慣になってしまった感じ。もちろん、今は体調回復しているので問題ないのですが、身体がそうなってしまっているので酒を欲しない。週末は飲む時間はあるものの、ここ数カ月はケース買いしている「炭酸水」ばかり飲んでいるので自宅では飲酒なし。(我慢していたりダイエットしている訳ではなく、とにかくお美味しい!)。思えば一週間前に飲んだ時も寿司屋で瓶ビールをコップ二杯飲んだ程度だったっけ。そうそう、最近ビールもめっきり飲まなくなりましたね。寒い!というのがその理由ですが、生ビールはすぐにお腹いっぱいになってしまうので、飲みに行っても最近は日本酒の熱燗かウイスキーがメインです。日本酒とウイスキーはやめられないですね。しかし、あれだけ飲んでたのに、ちょっとしたことで習慣って変わるものです。不思議。


酒の回数が減ることにはメリットがあります。まず、朝が楽。当たり前ですが二日酔いとは無縁の生活です。そして、夜の時間を有効に使える!夜の時間といっても僕のプライベートなコアタイムはAM0:00〜3:00の間なのですが、この時間をとても有意義に使うことが出来ています。調べ物に学びに仕事に読書。なんでも出来てしまいます。

一方で、泥酔時にこそ鬼の集中力と発想力を発揮できるという「酔拳」並の特殊能力を引き出せないというデメリットはあるのですが、あんなの博打みたいな技なので、やはり飲まずにコツコツと積み上げていく方がグロスで見ればプラス面が大きいですね。

なんだか今日は変な分析になってしまいましたが、明日は忘年会。数軒回る予定で今からとても楽しみです。お願いだから仕事終わりますように。そして土曜日は最終営業日。仕事納めで納会です。久しぶりに二日連続で酒が飲めるということでなんだか遠足前の子供のようにワクワクしています。

それでは明日も良い一日を。

最近、作業中のBGMはPaulo Arrudaばかり。

Lounge Collection 7 by Paulo Arruda

ethics


概念的で抽象的な言葉が好きです。
例えばギリシア語の「エートス」。

本来、「帰る場所」を意味する言葉が転じて道徳的な習慣、特徴、特性などを表す言葉になりました。今では、生活態度、心的態度、倫理的態度を表す概念として理解されています。利用シーンはたくさんあるものの、例えば論理を組み立てるに当たり、これらの要素は基本概念としてとても重要です。自分のな内奥と対話するエートス、人に物事を伝え、説得させるエートス。ちなみに僕は、自身の「エートス」は何かという点について日々自問自答を繰り返しています。掴みどころがないですね。


時に人間は矛盾だらけの生き物です。
ナウシカが残したあのセリフ「破壊と慈悲の混沌だ」という言葉がとても好きで、まさに人間そのものを表しているような気がします。その中でもエートスを確立して自分自身のマインドセットとする。これはとても体力のいることですが、必要不可欠なプロセスなのでしょう。

今夜は良い酒が飲めました。
ちょっと酔っているので支離滅裂な内容ですが、明日からまたがんばって確立して行きたいと思います。

それではまた明日。

Growing


会社、奈良へ移動、帰宅、炊事洗濯、明日開かれる仲間たちとのポットラックパーティーの仕込みを終え、膝の上に分厚い本を載せたままソファーに足を投げ出し、ただひたすら空を見つめる。何も考えない。ふくらはぎがジーンとする。

真夜中の時間が好きである。

今日やり残したことはないか。
ふとデスクに目を向けると、空の炭酸水のペットボトルが目に入る。ラベルをはがしてペットボトル用のゴミ箱へ。もう大丈夫かな?「あっ」と、金魚に餌をあげていないことを思い出し、水槽へ。よし、大丈夫。と椅子に座ると今度はアイロンを掛けていないカッターシャツ一枚が目に入る。アイロンの電源を入れる。

こんな事を夜な夜なやっている。
落ち着け自分。

という訳で、ようやく今落ち着きました。膝の本をどけて、代わりにMBAを乗せてこうしてカチカチとやっています。寒い季節になりましたね。暖房を入れると頭がボーッとするので、昔からあまり好きではありません。仕方ないので家の中なのに服を着込んでいます。受験生の頃は父に買ってもらった足温器に足を突っ込んで勉強していました。今、あの足温器はどこに行ったのだろう。実はまだ父が使っているかもしれない。そんなことを思いながら、薄い靴下から分厚い靴下に履き替えました。


明日は朝イチで料理を作って、娘の習い事のために神戸へ。
午後からはポットラックパーティー。
楽しみなことが多いから、自分のことは夜中か朝に集中させる。

そんな訳で皆様も良い日曜日を。

今夜は成長が止まらないサンカクヤシの木と、Five Corners Quintet でお別れです。

Blue Cycles The Five Corners Quintet Feat. Okou