体力、気力、知力、財力

大谷選手の契約金額やプロ野球選手の契約更改、上場企業の冬のボーナスの平均額など、人の稼ぎに注目が集まる時期です。景気の良い話もあれば、その逆もありますが、スポーツの場合は結果を出しただけ報われるのが分かりやすくて良いですね。結果を出して大金を手にする。大いに結構じゃないですか。企業でも同じで、冬のボーナス数百万、という一流企業もありますけれど、それはそれだけ利益を出しているからであって、利益が出なければ0になるという点では、どこの会社も一緒、公平だと思います。

日本には、お金のことを口にするのは良くないという風潮がありますが、良くない(嫌がられる)のは、自慢するという行為であって、稼ぐことではないような気がしています。事実、稼がなければ生活はできないし、稼いで家族を養って、納税して、社会の役に立つことが国民としての義務ですからね。会社も同じで、売上を上げて利益を出し、従業員や取引先にお金を払い、しっかりと納税することが会社が存在している理由であって、それができないなら退場してねという至極シンプルな構図なのが良くも悪くも資本主義経済です。

ですが最近はどうも、コスト削減とか、節約とか、稼ぐ方ではなく、絞る方がフォーカスされている気がしています。もちろん血税を財源とする公共事業にムダ遣いは許されませんが(五輪、万博、リニアどうにかなりませんかね・・・)、会社や個人として「絞る、節約する」というより、いかに稼ぐか、ということにもうちょっと焦点を当てても良いのではないでしょうかね。公共事業投資による景気対策、経済効果への期待ではなく、会社、個人としてどれだけ、新しい時代にフィットした仕事を創り、拡大できるかという視点です。

とはいえ、稼ぐためにはモチベーションが必要です。

このモチベーションが難しくてですね、特に僕の場合は、あまり稼ぐことに興味がないのと、年齢とともに、体力と気力が目に見えて低下しているので(深刻)、自分で自分を叱咤しながら働く必要があります。どんな人にとっても、キャリアのゴールは「好きなことをして稼ぐ」を実現することだと思っていますが(やっている仕事を好きになる、とは意味が違います)、お金を稼ぐためには、時として気乗りしないことをする必要もあるし、ウマが合わない人と一緒に仕事をしなければならないこともあるし、そもそも「好きなこと」が現代のニーズに合わずにお金にならないことだってある。

だから、僕の場合は、一ヶ月の自分の時間の使い方を、お金稼ぎ10日、ボランティア10日、休み10日、という比率で分けています。ボランティアとは、本当に自分がしたい仕事のことです。すなわち、今すぐお金にならないことでも、やりたいこと、すべきことであれば、やる。

そのために10日のお金稼ぎで、そのボランティア10日分も稼ぐ、ということをやっています。なかなかチャレンジングだし、どうしてもお金稼ぎの比率が増えてきて、ボラを圧迫する傾向にありますけれど、そこをうまくバランスを取るようにしています。それは、気力(またはモチベーション)を維持するためのものです。遠回りですけど、そういう性分なので仕方がありません。そのうち「やりたいこと、やるべきこと」でも稼げるようになれば、比率は変わるかもしれませんね。

気力の低下をどう防ぐか、そして、どう稼ぐか。

体力、気力、知力、財力はリンクすると思っています。すべてをバランス良く維持するために、自分で自分を叱咤激励しながら、錆びた自転車を漕ぐかのように、必死で毎日を生きている師走です。

一回目の定年と二回目の定年

最近、腹巻きを愛用している自分です。
自宅では厚手の腹巻き、外出時は薄手のスポーツ腹巻きという風に使い分けているのですが、これがなかなか良い。冷えは万病の敵といいますからね、身体の温度を下げないようにしなければなりません。

さて、人生100年時代というと、折返し地点はやはり50歳になるのでしょうか。

僕は以前から、定年60歳(65歳)というのに違和感を感じています。平均寿命が75歳の時代ならそれでも良かったと思うのですが、今って人生100年時代なんでしょう?60歳、65歳はあまりに中途半端。先はまだまだ長い。そこで考えたのは、50歳定年説です。まだまだ元気なうちに一回目の定年を迎える方がいいのではないか。そういや、サントリーの新浪社長は、45歳定年って言ってましたね。それもありです。

人生100年のうち仮に働く期間を50年とすると、それを半分に割って25年×2回とする。新卒でも中途でも50歳で一回目の定年を迎える。50歳から第二のキャリアのスタートで75歳かそれ以上働く。50歳からは今まで勤めた会社から離れ、培ったキャリアを活かしてまったく別の業界で働いたり、起業したり、フリーランスになったり、次の25年を活き活きと活躍できるように、まったく違う、新しいことをする。自分が社長であったなら、自分が作った会社を若手に譲り、自分はまったく違うところで起業してもいい(会社を作る力がある人は、どこでもなんでもできるはず)

そうすると、しがみつきや、ぶらさがり、役職定年問題、無理やり必要のない役職やポストなどを用意する必要もなく、若手の邪魔もすることなく、それぞれの年代で楽しく働けるのではないだろうか。

今は人出不足なので定年引き上げで長く働けるようにした方が良いという人もいますが、これから先、労働力っていらなくなるはずなんです。AIや自動化が進むと労働者は必要ない。しかも人口も減少してマーケットもシュリンクしているので、サービス業もどんどん縮小しても良いのではないか(たとえば、コンビニやファミレスは夜21時までの営業にするとか)。大きな商業ビルやタワマンを建てる必要もなし、ハコモノ行政を脱却、地方の不採算道路はメンテの必要もなし、リニアも作らなくてよろしい。今ある新幹線をメンテして使おう。(話が脱線)

既存の産業での穴埋めの労働力としてシニアを見るのではなく、50歳以上はまったく新しいマーケットで勝負するか、新しい市場を創るという世の中がスタンダードになれば良いなと思います。そっちのがワクワクしますし、楽しいですよね。

とはいえ、今すぐにやれと言われても難しいでしょうから、定年50歳は10年後などからスタートするとして、これからの若者は、20代、30代のうちから、そういった先を見据えて、若いうちにしっかり会社で働き、出世し(僕は若者たちには、まず一つの会社で10年〜15年は働いて出世や昇進を経験するようにとアドバイスしています)、会社員として働いている間に、会社のリソースを使って社内・社外で人脈を作り、スキルを培い、専門性を高めて50歳以降の第二の人生に備える。そして同時進行で後進育成も行う。

様々なニュースを見ていると、今って、明らかに時代は変わりつつあり、旧態依然としたやり方では100%破綻するのが見えているのに、昭和・平成のやり方を中途半端に引きずっているように見えて仕方ありません。オリンピックや万博なんてその最たるものですし、政策や行政も同じです。民間ですらそうなんですから。

そういうことを、理事を務めている、一般社団法人 白秋共同研究所でも研究テーマとして扱って行きたいなあ。

変えるなら、ドラスティックに変えないと、何も始まりませんよね。
さあ、12月だ!

提供できる価値とは

とてもありがたいことに仕事の依頼が多く、一足早い年末進行の様相を呈しています。

自分が独立した時に決めたのは、いつでも身軽でいれるようにと、社員は雇わず、自分のスキルとキャリアだけでお役に立てることを仕事にしようということです。低い志ですよね、一人会社です。多くの起業家が持つ高い志、拡大、規模面での成長、そんな目標は一切なかったんですよね。今までの仕事に疲れてしまい、少し休みたい、スローダウンしたいという気持ちもあったのかもしれません。「身軽」という言葉を言い換えると、いつでも始めて、いつでも畳める、そんな感じでしょうか。

でも、そんな低い志とは裏腹に、お仕事の依頼をたくさんいただけるのはありがたいことですし、仕事のほとんどが、ある程度の規模の会社の長期的アドバイザーの仕事が多いので、顧客企業の役員、担当者を初めとした社員の皆さんは自分の同僚のような気持ちで接し、良い関係を築くことが出来ています。伴走しながら組織拡大を目指すというミッションが多いので、顧客企業は自分が所属している企業、という感覚になります。

とはいえ、一人であることに変わりはありません。
顧客は、僕の「会社」にではなく、「僕という人間」に仕事のオファーを出してくださっている。そんな状況ですから、イチ会社員よりも、はるかに「自分の価値とは何だろうか」と考えることが多いのです。

自分はこんなことができます、この分野の専門です。

提供できる価値をスパッと言葉にでき、さらに「自称」ではなく、周囲からも「その分野の専門家」という評判を得ていなければ、仕事を得ることは難しい。僕の場合は、ほとんど人からの紹介で仕事のオファーが来ます。自分自身に営業するスキルもリソースもないので、自分から何か売り込むことはできません。だからこそ、自分が提供できる価値をコツコツと磨き、結果を出し、それで周囲の評判を得ていくことがすべてです。紹介いただく皆さんには本当に感謝しています。

年末に差し掛かり、新しい年を迎える前の時期、改めて自分が提供できる価値について考え、クライアントの事業を成長させるというミッションを遂行し、結果を出し続けることにコミットしたいと考えています。来年は、少しステップアップして、守備範囲を広げるべく、BPも増やしたいなと考えています。

今までの実績にあぐらをかくことなく、難しい時代であってもしなやかに変化しながら新しいことへのチャレンジをやめない。改めて気持ちを引き締めている今日この頃です。

日々は塗り絵

15年前以上の話でしょうか、スペインに住む読者の方から「tmkさんのブログは、毎日を丁寧に塗りつぶしておられるようで、いいですね」というコメントをいただいたことがあります。

当時はほぼ毎日更新をしていた時期でしたから、その日に起こった出来事や仕事の振り返りを行い、自分なりに解釈分析をしていた時期でした。15年前というと32、3歳の頃でしょうか、とにかく仕事も忙しく、徹夜は当たり前、遊びも子育ても毎日怒涛のようにこなしていて、今振り返ると本当に良く生きていたな・・・と思います。

毎日を丁寧に塗りつぶす

このフレーズがずっと頭に残っていて、ことあるごとに思い出します。
いくら忙しくても、逆にいくら暇でも、その日をしっかりと隅々まで塗りつぶせていたかどうか。それはすなわち、なにもせず漫然と時間を過ごすのではなく、一瞬一瞬に意味を付与できているか、ということだと思っています。

上手く行く時もあれば上手く行かない時もある。目の前にタスクが山積していて何から手をつけて良いか分からない時もある。でも、そういう時こそ全体を見るのではなく、目の前にある小さなものに目を向けてそこから手をつける。小さなことからコツコツと。そして、力を入れる時と、抜く時のメリハリをつけること。ぼーっとする時間も取り、その時間に意味を付与する。そうすると、隙間やムラが出来ず、隅々まで丁寧に色を付けることができると思うのです。

ビジネスも同じかもしれませんね。
結果が出ない時にも意味をちゃんと付与してあげる。事業なんて一朝一夕に結果が出るものはない。最短距離でゴールに向かいたいという気持ちを押さえつつ、考えて実行し、うまく行かなければやり方を変えてまた実行する。ある場合、環境(付き合う人や、事業を行う場所)を変えてみる。動きながら、変わりながら、前に進めるかどうか。

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11月に入ったばかりだと思ったのに、もう中旬に差し掛かりました。

今年も残すところ、あとひと月と半分。すでに年末進行の様相を呈していますが、年明けから春まで大きなイベントが待ち受けていることもあり、仕込みと刈り取りのメリハリを付けながら日々を丁寧に過ごして行きたいと思います。

それでは、今日から一週間、元気に参りましょう。

根を張り、花を咲かせるためには

朝と夜が涼しくなり、いたるところから金木犀の香りが漂ってきます。
我が家にも金木犀の木がたくさんあり、それぞれが花を咲かせ、香りを放ち、一年がめぐってまた秋が来たなと実感します。

金木犀のような植物のすごいところは、大して世話もしていないのに、そこに根を張り、毎年、花を咲かせること。主張も要求もしなければ見返りも求めない。それなのに、人を癒やし、動物や昆虫の糧となるんですよね。

広告やPRが効かなくなって久しいですが「本当に良いもの」は、金木犀のようなものだと思うのです。自分を誇示したり、自社の製品やサービスをよく見せようとしたり、必死でアピールしたりしなくても、良いものであれば自然と人が集まるし、売れるし、成長するし、社会に貢献する。一方、無理やりなものはすぐに見抜かれてしまいます。

良い意味で社会は成熟しているし、人はその裏側に有るものや本質に目を向けるようになっています。ハリボテで作られたものや、メッキが貼られた物はすぐにバレてしまい、本当に重要なこと、たとえば環境に優しいものや、人の温かさや、利他の精神や、愛や、思いやりや、社会の役に立ちそうなことが見えないと、相手にもされません。

高度経済成長期やオリンピックや万博などに代表されるように、未だに過去の成功体験や価値観から抜け出せず、今やっていることが上手く行かないことの原因が分からず、断末魔をあげながら、それでも過去の虚像にしがみつこうとして、周りに迷惑を掛けながらもがいているような光景も目にします。それは人も同じで、見ていて「そういうのはもうだめなんだよ」と思うこともあります。

分断が深刻な影響を及ぼしている現在、見えているものが本当に良いものなのかを見極める力が必要だし、自分は自分で自己研鑽が求められています。

金木犀のように、しっかりを根を張り、見返りを求めず、周りのために花を咲かせることができるか。日々、自己研鑽です。

魚のいない池に釣り糸を垂れていないか

現役女性大生、女子高生(もちろん娘たちのことです)と一緒に住んでいると、同じスマートフォンでも使い方がまったく違うなと思うことがあります。

そもそも利用しているサービスが違う。
インスタは同じかもしれないけれど、彼女たちは得体の知れない(少なくとも自分には馴染みがない)サービスを利用しているし、インスタの投稿もストーリーズのみ。FBなんて登録したこともなければ見たこともない。

僕の個人的な肌感覚では、30代前半くらいまでの層はFBに登録してはいても見ていないんじゃないかなと思っています(年代別登録率では30代が一番ですが)。一応、上司や先輩に言われて、あるいはビジネスで必要だという理由で登録はしているというレベル。自分からの発信は、Twitterか、すぐに消えるインスタストーリーズ、またはTikTokで、フォローしているのは自分が関心のあるアカウントのみ。つまり、僕たちが日々FBやその他SNSでシェアしている情報は、30代前半までのビジネスガチ勢以外の一般的な若手(若手というのか?)にはほとんど届いていないんじゃないかなと思うのです。

SNSでの発信は、自分を含む中高年が、同じ属性、同じ年代の中で、絵日記をぐるぐると回している感じなので、10代、20代、30代との世代間ギャップは生まれるし、これからの時代を背負っている、いや、すでに引っ張っている若者世代には、我々の日々の発信はほとんど何の影響も及ぼしていないということを考えると、バーチャル、リアル問わず、どこに行っても変わり映えのしない景色が広がっているな、同じ人としか出会わないな、と感じることに納得できるのではないでしょうか。

こういうことを考える時、自分たちが発信したい情報を、誰にどのように届けるか、その見極めがとても大切だということが分かります。魚のいない池に釣り糸をたれても何も引っかからないのと同じで、狙う獲物はどこにいるのか、どのようにすればコンタクトできるのか、これを考えなければならない。そして、それは単純にSNSでシェアすれば良いというものではない。見ているのは「いつものひとたち」だから、広がりがない。最初は広がっても徐々に縮小し、10年経てばほとんどなくなります。

またコミュニティに関しても、同じ属性・年代がいつもの場所に集まっているだけなので、新しいムーブメントは生まれず、結局、旧態依然としたビジネススキームを回しているだけで、イノベーションは生まれません。

では、どのようにすれば良いか。
それはやはり有機的な活動を行うリアルな団体間との連携であったり、企業、大学、地域のコミュニティなどの場との接続、異質な者同士が共感し合う、魅力的かつニーズのある理念、コンセプト、サービスの設計なわけです。「こういうのを求めていた!」というものを見つけ、なおかつ前述のような有機的なリアルな団体や、影響力の強い企業とのパイプがあると、一気に広がる可能性があります。

先日、第一回の服部足祭りが開催されました。
長年続く有名なお祭りならともかく「第一回」です。第一回にも関わらず、50社を超える企業の協賛、90名以上のボランティア、二日間で1万人以上の参拝者が集まりました。これはまさに、上記の条件をある程度満たしたものではないかと思います。

もちろん、これから長く続けていくために、進化し続け、改善を続けて行かなければなりませんが、モノと情報が溢れている世の中でも「良いもの」には自然と人が集まるということなんだろうと思います。

というわけで、なにかしら広がりがほしい時、ビジネスを拡大したい時、停滞しているように感じる時は、安全圏から出て、異質の空間に飛び出しましょう。

最近の仕事について

先週は7日間の内、ゴルフが4ラウンドというなかなかハードな一週間で、ガラスの腰が悲鳴を上げております。とはいえ、この時期はまだサマータイムでスループレーが出来るので、早朝からラウンドして昼過ぎには帰って仕事が出来るのが良いですね。

このような生活をしているものですから、松田は一体どんな仕事をしているのか、と良く尋ねられます。遊んでいるように見られますが、実はちゃんと仕事もしていまして。今日は少し長くなりますが、自分が今関わっている仕事について書いてみたいと思います。

当たり前かもしれませんが、仕事の多くは企業からいただくもので、その会社の中に入って新しい事業の立ち上げから軌道に乗せるまでの事業開発支援、会社の成長のために必要な人材を獲得し、目指すべき会社を作るための採用計画とブランディング、広告計画の策定、組織開発の支援、ポテンシャルユーザーと既存顧客の双方と効果的にコミュニケーションするためのマーケティング施策の設計と運用、SNS広告や動画広告を効果的に活用して商品の宣伝を行うことなど、幅広くたくさんの企業のビジネス支援を行っています。そして、関わっている企業の数々が着実に結果を出せているのは嬉しいことです。

もちろん、自分ひとりでは抱えきれない場合もあるので、ビジネスパートナーとして各地域の制作会社やマーケ会社に仕事を割り振りしながらチームとして支援させていただくこともあります。顧問、とか、アドバイザー、とか、コンサルタント、という肩書をいただくこともあります。また、上場を目指すベンチャー企業の社外取締役などもさせていただいています。いずれにしても、自分がテックの領域にいたので、その知見を活かす仕事が多いですね。

で、ここまでが「ビジネスとしての仕事」です。

それ以外に、ビジネスではないが「やるべき仕事」というのもたくさん抱えています。ボランティアワークとでもいいましょうか。具体的には、社団法人の活動や地域活動、大学との連携による社会課題解決の活動などです。

まず、理事を務める一般社団法人グローバル人事塾は引き続き毎月二回の勉強会を開催しながら精力的に活動していますし、この9月1日にはシニアのウェルビーイングと向き合う企業コンソーシアム、白秋共同研究所を一般社団法人化し、一般社団法人白秋共同研究所として立ち上げ、理事(監事)に就任いたしました。WEBサイトはまだ仮公開中なので、今後充実させていく予定です。これらの活動は、超高齢化社会を迎えている今の日本社会に必要な活動だと思い、ブラックボックス化されてきたシニアのキャリアという課題に風穴を開ける切り込み隊長のような役割を担うことができればと思っています。この辺りの戦略とビジョンについては、また別の機会に詳しく書いていきたいと思います。

さらに、地域活性化、自立分散化、コミュニタリズムといった文脈での活動も行っています。こちらについては非常に難しい課題ですが、脱資本主義を実現するために、資本主義を大いに活用する、といった自分なりの戦略で向き合っています。特にゴルフを一緒に回っている方々などはビジネスの第一線で活躍されている方ばかりですので、そこから様々な情報を得ながら、短期と長期の両軸を見据えつつ戦略を考えているところです。(←ここ、抽象的ですいません)本当にお金のあるところというのは、表に出てこないものなのです。

あとは、先日も書いた「思いはあっても仕事はない」という方々のために様々なアドバイスを行っています。これから起業や副業を考えている方、起業はしているけど、お金がない(儲かっていない)という方も含め、対応できる場合は時間を割いてお話を伺いながら、自分なりに微力ながらアドバイスをさせていただいています。

これらの一つひとつを深掘りしていくと相当なボリュームになってしまいますが、仕事ということを考えた時に、「仕事とは、事に仕える」ということであるならば、僕にとっての「事」とは、単にお金を稼ぐということではなく、社会にとって必要な「こと」や、人々が豊かに暮らしていける「こと」に、自分の経験や知識を活かせる(=仕える)かどうか、そこがもっとも重要な要素になっています。

これがないとやる気にならないし、志を共にする仲間たちと一つの目標に向かっていく瞬間が一番幸福感を得られるものだとも思います。明日からは関東出張。またね、一つ面白い話があるんですよ。今までになかった大学発のベンチャーができるかもしれません。

では、今週もおおいにがんばりましょう。

巨人の肩の上に立つことができているか

怒涛の出張ラッシュも終わり、今週は落ち着くかと思っていたのも束の間、非常に忙しい一週間となりました。日中の暑さは相変わらずですが、朝晩が少し涼しくなってきました。

さて、論文検索で有名な Google ScoLar の検索ボックスの下に「巨人の肩の上に立つ」(standing on the shoulders of Giants)という一文があります。

この言葉は「先人の積み重ねた発見に基づいて何かを発見すること」というメタファーであり、僕も好きな言葉の一つです。17世紀のアイザック・ニュートンが言ったという説もありますし、12世紀の哲学者ベルナールの言葉という説もあるみたいですね。歴史に名を刻んだ研究者から名もなき研究者まで、彼らよりも過去に生きた先人たちを「巨人」と呼んでいることに悠久の時の流れを感じます。

人間の歴史というのは、無数の発見と研究の積み重ねで、それぞれの時代を生きた先人たちの努力の一つひとつの上に、今を生きる自分たちも次の世代のために築き上げていかなければならないということなんでしょうね。それは研究者じゃなくても、同じことなのだろうと思います。

日々仕事をしていく中で、本当に自分は巨人の肩の上に立つことができているのだろうか、と感じることがあります。もちろん自分は研究者でもなんでもないから先行研究の上に自分の研究を重ねていくこともない、ただの一般人なのですけど、毎年同じことを繰り返していないだろうか、進歩し続けているだろうか、過去の教訓から学べているだろうかという意味で、振り返って内省することは多々あります。

やっぱり生きている限りは、年々自分自身をアップデートし、ただ時間を浪費するような仕事ではなく、目に見える変化を遂げていきたい。

そのためには、日々学びを怠らず、黙して成長を続けていくこと。
言葉と実績に深みを持たせること。

9月に入りました。今年もあと4ヶ月です。

クローズドな場とオープンな場

たまたまですが、先週末の二日間、両極端ともいえる新旧の文化に触れ、そのコントラストが非常にはっきりしていて心に残ったのでブログに書いてみます。

その新旧というのは、レガシーでクローズドな会員制クラブと、若くてオープンなビジネス・コミュニティです。重要な物事やビジネスの意思決定がなされていたクローズドな会員制の社交場と、SNSを駆使してオープンに仲間を集め、コトを動かすコミュニティ、その両極端ともいえる場所に、前者は土曜日、後者は日曜日に訪れました。

土曜日に訪れたのは兵庫県の鳴尾ゴルフ倶楽部。
元々あった場所から移転してきたとはいえ、このコースは開場103年(大正9年)と古く、日本最古のゴルフ場である神戸ゴルフ倶楽部(明治36年開場)、廣野ゴルフ倶楽部(昭和7年開場、世界のゴルフ場ランキング39位にランクイン)と並んで「御三家」と言われる名門ゴルフクラブです。

もちろん誰でもラウンドできるわけではなく、今回機会をいただいたのは自分が所属している千刈カンツリー倶楽部との連携があったからです。神戸ゴルフ倶楽部も一度ラウンドさせていただきましたが、今もクラブハウス内にはバーカウンターが残り、ここで会員同士がラウンド後に親睦を深めていたという歴史がありました。鳴尾も同じような雰囲気です。

様々な業界のキーパーソンがこのような社交場の会員に名を連ね、大きな仕事や政策を動かす場にしていたのでしょう。今でもゴルフ場で重要な意思決定が行われているというのは普通にある話ですし、そこまで大げさな話じゃなくても、僕自身もラウンド中に同伴者の方々から、ニュースの裏側に有るような話や、SNSでは絶対に流れてこないような話をお聞きすることがよくあります。

今は以前よりハードルも低く、カジュアルになったのかもしれませんが、他クラブとの交流戦などもよく行われているようですし、会員同士で仕事も繋がっているのでしょう。こういうところって、「誰々の紹介」というのがパスポートになります。

雰囲気のあるクラブハウス。

さて、そのような会員制社交場を堪能した翌日、若手の女性起業家によるビジネスコンテストのファイナルにご招待いただき、代官山に行きました。

300名以上の応募の中からファイナルに残った10名(上は26歳、下は現役大学生)の女性たちのプレゼンを投資家サイドで聴いていると、昨日のクローズドなコミュニティとは真逆の、オープンでカジュアルでイノベーティブな雰囲気を感じることができました。

彼女たちは当たり前のようにInstagramで自ら情報発信をし、ビジネスアイデアをこのようなイベントでプレゼンすることによって支援者や投資家、協業先にPRします。したいこととビジネスのつなぎ込みが上手で、息をするように資料を上手に作り、プレゼンをする。

何より、ビジネス・アイデアの内容が現代の社会課題を解決するものが多く、(儲かる儲からないは別にして)若者ならではの発想と観点で、自分には出ないなと感心しきりでした。前者とは比べ物にないくらい、オープンな場です。

重厚長大な歴史のあるものもあれば、オープンでライトなものもある。
自分はこれらの両方を行き来できているので、ありがたいなと思っています。

どちらからも刺激を受けているし、自分ものんびりしていないで、まだまだがんばらないと、と思うのでした。

純喫茶とビストロ

ここ最近のマイブームといえば、純喫茶めぐりです。

Mac Bookを開いて仕事をするにはスタバやタリーズなどのチェーン店が便利ですが、PCから離れて気分転換したい時、本を集中して読みたい時、そして、レトロな雰囲気に浸りたい時は純喫茶が良いですね。以前までは喫茶店といえば全席喫煙のところが多かったので、煙草が気になって敬遠していたのですが、今は分煙または完全禁煙のお店が増えてきたので随分入りやすくなりました。

さて、最近神戸で仕事をすることが増えてきたのですが、神戸といえば「にしむら珈琲」に代表されるように、老舗純喫茶が多い街です。打ち合わせの合間や、会食の前など、意識して街を歩きながら探していると・・・三宮や元町のそこかしこに喫茶店があります。

最近行った喫茶店で良かったのは、コーヒーポット(名ばかり分煙)、喫茶ボントン(1F禁煙、2F喫煙)、そして、モトマチ喫茶(完全禁煙)。
こういう喫茶店のアイスコーヒーって本当に美味しいんですよね。

路地裏にひっそり佇む喫茶店。震災を乗り越えた古いビルや建物に今も残る昭和の香り。カフェチェーンに負けずに何十年も営業を続けていること自体が素晴らしいです。

日本もヨーロッパのように「古きものほど良い」という文化を、神社仏閣や歴史遺産だけでなく、こういう何気ない街の建物やお店にも浸透させるともっと良いのに、と思います。どうせ新しい建物作ったって、人口減るから埋まりませんよ。そこにお金かけても回収できないのはわかっているはずなんですけどね・・・古いものを大切にリノベしながら使って行きましょうよ。なんつって。

神戸の路地裏といえば、バーやビストロも多くあります。

いくつかお気に入りのビストロがあるのですが、先日行った「BISTRO On-y-va ビストロオニバ」は、2020年のオープンという比較的新しいお店にも関わらず、すでに人気店となっていて予約必須でした。

17時半の開店時間に合わせて予約し、明るいうちからワインを堪能。
カルパッチョには白ワイン、名物ビフカツには赤ワイン。

カウンターだけの小さなお店ですが、マスターも笑顔が素敵な方で。
お客さんが描いたであろう店の絵からも、この店が愛されていることがひしひしと伝わってきます。客との距離が近いのはいいですね。

自分も歳を取ってきたのでしょうか。
小さければ小さいほど、疎であれば疎であるほど、静かであれば静かであるほど良いように思えています。