雨のショーウィンドウ

「雨のショーウィンドウ」

曲のタイトルにありそうですね。
夜、外に出ると雨。日本の梅雨という雰囲気ですが、こういう時に限って皮靴で、ああなんだかなと思うのです。取り急ぎ帰宅後に木の靴型を入れて水分を抜く。

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今夜はこの本を読むぞと決めていても、帰宅が21時を回ると、一通りの用事を終えると22時。

こういう時は帰宅と同時にシャワーを浴びて、iPhoneとBluetoothスピーカーを繋いで「Radio Tunes」のジャズチャンネルにダイヤルを合わせ(実際はiPhoneの画面をタップ)、本を片手に軽く食事をする。こうすると、「糸が途切れることなく」頭を使うことが出来ます。

日々勉強。

今週もお疲れ様でした。

世界は広いけれど、実際は狭いのかもしれない

物理的な世界は広いし、行ったこともないところばかりだけれど、狭義的な意味においての世界(むしろ、業界)は専門性があればとても狭いし近いのかもしれません。

このブログで仕事のことを書かないのはパブリックなネタ以外はNDAの配下にあることが多いためですが、今年も、大きなことが出来るかもしれません。世界は近い。いや近づけないと!という思いで日々歩んでいます。一歩づつ、一歩づつ。

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店の外は雨


例えば、志を同じにする仲間とのウイスキーや、家のように落ち着く場所でのウイスキー。

それらを楽しんだ後、仮に、いや現実として、屋外に出た時に雨が降っていたとしても、起きた出来事すべてを肯定するような夜が週の半ばだからこそ、濡れながら家に帰って仕事の続きをしてメールを送り、読みかけの本を少し進めてテキストを打つ。

それで師走の一日は過ぎて行くのですから、時のスピードには敵わない。
そういう夜です。

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感覚で生きること、ゴールを見据えること


学校で何を学んだか、大学で何を専攻したか。
結果も大切だけれど、それよりも、プロセスから何を学んだかの方が大切です。結果重視なら、そこそこの大学でマスターかドクターまで行けば良いでしょう。少なくとも日本では新卒採用からがスタートですので、何でもOKではないでしょうか。

君のゴールはどこにあるのか。
そのゴールに向かってのスキルに対してアセスメントができるのはあくまで自分です。自分で自分の能力をよく知っているからです。少なくとも僕には残念ながら秀でた能力はありません。自分から見て能力がある人が羨ましく感じることもあります。でも、視点を変えれば、何か活かせるものもあるのです。イスタブリッシュメントでもなく、特筆すべきことがなくても、です。

大切なのは、きっと、感覚に基づいた想いと、ゴールイメージです。
あきらめない。卑下しない。

それが、自分がここに居させる原動力になるのだろうと思います。

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器とビジョンとウイスキーと


ふける夜のお供はいつものシングルモルトのハイボールでもいいんだけど。
やっぱり懐かしいバーボンも味わいたいもの。

酒があってプリミティブな原点に返る時点で小物です。
そこは肝に命じておきたい重要なファクターです。

[re:jazz] – Inner City Life

【超人的記録】8800kmも走ったことになっていた


目を疑う光景シリーズ第二弾。

Runkeeperを見ると、僕が30時間で8800kmを走ったというログが記録されていました。どうやらその日の朝、バーリンゲームのベイサイドトレイルをジョギングする時にスタートボタンを押したまま飛行機に乗り、帰国した日の翌日に「あっ」と気付いてストップボタンを押すまでアプリが動き続けていたようなのです。

人間がこんな短い時間でこれだけ走れる訳ないよね。アプリから「新記録おめでとう!コングラチュレーション!」というメールも届くし、なんだかね。システムをだますことは簡単です。笑


この週末、久しぶりにまとまった距離を走りました。

昨日は15kmジョギング、今日は芦屋川駅から雨ヶ峠までのトレラン往復。どちらもとても気持ち良かったのですが、筋肉というのは厄介なもので一度衰えてしまうとなかなか言うことを聞いてくれません。アメリカでもちょこちょこと時間を見つけて走っていたとはいえ、まとまった距離でもなく、久しぶりの15kmは身体が重たい!またイチから筋肉を鍛えなければならないようです。はー。

今日の六甲は曇り空でしたが、下山する時には随分と晴れてきました。

一人、滝の茶屋でビールとおでん。
贅沢な瞬間です。

木の根を見て、たそがれる


芦屋浜に打ち上げられた流木と、大きな根。

半分水に浸かっている大きな根は、先日の大豪雨の後からその場所に鎮座。手前の木は今日のジョギングの際に初めて見つけたのだけど、実は前からあったのかな。

どちらにしても、これらの物がその本来あるべき場所ではなく、移動して来たという事実に何とも言えない感情を覚えます。大きな物を動かすエネルギーが発生したという事実と、そのエネルギーは、彼ら(木と根)をその場に残して霧散してしまったということ、そして、その後、彼らを動かすエネルギーは発生していないということ。

大きなエネルギーではないけれど、その近くで人が走ったり、犬が歩いたり、波が立ったり、川が流れたりするようなエネルギーは発生している、現在進行形の事実。

そして太陽が沈みゆく光景から見える、宇宙空間の中の地球。

土曜日にも関わらず、夜まで忙しい一日でしたが、合間の時間に走りに行けてリフレッシュできました。明日も素敵な日曜日になりますように。

それでは今日はこの辺で。

ご一緒に、たそがれてみましょう。

ルパン三世 (Lupin III) – Love Theme