子供たちを通して考える3.11


打ち合わせ終わりで駅に向かっていると、小学生の女の子二人が後ろから追い抜いて行った。

一人は自転車、一人は走って。

ああ、走ってる子は何かの事情で自転車がないんだな・・・でも、いじらしくて偉いな、と見ていると、その子が曲がり角の縁石につまづいて派手にこけてしまった。両膝を擦りむいて痛そうにうずくまっている。自転車の子はそれを心配そうに見ている。思わず立ち止り、所持していたバントエイド三枚を「大丈夫?これ使いなー」と渡したが、あとから考えると、イマドキの子は知らないおじさんから声掛けられたら無視しなさい、などと教えられてるのかな、と複雑な気持ちになってしまった。そして、なぜかそう考えた自分に違和感を持ってしまった。なぜだろう、当たり前のことを普通にしただけなのに。

彼女達も二人だから安心したのだろう、恥ずかしそうに黙って受け取ってくれたが、これが一人だったらどうだっただろう。僕は声を掛けただろうか。そして、彼女はバンドエイドを受け取ったのだろうか。普通の世の中で、普通の感覚を持っている人間なら反射的にそうするはずだ。手持ちのバンドエイドがなかったとしても、声くらいは掛けるはず。うん、大丈夫。僕は「二人の娘を持つ父親」じゃなかったとしても、きっとそうしたはずだ。

我が娘たちのことも重ねて考えてみると、こういう場合には警戒すべきは警戒しつつ、それでいて人の親切や温もりはしっかり感じて心は貧しくならないでほしいと願う。自分もそうだったし、娘たちもそうだけれど、子どもにとっては怪我した時のバントエイドは魔法の薬になることを知っている大人がたくさんいるのだ。でも一方で、「どこからどこまでが親切で、どこからがそうでないのか」、それを子供に判断させるのは本当に難しいと思う。どうしてこんな単純ではなく、複雑な世の中になってしまったのだろう。

思い返せば自分も子供の頃は近所の人たちに色々と助けてもらった。小学校一年生の時、下校途中にShit my pantsしてしまい、ポロポロ泣きながら立ちすくんでいると道を掃除していたおばさんが「どないしたん、大丈夫!?」と声を掛けてくれ、自分の家に連れて行き風呂場で洗ってその家のお兄ちゃんのパンツを貸してくれて家に送り届けてくれた。今から考えるとなんて親切な人だったんだろうと思う。会えばお茶や煎餅をくれたおばちゃんもいたし、怖い爺ちゃんもいた。


人と人との繋がりが希薄になっている世の中だからこそ、地域コミュニティの大切さを実感する。子供たちは地域で育てるということに同意するし共感する。そりゃ、確かに変な人はたくさんいるし、痛ましい事件もたくさん起きているのも事実。決して許されることではないし、何かあってからでは遅いので、僕も娘たちには注意するよう良く言って聞かせている。親として子供は何があっても守らなければならないし、子供たちにとっても自分の身は自分で守らなければならないのは明白な事実。

でもね、例えば、阪神大震災の時ってどうだったか。知らない人でも皆が声を掛けあって無事を確かめ合い、励まし合った。東日本大地震の時もそうだったはず。特にこのエピソードは何度も読んだ(大槌未来新聞「流された人が笑顔で手を振っていた「ニコーっと笑って、お前もか、って」)。

ややこしい世の中になってしまったと嘆き、人に手を差し伸べないで無関心を装うこともできるけれど、やはり、僕は正しいことは正しいこととして躊躇せずに行なっていこうと思う。大きなことは出来ないけれど、そういう気持ち、取り組みの一つ一つが良い社会、強い社会を作って行くことに繋がっていくと思う。

そんな事を考えた、3.11。

船と港


船と港。
旅情を感じるからなのか、出会いや別れの悲喜こもごもを連想させるからなのか、単なる乗り物オタクなのか。恐らくその全部だと思いますが、とにかく、船と港が大好きです。飛行機と空港も同じ理由で大好きな場所ですが。という訳で今日はとりあえず神戸でコンチェルトに乗ってきました。

船はいいですね、普段見ることのない海側からの景色を楽しむことができます。デッキから見える美しい港町の景色。以前、バンクーバーからビクトリアまでフェリーで移動したことがありましたが、あの時に爽やかな風が吹くデッキの上で見たバンクーバーの景色と神戸の景色が良く似ていて、懐かしい記憶が蘇ってきました。

また、神戸港は川崎重工や三菱重工の造船所が多く集まり、潜水艦やタンカーの整備をしているドックを見ることができるのです。タンカーが入るドックとか。とにかくデカい。まさに「重工業」という言葉がぴったり当てはまります。

神戸空港に着陸する飛行機が頭上を飛ぶ。
大好きな船と飛行機のコラボレーションに
興奮し過ぎて失禁寸前。

折り返しは西日を浴びながら

夕日に浮かぶ、川崎のドックとクレーン達

久しぶりに休日らしい休日でした。
詰めて追い込まれていたことから少しだけ開放、気分転換。

明日は文献の海にどっぷり浸かる予定です。
それでは皆様も良い日曜日を。

飲みは筋肉を鍛えているようなものだ


昨夜は打ち合わせの後、3軒しっかりと回ってかなり酔っぱらってしまったのですが、土曜日の朝ということでいつもよりも早めに起床しています。何度か言及していますが、以前に比べて「外飲み」の回数がかなり減ってきました。今週は木、金と飲みましたが、平日2回というのもここ最近では多い方かな、という感じ。そのような状況も相まって、少ない量でもすぐに酔えるようになりました。飲みは筋肉と同じで「鍛えられる」ものですね。筋トレを怠っていると筋肉痛になるのと同じで、飲みを怠っているとすぐに酔う(笑)。

さて昨夜は、米国の共通の友人を通して苦楽園の”A mistad”で劇的な出会いを果たし(その時の記事はこちら)、ここ1ヶ月半で急速に仲良くなってしまったなっちゃんと、男二人酒場巡りです。(以下の写真はなっちゃんのFBから無断転載・・・笑)

打ち合わせの後に向かった一軒目は、西宮北口にある「よだきんぼ」宮崎地鶏の店。宮崎本店以外には、東京と西宮しかないというこのお店。ここのチキン南蛮が最高!というので楽しみに待ってましたが・・・本当に美味かった!

想像した一般的なチキン南蛮、そう、とんかつのように平べったいものではなく、どちらかと言うと唐揚げにタルタルソースをかけたような見た目なのですが、ちゃんとチキン南蛮。中はとてもジューシーで美味でした。

もちろん、刺身、地鶏焼などの定番メニューも充実。ここで生二杯と宮崎の焼酎をロックで二杯。

西宮北口で飲むということは本当に久しぶりだったのですが、少し来ない間に良い店がたくさん出来ているようです。色々開拓してみると面白いかもしれません。

その後、苦楽園に向かい、まずはA mistadへ。
なっちゃんのボトル、Makers Markを水割りで二杯いただく。やっぱりウイスキーとチョコの組み合わせは最高。マスター、スタッフの皆様も交えて非常に楽しい一時でした。

〆はTHE BARNS。紳士二名がゆっくりお話されているところへ泥酔野郎二名が入店してしまいました。はい、すいません。ここでは先ほどのお返しということで、僕のボトル Old Grandadを水割りで。この時点で結構酔っていたので、大好きなカキフライを食べそびれてしまった・・・後悔。

という訳で週の最後を金曜日らしく締めくくることができました。少し忙しい時期ではありますが、こういうワンクッションがあるから良い気分転換ができます。

この二日間は冷えこむようですが、皆様も良い週末を。

路上で始まる何か


今日は一日雨ということで、こんな日に限って外出予定が入っておらず、会社の窓から優雅に外を見ながら、ワイパーを回しながら高架道路を走る車や傘をさして往来する人々に対して、砂粒のような優越感を持ったり持たなかったりしているのです(外出中の皆様、ごめんなさい)。

雨の日、デスクワークのお供にはやはりJAZZ、それも1950年前後の名盤をチョイスしてしまうのは「性」というものでしょう。気持ち悪いと言われようが言われまいが、しょうがないものはしょうがない。で、今日のチョイスはBill Evansの”On Green Dolphin Street“です。

アルバムや曲の批評はさておきですが、この「On Green Dolphin Street」、直訳すれば「緑のイルカ通り」となり、意味不明な言葉となりますが、地名や通りの名称というのは何かに由来しているものなので、この通りも「緑のイルカ」(?)に関係するのでしょう。そういや昔、ブラジル人の女性が「ブラジルにはピンクのイルカがいるのよ」と、とても自慢気に話していて可愛らしかったのを思い出しました。さて、ここで注目すべきはこの美しいジャケットです。

とにかく、こういう写真には弱い。
こんな通りなら何かが始まってもおかしくない。恋とかね。間違ってもバナナの皮を踏んですってんころりん、なんてことがあってはなりません。

「Street」という単語は曲名やジャケットに使われることが多いように思います。今パッと思いつくもので言えば、Bruce Springsteenの「Street of Philadelphia」や、達郎先生の「On the street corner」とか。

そして、ジャケットで言えば、もうこれしかないでしょう。

日本のジャズフリークに絶大な人気を誇る、Sonny Clarkの「Cool Struttin’」です。こちらは直訳すると「クールに気取って歩く」という意味になり、まさにジャケットのイメージそのまま。かっこいいですね。


週明け、多忙です。
ちょっと気分転換に書くつもりが、またもやだらだらと長くなってしまいました。こういう話をしていると(しかも外はしっとり雨ですし)、港町の老舗バーに行きたくなりますね。今からわざわざ神戸・元町まで行こうかな。なんて。

では、そろそろ仕事に戻ります。
今日はこの辺で。

Bill Evans On Green Dolphin Street (Full Album)

感情移入とは、相手をリスペクトすることなのかもしれない


今朝、シェアされていた日経ビジネスオンラインの記事がとても良かったので紹介します。

コンビニのレジに立って分かった「相手目線」の大切さ
コミュニケーションの大切さ 岩瀬大輔編

御存知、ライフネット生命の副社長、岩瀬さんによる記事です。スーパーエリート街道を歩んできたかのように思える氏ですが、自信満々で受けた司法試験の口述試験に落ちた時の理由が、自分が採点する側になって始めて分かったこと、株主のS&Iの担当者に誘われてセブン-イレブンでバイト経験をした時に、お客さんが誰一人、レジ店員である自分と目を全く合わせてくれなかった辛く寂しい経験から、「相手の眼鏡で物事を見る」ことの大切さを学んだと語っておられます。

相手の眼鏡で見るということは、相手目線に立つこと。相手目線に立つということは、相手の生き方、人となり、歩みをリスペクトすることから始まる、とあります。本当にその通りだと思いますよね。相手が誰であってもリスペクトする気持ちを忘れなければ、言葉ひとつ、会釈一つ、目線一つ、変わるはずです。

僕はまだまだこの部分について情けないほど未熟なのですが、仕事する際に必ず意識しているのは、相手の製品、サービス、企業文化をまず好きになる、ということです。つまり当事者意識ですね。この製品、サービスの良さをどのようにしたら顧客に伝えられるのか、この製品を導入すると、クライアントにはどのような利点があるのか。こういうことを考えていると、自然に相手のことが好きになるし、良い仕事が出来ると信じています。感情移入はリスペクトから生まれる。氏の考えはストンと腹落ちしました。

目線が変われば、見える景色も変わる。
明日からもまた、新たな気持ちでがんばって参りましょう。

まるで箱庭のような おもちゃ箱のような


Facebookで話題になっていた「日本を撮った映像」がとてもCOOLでかっこいいと話題になっていたので視聴したのですが、これが本当に素晴らしかったのです。FBでもシェアしましたが、こちらでも備忘録的に記しておきます。

「映像制作チームの「augment5」の日本紹介映像がかっこいいと話題に」

草津、支笏湖、京都、美濃、江ノ島・・・
人々の自然な表情、景色の美しさ。
映像、音楽、構成。

必ず旅に出たくなります。
ああ、こんな美しい国に住んでたんだ、と思い新たにさせられます。
必見。


数年前、カナダ人カップルが21日間の日本旅行中に撮った写真をスライドショーにした映像も話題になりました。外国の人から見た日本ってこう映るんだ、という感じ。まさに逆輸入で日本の良さを改めて知る。もしかすると、日本っておもちゃ箱か箱庭のように見えるのかもしれません。狭い国土なのに色んな風景を見ることができる不思議な国。伝統文化からサブカル、富士山、大都会から大自然、多種多様な景色。
新幹線の車内誌「ひととき」をさっきまで読んでいましたが、ちょうど特集が「能と京都」ということもあり、伝統文化の奥深さを実感しているところです。当の日本人でも、まだまだ知らないことばかりだ。

さて、いよいよ2月ですね。
このままあっという間に春を迎えそうですが、一日一日、しっかりと積み重ねて行きたいところです。今日も良い一日となりますように。

先頭車両に乗ると見える景色が主観的になる(脳内キャリブレーション)


事情が許すなら、先頭車両に乗りたいのです。
普通の在来線でも十分楽しめるのですが、出来れば、ゆりかもめやポートライナーのような無人の新交通がベスト。目の前にはレールしかなく、あたかも自分が運転しているという感覚に浸ることができるからです。乗車中の能動的体験。もちろん景色も大変に良い。

テクノロジーのカッティングエッジな先生方の話は、まるで電車の先頭車両に乗っている気分を味わえます。先生方の考え方や理論がレールであり、ビジョンをモデル化したものが目の前に広がる景色。

昨日まで東京で行われていた MIT Media Lab @Tokyo 2013 は、まさにこれからの世界はこうなって行く、こうなった時に人はこういう体験をし、このような考え方をするだろう。というビジョナリーばかりが集まるプレゼン、パネルディスカッション。

是非視聴したかったのですが、仕事で見れず。こちらにまとめられていたので、ザザッと全文読んでみました。夢中になって時間を忘れますよ。一部、個人的に刺さる箇所のみ、まとめサイトから抜粋してみました。「」内が引用です。それらに対してコメントを追記しています。

「理研の藤井さんによる「SR(代替現実)」。エイリアンヘッド被って見るSR(代替現実)で現実と区別できない世界を実現。」まさにアバターの世界ですね。被験者は迷うとまず自分の手を見て現実を確認するそう。

ここで注目して欲しいのは、人が幽体離脱のような神のような経験をするということ。SRによって人は現実と仮想の区別がつかなくなり、騙されるかもしれないということ。現実と過去が融合する体験。仮想現実の見破り方を議論するとは・・・すごいことです。

「情報も、水と同様に循環し、生態系をつくっている。
例えばhttp://sourcemap.com/ でサプライチェーンを可視化するとそのチェーンが本当にサステイナブルなものかどうか見えてくるということ。」

確かに情報を流水として考えると分かりやすい。soucemapのように情報に色をつけて可視化した時にどのように伝達しているかをトレースできる。プロダクトに関して言うと、理念駆動型であるべきということ。ただ作った、だけでは一時的に消費されて終わってしまいますもんね。

とまあ、ざくっとこんな感じですが、その他、SONY笠原さんによる、カメラ映像に映った物体をタッチ操作すると、実際のモノが動くexTouchや、プロトタイプの作り方、クローズドな考え方はもう古過ぎる、ハードもオープンハード化すべき等の話も必見です。ビシバシ刺激されます。あととにかく登壇されている方の面々が素晴らしい。(実況された林信行さんに感謝です。)

MITの石井先生がおっしゃる通り、「世の中がどう変化して、どこに向かおうとしているかの視座と基軸をもつことこそが大事。」という言葉、心から御意。

個人の価値基準や実体験、成功体験に基づく判断基軸なんていかに小さく稚拙なものか。細かいルールなんてどうでもいい。大きな視点でこれからの時代がどう変化していくかに関する視座と基軸を持つためには情報をどれだけインプットするかだと思うんですよね。フィルターの精度は筋肉と同じで、I/O作業を日々繰り返していれば、徐々に鍛えられて(人や会社から理解されようがされまいが)自分自身の正しい視座を持つことができるようになるんだと思います。普段から違和感を感じていることに対しての自問自答、やっぱりなんだか色々間違っているのかもしれないな、という問い等を含めて、脳内のキャリブレーションになりました。

娘たちも勉強タイム終わったようです。
寒い日曜日ですが、ちょっとクールダウンに出てきます。

「ベストを尽くして失敗したら、それはベストを尽くしたってことなんじゃないのかな」


極私的なことですが、ある分野の提出物が最高の評価を受けて返ってきました。
自分としては余り自信を持てていなかったので、予想外の評価に驚きと喜びを隠せず、心の中で小さくガッツポーズ。掛けることができる時間が限られている時はどこかで線を引かなければなりません。最後は必ず「うーん、こんなもんでいいか」状態。自分の中で自分を無理やり納得させるようなイメージ。第三者が評価する場合、明確な答えがなく参考資料もない場合、時間が限られている場合。このようなケースでは「よし、これで完璧!もうすることはない!」というフェーズまで持っていけることの方が圧倒的に少ないのではないでしょうか。

結果が出る前は、自己納得=これだけやったのだから、それはやったということなんだ。と考える(しかない)。仕事でもスポーツでも学びでも、結果が数値や評価として出てしまうものはそう納得するしかないのだろうと思います。もちろん、納得感にはレベルが存在しますけれど。スティーブ・ジョブズの言葉にあるように「ベストを尽くして失敗したら、それはベストを尽くしたってことなんじゃないのかな」という言葉、至極納得。逆に「ベストを尽くして成功したら、それはベストを尽くしたってことなんじゃないのかな」とも言える訳ですね。


最近は時間がないことを言い訳にするのはやめて、ないならないなりに出来る方法を考えて行動しています。「こうであるべき」という模範的な行動モデルはどの分野にも存在しますが、人それぞれライフスタイルやタイプは全く異なるので、モデルは一つのベンチマークとしつつも、そこに枝葉を張った「自己流」が合うのであればそれで良いのではないのかとも考えます。仕事でも学びでも「結果が全てである」ことを大前提に考えると、モデルに無理に押しこめようとしてアジャストするまでの時間や結果的に合わなくてしんどい思いをしたというリスクを勘案すると、例えメインストリームでなかったとしてもマイナーストリームで良いのではないか、と。しかし、いずれにしても共通するのは「どれだけ頑張るか」ということなんですけれどもね。

さて、今日の夜から明日にかけては雨模様。
雨が振る前に子供たちのリクエストに応えてお出掛けしてきましょう。

Nicola Conte – Rituals

Encounter


長女が水疱瘡になり、皆家で大人しくしている1月最初の土曜日です。さすがに会社には行っていませんが、家で朝から仕事をしながら過ごしています。

昨日は仕事初めでした。まだお休みの会社も多いらしく、朝の電車は通常の40%くらいの乗車率。毎日これくらい空いていればいいのに!と思いながら出社。電話もメールも少なく、仕事に集中することができたのは、なんだか土曜日に出勤しているようなイメージです。皆さん本格始動は7日からなんでしょうね。


昨夜は仕事を早く終え、苦楽園のThe Barnsへ。今年の飲み初めはやはりここでしょう。ラッキーなことに僕が2013年の来客一番乗りだったようです!なんと嬉しい!今年は幸先の良い(?)スタートが多くなんだか良い一年になるような予感。

二軒目に行ったアミスタでは、なんと共通の友人を持つ方と偶然出会うことができました。今は米国住まいですがFacebookで仲良くしている高校の同級生がおり、彼の幼馴染であるN氏とお連れのO氏がカウンターにいて声を掛けてくださったのです。そこから話は盛大に盛り上がり、FBやLineで米国のTにも連絡をしながら一緒に楽しく飲むことができました。地元飲みはこういう思いもしない素敵な出会いがあるから良いですね!素敵な出会いに感謝です。繋いでくれた米国のTと、声を掛けてくださったNちゃんに感謝!

さて、今日はまだデスクワークを続けます。
皆様も良い一日を。