器とビジョンとウイスキーと


ふける夜のお供はいつものシングルモルトのハイボールでもいいんだけど。
やっぱり懐かしいバーボンも味わいたいもの。

酒があってプリミティブな原点に返る時点で小物です。
そこは肝に命じておきたい重要なファクターです。

[re:jazz] – Inner City Life

【超人的記録】8800kmも走ったことになっていた


目を疑う光景シリーズ第二弾。

Runkeeperを見ると、僕が30時間で8800kmを走ったというログが記録されていました。どうやらその日の朝、バーリンゲームのベイサイドトレイルをジョギングする時にスタートボタンを押したまま飛行機に乗り、帰国した日の翌日に「あっ」と気付いてストップボタンを押すまでアプリが動き続けていたようなのです。

人間がこんな短い時間でこれだけ走れる訳ないよね。アプリから「新記録おめでとう!コングラチュレーション!」というメールも届くし、なんだかね。システムをだますことは簡単です。笑


この週末、久しぶりにまとまった距離を走りました。

昨日は15kmジョギング、今日は芦屋川駅から雨ヶ峠までのトレラン往復。どちらもとても気持ち良かったのですが、筋肉というのは厄介なもので一度衰えてしまうとなかなか言うことを聞いてくれません。アメリカでもちょこちょこと時間を見つけて走っていたとはいえ、まとまった距離でもなく、久しぶりの15kmは身体が重たい!またイチから筋肉を鍛えなければならないようです。はー。

今日の六甲は曇り空でしたが、下山する時には随分と晴れてきました。

一人、滝の茶屋でビールとおでん。
贅沢な瞬間です。

木の根を見て、たそがれる


芦屋浜に打ち上げられた流木と、大きな根。

半分水に浸かっている大きな根は、先日の大豪雨の後からその場所に鎮座。手前の木は今日のジョギングの際に初めて見つけたのだけど、実は前からあったのかな。

どちらにしても、これらの物がその本来あるべき場所ではなく、移動して来たという事実に何とも言えない感情を覚えます。大きな物を動かすエネルギーが発生したという事実と、そのエネルギーは、彼ら(木と根)をその場に残して霧散してしまったということ、そして、その後、彼らを動かすエネルギーは発生していないということ。

大きなエネルギーではないけれど、その近くで人が走ったり、犬が歩いたり、波が立ったり、川が流れたりするようなエネルギーは発生している、現在進行形の事実。

そして太陽が沈みゆく光景から見える、宇宙空間の中の地球。

土曜日にも関わらず、夜まで忙しい一日でしたが、合間の時間に走りに行けてリフレッシュできました。明日も素敵な日曜日になりますように。

それでは今日はこの辺で。

ご一緒に、たそがれてみましょう。

ルパン三世 (Lupin III) – Love Theme

遠回りであることを、あえて肯定してみる


物事の本質を知るということは、たやすい事ではありません。

かつての偉大な哲学者や、かのポール・ゴーギャンがそうであったように、 本質=nature というのは、詰まるところ「自分は何のために存在していて、どこから来て、どこへ向かうのか」というような、人間の知能で考えても絶対に分からないような哲学的なところに行き着いてしまうからです。普段の生活において、毎朝起きる度に、そんな事を考えていると身が持ちませんよね。極論、「どうせ人はいつか死ぬんでしょ・・・」というネガティブな思考へ走ってしまう危険性も秘めています。この考え方はとても脆くて、ちょっと自分自身のコンディションが悪ければ一瞬で刹那的な方向へいざなうドラッグのようなものです。

さて、健全なコンディションの人間の場合、極論への近道に進まなくても自分自身の「curiosity」(好奇心)を満たすことを優先させる方法は色々とあります。例えば、大きな括りの中での本質を知りたくて、まず多方面に興味を分散させてから一つの点に集約していくような動きを取るというのも楽しいことです。仮に、直接的に自分自身の効用(例えば、仕事や、利益に直結するようなこと)に関係しなかったとしても、自身の枠の中で広げられる枝葉の中で分野を広げていくというのは、知的好奇心を満たす上ではとても楽しいことだと思っていますし、自分も極力、そうするようにしています。

(出典:wikipehia)※火星探査ローバーの「curiosity」。モビリティの中で最も好き。


良いか悪いかは別にして、このような考え方は基本的には「遠回り」ですね。人の命は有限だというのに、利益に直結しないことにどうしてあえて時間を使うのか。

意味ないやん。その時間もったいないやん。仕事する時は仕事して、ゆっくりする時はゆっくりしようや。そんなん、学生の時に終わらせておこうや。

色々な意見があると思います。でも、このような疑問にはハッキリと答えることができます。それはずばり、

「快感だから」。

あらかじめ断片的に保有していた情報(それはあくまで断片的なのでどことも繋がっていない隕石のようなもの)が、新しく入った情報が媒介となりどこかの惑星と繋がる。シナプスとシナプスが結合される感覚は、まさにパズルのピースがパチっとハマったような感覚を覚えます。だから、仮にそれが遠回りだという自覚はあったとしても(いや、実際あるんだけど)、それでも枝葉を広げて行く作業というのは止められないんだな。いつかどこかで破綻するかもしれないけれど。という訳で、僕はいつも出来るだけ自分の専門分野とは違う文献を読むようにしていますし、社内の人間には「出来るだけ社外の人間と飲みに行くように」と薦めています。世界は広い。だからこそ、自分の世界も広げなくてはならない。

さて、少し肩の力も抜けたので、ハイボールでもやりながら、友人たちのタイムラインでも眺めて楽しい気分にでもなりましょう。それでは、今日はこの辺で。

デフラグ

アウトプットするとインプットした情報がデフラグされますね。セルフインデックス。そして覚える。話すこと+話したことがまた自分の耳に入ることで再度記憶に残る。数時間しゃべりたおしたことで思考のデフラグになりました。そして今は独特の疲労感に浸り、楽しんでます。

今年最後の車窓から、世の中の仕組みをあれこれと考える


最終営業日を控え、そろそろスローダウンされている皆様も多いのではないでしょうか。うちは今週の土曜日が最終営業日となっています。その日は大掃除に納会という感じですから、実質、今日と明日で全ての仕事を納めなければなりません。今週に入ってからも、年を跨いで継続する案件やキックオフする案件のためにスピードは緩むことはなく、なかなかゆっくりと更新する時間もありません。

しかし考えてみると、「年末年始」と言っても一週間程度の休みを挟んで日にちが変わるだけのことで、我々のような足の長い仕事は「きっちり年末で終わって、年始から新規でスタート」という事にはなりません。あくまで、気持ち、区切り、の問題ですよね。

大掃除や忘年会などの年末の風物詩も、一年が終わるということを「きっかけ」として普段出来ないことをこの機会にやろう、しっかり区切りを付けよう、という心理が少しは働いているのだと思うし、クリスマスに至っては、家族や恋人と集って愛を誓い、プレゼント交換をするためのきっかけでり、キリストの誕生日でも何でもないことはキリスト教のどの宗派でも良く知られていることだし(クリスマスを祝うと決められたのは西暦354年、ペルシア起源太陽神ミトラの冬至のお祭り騒ぎに対抗して、ローマ司教リベリウスによって ”俺らも何かで盛り上がろうぜ” と定められた:出典「キリスト教の歴史」小田垣雅也)、仮に、キリストの誕生日だったとしても、クリスマスのアイコンはもはや「キリスト・イエス」ではなく、「サンタクロース」になってしまって(1930年代の米コカ・コーラ社の戦略は見事だった)、儲かるのは、電力会社、ホテル、飲食、ケーキ屋、おもちゃ業界という、見事に現在の商業主義に上手く乗っかったなという印象で、こちらもきっかけに過ぎませんよね。

ちなみにサンタクロースのモデルとなった東方教会(正教会系)のニコラウスは、教護の聖人であると共に、商人の守護聖人でもあります。世の中、実にシンプルに出来ています。実際、今の世界を形作っているのは、ローマ帝国と資本主義であると考えると、世界全体がシンプルに見えたりして面白いです。まあ、それは置いておいて、世の中には、仕掛ける側と仕掛けられ側が存在し、搾取する側とされる(踊らされる)側が存在することによって成り立っていると考えると微妙な気持ちにはなりますが、それは有史以来、不変の原則であり、どちらに回るか、何を持って幸福とするかは、人それぞれの価値観にもよるのだろうと考えたりします。


12/26ということで、今年最後の東京出張。
新幹線の社内から更新をしています。

お世話になった皆様へ挨拶すると共に、最後の最後まで仕様のツメを行うプロジェクトもあり、最後の最後までがんばりたいと思います。天気予報で期待していなかった富士山ですが、山頂だけに雲がかかっていました。今年最後の、富士山見納めです。

全裸さん


慌ただしい日曜日。

〆切が近づいている書き物を片付けるべくキーボードを終日叩き続け、近親者に不幸があったために夜、ロングドライブをしてから帰宅。食事は夕方の早い時間にランチを兼ねて済ませていたので、このまま夜は食べないでおこう!と思いながらも、ホッと一息つきたくて、本を片手に「とっておきの宮城峡」をグラスに注ぎ、ソーダで割ってゴクリと一口飲むとむくむくと食欲が湧いてきた私です、こんばんは。(前置き長杉

寝る前に食事をとるのは良くないと分かっていても、少しウイスキーが入ると食欲が促進されるのは困ったものです。特に夜中の時間は注意が必要。気を紛らわせるために本を読んだりするのですが、ついつい冷蔵庫を開けてみたりするところに己の意思の弱さが出たりして、情けなく思ったり。

結婚式などに行くと、数年ぶり、いや、十数年ぶりに会う人もいたりして、「tmk君、体型変わらないね〜」など言われたりするのですが、なんのなんの。全裸になればそのたるみっぷりが如実に分かる訳で、ああ、アダムが自我の目覚めで葉っぱを身にまとってくれて良かったな、など、なかば現実逃避気味に人類初期に思いを馳せたりして、食欲促進どころか、思考の破綻を促進している訳ですね。そりゃ、全裸には耐えられませんわ、ダビデ像じゃないんだから。


普段TVをほとんど見ない(見る時間がない)のですが、半沢に続き、リーガルハイだけは録画して楽しんでいます。先週だったか、「全裸さん」と同僚に名付けられた脱ぎ好きの男が訴えられていましたが、脱げる=自信があるということですので、半ば羨ましかったりするのは事実です。僕もマラソンに向けてあと3kgほど落としたく、少し炭水化物を減らして行きたいと思います。しかし、あれですね、UFOやチキンラーメンを家にストックしておくというのは、一方では便利ではあるのですが、もう一方では、危険です。非常に危険。注意しましょうね。

という訳で今日はこの辺で。
11月最終週、しっかりがんばって行きましょう。

日頃の行いが良いのだと思う


乗っている時間が長いので新幹線はあまり好きではありませんが、それでも少しだけ気分が上がるのは、横の座席に素敵な女性が座った時ではないでしょうか(男性の中で共感できないという人がいたら一歩前へ)。

僕の場合は日頃の行いが良いのか、往路はオサン(自分も含めて)に囲まれるケースが多いのですが、復路は女性が横に座るケースが多く、ああ、僕は持ってるな、とオサン列の諸兄方に心の中でドヤ顔をしながら、自分は冷静にPCで仕事(のふり)をしたり、本を読んだり(ふり)をしてテンションを高く保っているのです。寝不足のはずなのに眠くならないのも嬉しい。今日もこのハードな二日間の出張のご褒美だったのか何なのか、東京〜名古屋間で素敵な方が隣にいらしてくださいまして、名古屋を過ぎてからは横には誰もいなくなったのですが、ようやく平常心を取り戻してMTGの議事録を作成したり、こうして更新をしたりしています。


昨夜は思いも寄らずに取引先の社長が会食に呼んで下さり、たくさんご馳走になってしまいました。感謝感謝。翌朝、若干の二日酔いと寝不足で頭がボーっとなっているにも関わらず、ホテルの朝食が中華バイキングだったので思わずたくさん食べてしまった上、ランチは新宿の武蔵本店でがっつりとつけ麺を、そして夜の新幹線では、牛たん弁当を平らげてしまい、この二日間でベルトがきつくなってしまったようにも感じます。ちょっと明日から節制しましょう。


もうひとつ気分が上がるネタは、クールなオフィスの写真です。

Wiredで特集されていた、マンハッタンのマッキャン・エリクソン本社の内装があまりに素敵でしたので、共有しておきます。さすがMEという感じではありますが、逆に集中できるかどうかが心配ではありますね。そして、こんなオフィスでは、ヨレヨレのスーツ姿では恥ずかしくておれず、従業員が自然にオシャレにならざるを得ないという点も強調しておきたいと思います。

オープンオフィスの欠点を克服:マッキャンエリクソン本社の豪華な内装(Wired)