嗅覚で感じるインプレッション


ブログの更新があいてしまった。
年始本格始動ということで、
仕事や会食で昼夜共に予定がびっしりだったことが一つ、
もう一つは「余白の時間」がなくて思考が消化不良気味だったこと。
カレンダーを塗りつぶすことを大きな目的として
その日その日の出来事を記し続けていくことが
7年前にこのブログを始めたきっかけだったのだけど、
そういった薄いエントリーを続けることに対して
すこしネガになっている自分もいるのも事実。
僕の場合はじっくり考えてみたところで
大したアウトプットはできないのだけど、
少なくとも「余白」の時間がなければ見聞きした情報を
整理して消化し、自分の言葉として昇華させることもできない。
そのフェーズに到達しなければタイピングする気も起こらない。

どんな仕事でも「何か生み出す」ことは
全てクリエイティビティな活動であり、
目には見えない膨大な時間を費やすことになる。
例えば、企画書一枚にしてもデザイン一つにしても
生み出すまでに時間がかかる。
じっくり黙考するフェーズを避けることはできない。

先日、中津の隠れた名バー「WHITE RABBIT TAVERN」にて
夜中2時まで「エッジが効きまくった」ビジネスパートナーの
諸兄方と飲んでいたのだけれど、
出てくる言葉の一つ一つがとても刺激的。
そしてここからが重要なファクターになるのだけど、
諸兄方は余分な言葉が少なく、的確。
研ぎ澄まされている。
何かしらの問題点を瞬時に特定できる。
ああいうアウトプットができる裏側には、
目に見えない「膨大な余白の時間」が
隠されていることは経験上明白。
自身の生い立ちや積んできたキャリア、成功と失敗の経験、
アイデンティティを形成している文化的・精神的な
バックボーンなどを全てmelt downした上で
別の形として昇華されていることは話を聞いているだけで
たやすくイメージできる。
企業でも個人でも、何かしらのカルチャーがあり、
そのカルチャーに共鳴すると人間関係は密接になる。
「居心地が悪い、何か違和感を感じる」
こういった嗅覚で感じとれるインプレッションは
全て「共鳴できるかできないか」に依存するのだと思う。
逆に共鳴できる人と時間を共有すると
時間の経過を忘れる。夢中になる。
関わるプロジェクトがグローバルであろうが
ドメスティックであろうが、
規模が大きかろうが小さかろうが関係ない。
たまたま、パートナーの諸兄方とは
グローバル市場でコミットすることになるけれど、
いずれにしても今年一年が勝負になるのは間違いない。
出会いは財産。

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